第三十七話
更にAは聞いた。
「なるほど、では一つ聞こう。Iさんはヒ素中毒で亡くなっていた。ヒ素に何か心当たりはないか?」
「いえ、ありません」
「なるほど、では、こう考えたらどうだろう。誰かが、Iさんが飲んでいたビールのコップにヒ素を入れる。
そして建物の中に入ったIさんがビールを飲む。こうすれば誰もいない建物の中でIさんは、1人で亡くなることになると思うんだが」
「うーん、確かにそうですが……」
「それで聞きたいんだが、Iさんにビールを注いだのは誰なのか憶えているか?」
Gはうつむき、小さな声で答えた。
「はい、それは私です……」
「まあ、ご心配なく。それだけで、あんたを犯人扱いすることはないから」
「え? そうですか?! ありがとうございます!」
「それじゃあ、最後の質問だ。Iさんを恨んでいた人を知らないか? Iさんとトラブルを起こしていた人でも、いいんだが」
Gは、ため息をついた後に告げた。
「それは私です。なんて言ったって私はIさんに、九十万円も貸していたんですから。
九十万ですよ、九十万! でも全然、返してくれなかったんです。そりゃあ殺したくもなるでしょう!」
Aは最後にHを呼んだ。Hは背が低く、また気が弱そうな女性だった。
Aは聞いた。
「まず聞きたい。あんたはIさんは、どうして亡くなったと思う?」
Hは、消え入りそうな声で答えた。
「はい、それは自殺だと思います」
「理由は何だ?」
「はい。Iさんが建物に、コップに注がれたビールを持って行って、Fが亡くなったIさんを見つけるまで、誰も建物に入っていないからです。こういうのを密室っていうんですよね? だから自殺だと思います」
「まあ、そうだな、分かった。一つ聞くが、Iさんはヒ素中毒で亡くなった。ヒ素について何か心当たりはないか?」
するとHは、うつむいてしまった。しばらく待っていると、やっと顔を上げた。AはHの目を真っすぐに見つめて、諭した。
「Hさん、俺は亡くなってしまったIさんのためにも、必ずこの事件を解決したいと思っているんだ。どうか力を貸してくれないか?」
やはりHは小さな声で答えた。
「はい、私が働いている工場では農薬も作っているんですが、その時にヒ素を使います……」
Aは頭を下げて、礼を言った。
「ありがとう」
そして続けた。
「それじゃあ、最後に聞きたい。Iさんを恨んでいた人や、Iさんとトラブルを起こしていた人を知らないか?」
するとHは豹変した。怒りの表情で、大きな声で言い放った。
「私は、あいつに合計百万円、貸しました。五十万円を二回、貸しました!
でもIは一円たりとも返しませんでした! 殺せるものなら私が殺してやりたいですよ、この手で!」
Aは飯山警察署の喫煙室で、電子タバコを吸っていた。喫煙室にはAの他に二人の職員が紙巻きタバコを吸っていたが、Aは気にせずに推理に没頭していた。
なるほど、やはり、あいつか……。
やはり電子タバコを吸ってリラックスすると、鋭すぎる推理力が発揮されるようだ。
それぞれ高額のお金を、被害者Iに貸していた三人の女性。ヒ素を手に入れることができたH。そして密室の中で亡くなっていて、自殺ではないかと考えられたI。
Aは、あいつがなぜIを殺したのかを考えると、同情すらした。
それからAはFを、取り調べ室に呼んだ。
Fは少し硬い表情で聞いた。
「あの、何か御用でしょうか、刑事さん……」
「ちょっと犯人である、あんたと話がしたいと思って」
「え? 私が犯人? どういうことでしょうか?」
「そうだな、正確に言おう。Fさん、あんたがIさんを殺した事件の主犯だ」
Fの表情は更に硬くなった。
「つまりこの事件の犯人は、Fさん、Gさん、Hさんの三人。これが俺が出した結論だ」
「な、何を言っているんですか? 私たち三人が犯人だなんて! 一体どこにそんな証拠があるんですか?!」
「物証もある。これだ」とAは鑑識報告書を見せた。
「これには、こう書かれていた。緑色のテントの外側に、あんたたち三人の指紋が付いていたと」
「それが、どうしたっていうんですか?!」
「うん、これから、あんたたち三人が亡くなったIさんの場所にテントを移動させ密室状態にして、Iさんを自殺に見せかけた、と考えるのが妥当だ……」
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