第四十六話
Aはスマホのゲーム、『サムライ・マスター』のアプリを起動させ、スマホを刀の柄のように握り、電動アシスト自転車を止めて男の子にタンカを切った。
「うらぁ! 準備は出来たぜクソ坊主! もう一回、かかってこいやあ!」
しかし男の子はAに向かって「べー」と舌を出して、逃げて行った。
くそ、ゲームのアプリを起動させていないプレイヤーを狙った、『チート辻斬り』か。こんなことをされたのは久しぶりだな、と思いながらAは、逃げていく男の子に向かって叫んだ。
「こらー、ズルをし過ぎると、皆に嫌われるぞー!」
『サムライ・マスター』は元々は、ゲームのアプリを起動していると、同じく『サムライ・マスター』のアプリを持っているプレイヤーが、スマホの地図上に表示される。それでまずは、そのプレーヤーを探すことから始まる。
おそらく、こいつがプレーヤーだなと思ったら
「お主、サムライか?」と声をかけることになっている。
そして相手が答える。
「いかにも。いざ、尋常に勝負するか?」
「望むところ!」
そしてバトルが始まる。ゲームのアプリを起動させ、『抜刀』というボタンを押すと、スマホからビームの刀が出る。もちろん立体映像だが。そしてスマホを刀の柄のように握り振るう。その刀が相手プレーヤーの体に触れると、相手にダメージを与えたことになる。
ビームの刀には、属性アイテムを使って刀に属性を与えることが出来る。火、水、雷、土の四種類だ。水は火に強く、雷は水に強く、土は雷に強く、そして火は土に強い。
だから例えば、水の属性の刀を持っているプレーヤーと、火の属性の刀を持っているプレーヤーが戦うと、水の属性の刀を持っているプレーヤーが有利である。与えるダメージが通常の攻撃よりも三十パーセント増加する。また、受けるダメージも三十パーセント減少する。
しかし刀の属性は、属性アイテムで変化させることが出来る。
火の属性の刀を持っているプレーヤーが、『雷の魔石』というアイテムを使うと、刀の属性が雷になり、水の属性の刀を持っているプレーヤーと有利に戦うことが出来るようになる。
だがそれは、あくまで有利に戦うことが出来るだけである。『サムライ・マスター』には数多くのアイテムが存在する。回復アイテムである、『良く効く薬草』等だ。
回復アイテムはもちろん、ダメージを受けたプレーヤーのHPを回復させる。だがアイテムを使う時には注意が必要である。アイテムはスマホを操作して使うのだが、その時に隙ができやすいからだ。その時に攻撃を受けやすくなる。
そして勝負に勝つと、ゴールドとアイテムを手に入れることが出来る。それは勝ったプレーヤーと、負けたプレーヤーの刀のレベルによって決まる。
刀のレベルが高いプレーヤーが、刀のレベルが低いプレーヤーに勝っても良いアイテムと多くのゴールドは手に入らない。
逆に刀のレベルが低いプレーヤーが、アイテムを駆使して刀のレベルが高いプレーヤーに勝つと、貴重なアイテムと多くのゴールドを手に入れることが出来る。
貴重なアイテムには、刀のレベルを上げるアイテムがある。『ドラゴンの牙』等のアイテムだ。それらを使うと刀の幅が広くなったり、長さが長くなったりする。もちろん、それにより攻撃力が上がる。今現在では刀の幅が三十センチ、長さは二メートルにまで、することが出来る。
また、複数での戦いが出来る。最大、五人対五人の戦いが出来る。もちろん、あまり強くないプレーヤーが五人のチームを組んで、一人の強敵と戦うことも出来る。またその際は、回復アイテム等を仲間に使うことも出来る。
そして全てのプレーヤーは一カ月に一度、月末にランキングされる。そのランキングで一位、つまりサムライ・マスターになることが、このゲームの目的だ。一度でもランキング一位になれば、サムライ・マスターの称号が与えられる。
更にサムライ・マスターを倒すと貴重なアイテムと、多くのゴールドを手に入れることが出来るためサムライ・マスターはよく、五人のチームに狙われる。
そして大みそかの夜、ゲームアプリの開発会社が主催する大会が開かれる。その年で一番強いサムライ・マスターを決めるため、十二人がトーナメント方式で戦う。その時にくじ引きをして、シードや戦う順番を決める。
大会が終わり一月一日、午前零時になるとサムライ・マスターはリセットされ、すべてのプレーヤーは、ただのプレーヤーになる。そしてまたサムライ・マスターになるための戦いが始まる。
しかし、このゲームには一つ欠点がある。対戦相手を探すためにアプリを起動させると、アプリを起動させていない対戦相手も見つけることが出来る。本来のルールなら対戦相手がアプリを起動させ、『抜刀』するまで待ってから戦うことになっている。しかし中には、対戦相手がアプリを起動させる前に戦うプレーヤーもいる。
彼らは『チート辻斬り』と呼ばれた。そこでゲーム会社は制限を付け加えた。もし対戦相手がアプリを起動させていなかったら戦いに勝っても、もらえるゴールドは
十分の一になり、アイテムも手に入りやすい平凡な物しか手に入らない。
それでも『チート辻斬り』は一定数いて、ゲームアプリの開発会社を悩ませている。
それからまた電動アシスト自転車をこぎだすと、雪がちらついてきた。スマホを見ると午後四時五十分だった。
ちっ、十分、はえーじゃねえか、気象省さんよ。今日は大みそかだから冬のムードを出すために、午後五時から二時間、雪を降らせる天気計画じゃなかったのかよ! と、心の中で毒づいてみた。
しかし、ちらちらと健気に舞い落ちる雪を見ていると、もうすぐマンションへ着いて零に会えるかと思うと、心が躍った。そして、ま、いいか十分くらい。これくらい誤差の範囲だと思えた。
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