第四十話
一柳は、少し呆れて聞いた。
「やれやれ、こう言っても分かりませんか……。新田さん、あなたは一体、何を読んだんですか?」
「何って『Aの推理ファイル その二』に決まっているじゃないですか」
「はい、ここで質問です。Aが登場する小説は、それだけでしょうか?」
「え? いえ、もう一つあります。『Aの推理ファイル』です……。ま、まさか?!」
「やっと気づきましたか。そうです、私は『Aの推理ファイル』に伏線を書きました!」
新田は、マジでキレた。
「『Aの推理ファイル その二』の伏線を『Aの推理ファイル』に書いてあるって、どういうことですか?!」
「まずは、その部分を読んでみてください」
新田は渋々、『Aの推理ファイル』を読んだ。そして言った。
「なるほど、確かに書かれていますね。『平らな屋根で緑色の布製の壁まであるテントもあった。それは立派な建物に見えた』と。でもこれは反則ですよ!
『Aの推理ファイル その二』の伏線を『Aの推理ファイル』に書くっていうのは!」
「なるほど。では、もう一つ質問です。『Aの推理ファイル その二』の冒頭に、こう書いてあります。
『Aは白い手袋をしながらパトカーを降りると、つぶやた。「ちっ、またここか……。まあ、しょうがないか……」』と。
新田さんは、この部分を読んでどう思いましたか?」
「いや、また、ここかっていうのは、飯山警察署管内のことだと思いましたが……」
「いえ、それでAが、ぼやくのはおかしいです。なぜなら課長から『管内で事件だ。今すぐ現場に行け』と言われたからです。そうです、Aは事件は管内で起きたことを知っていたんです!」
新田は
「うーん、なるほど……」と、うなって続けた。
「それじゃあ、これはどう読めばいいんですか?」
一柳は、ドヤ顔で説明した。
「はい、Aが担当した事件は、今のところ二つしかありませんよね。二つ目の事件で『ちっ、またここか……』と、ぼやくということは、そこはどこか?
そう、一つ目の事件が起きた、河原にあるキャンプ場しかありません。それに私は『Aの推理ファイル その二』でもバーベキューセットを登場させています。これも伏線なんですけどね……」
新田は、つい
「うーん、なるほど」と、うなづいてしまった。
一柳は聞いた。
「さあ、それらを踏まえて、どうでしょうか? この短編推理小説は?!」
新田は、あっさりと答えた。
「やっぱり、これもボツです」
「やっぱりボツゥ? な、どうしてですか?!」
「はい、テントを移動させるというトリックが、ふざけているからです。だからボツです」
「な、ふざけてなんか、いませんよ! 斬新ですよね?! 真面目に考えましたよ!」
「でも、ボツです」
一柳は叫んだ。
「な、何てこったー!」
しかし次の瞬間、一柳は不敵に笑って告げた。
「ふっ、さすが新田さんです。予想通りの展開です。期待を裏切りませんね……」
「はい? どうしました? 何か目つきが変ですけど……」
「ふっ、これから新田さんのギャフンという顔を見られるかと思うと、ふっふっふっ」
新田は軽くキレた。
「だから何なんですか? 今時ギャフンって……。それに先生、ちょっと顔が気持ち悪いですよ!」
「ふっ、そんなことを言っていられるのも、今のうちです。さあ、読んでください!
『Aの推理ファイル その三』を!」
●
『Aの推理ファイル その三』
十二月三十日。出社したAは自分の席で暇を持て余し、電子タバコを吸っていた。口から吐き出された水蒸気を眺めながら考えた。
どうせ今日も捜査する事件なんてないし、帰ろうかな。マンションへ帰ってスマホのゲームをしようかな。それとも
Aは銀縁メガネが良く似合う、零の顔を思い浮かべた。
クリスマスにあんなに一緒に過ごしたのに、Aと零は一緒に暮らしているのに、今も会いたくなる理由はただ一つ。
クリスマスにプロポーズしたら、零がOKしてくれたからだ。思わず顔が、にやけるのが自分でも分かる。そして思い出した。零の左手の薬指に婚約指輪を、はめた時の零の手の温かさを。
だが次の瞬間、嫌な予感がした。これはあれか、フラグが立つというやつか?
もうすぐ幸せになる刑事は必ず死ぬという、世にも恐ろしいフラグ。
刑事ドラマが好きなAは、そのフラグを発見してしまった。すると俺は、もうすぐ死ぬのか? いや死ねない。
Aは強く思った。零を、これからもっと幸せにするまでは絶対に死ねない。
そう決意すると、気が楽になった。さ、今日も、もう帰ろう。そう思い立ち上がった時、課長に呼ばれた。
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