第三十六話

 課長は嫌味を言った。


「珍しいな、Aが定時の十分前に出勤してくるなんて。こりゃあ、槍でも降るんじゃないのか?」


 だがAはそれを無視し、自分の机に覆いかぶさり居眠りを始めた。


 当然、課長はキレた。


「こらー、A! 検視報告書と鑑識報告書がきてんだよ! さっさとこの事件も解決しろ!」


 Aはフラフラと椅子から立ち上がり、課長からそれらを受け取り告げた。


「サンキューっす、課長。これは一眠りしてから目を通しま……」


 再び課長はキレた。


「てめえ、ふざけたことを言ってんじゃねえ!」


 仕方がないのでAは、喫煙室で電子タバコを吸いながら報告書に目を通した。

 まず検視報告書を読んだ。やはり死因はヒ素中毒。死亡推定時刻は午後零時半から午後一時半。

 次に読んだのは鑑識報告書だ。建物の中にはIの指紋しか見つからなかった。

 だが建物の外に、F、G、Hの指紋が見つかった。それから腕組みをして考え出した。考えがまとまると、取り調べ室に入って電話をした。



 しばらくするとFが、取り調べ室に入ってきた。


「きてくれて、ご苦労。早速、聞きたいことがあるんだが」

「はい」

「それでは、まず質問だ。あんたはIさんが、なぜ亡くなったと思う?」

「はい、残念ながら自殺だと思います……」


 Aは

「なるほど。でも俺は、これは他殺だと思っている。なぜならIさんは、これを持っていたからだ」と、ビニール袋に入った切符をFに見せた。


「あの、これは?」

「うむ、新幹線の指定席の切符だ。ちなみに今日のだ。俺は思う。自殺しようとする人は、こんな物を持っていないと」


 Fは、少し考えてから答えた。


「確かに……。でも私、思うんです。私が建物の中のIさんに食べ物を届けようとした時は、GとHは建物の外にいました。それに建物の中にはIさん以外は、いませんでした。

 これって、いわゆる密室ってやつじゃないですか? だから私は思うんです、Iさんは自殺したんじゃないかって」

「なるほど……。じゃあ、こういうのはどうだろう? 誰かに殺されたIさんを、誰かが建物の中に運ぶ。これでも、昨日のような状況になると思うんだが?」


 しかしFは言い切った。


「それは無理だと思います」

「どうしてだ?」

「はい、Iさんはご存じの通り、体格のいい成人男性です。あなたの考えですと、私たちの中の誰かがIさんを殺して建物の中に運んだということですが、女性一人でIさんを運ぶのは無理です」

「なるほど……。失礼だがFさん、あんたは少しぽっちゃりしていて力も強そうだ。そんな、あんたでも無理か?」


 再びFは言い切った。


「はい、無理です」

「なるほど。一つ聞きたいんだが?」

「はい」


 Aは真剣な表情で聞いた。


「検視の結果、Iさんの死因はヒ素中毒だった。ヒ素に心当たりはあるか?」

「いえ、ありません」

「それじゃあ、最後に一つ。Iさんを殺したいほど憎んでいる人を知っていないか?   

 何かトラブルを抱えていた、ということでもいいんだが」


 Fは小さなため息をついた後に、答えた。


「どうせ、調べれば分かることなので言っておきますね。それは私です。

 私はIさんに合計、百十万円を貸していたので。もちろん返してもらえないかと催促はしたのですが、結局は返してもらえませんでした……」



 Aは次にGを取り調べ室に呼んだ。Gは気が強い女性だった。


 Gは吠えた。


「なぜ私が、こんな場所へ呼ばれるんですか?! まるで私が犯人みたいじゃないですか?!」


 Aは取りあえず、なだめた。


「悪いね。こういう事件があった場合は関係者の皆さん、全員に話を聞くことになっているんだよ」

「あら、そうなんですか……。それじゃあ、仕方ないですね……」

「これも警察の仕事なんだよ。悪いね」


 Gの機嫌は少し良くなって、宣言した。


「いえいえ、そんなあ。じゃあ、私に何でも聞いてください!」


 まずAは聞いた。


「Iさんが亡くなった原因は、何だと思う?」

「そりゃあ、自殺でしょう」

「そう思う理由は何だ?」

「あの状況を見れば分かりますよ! Iさんが亡くなっていたのをFが見つけたんですが、Fはその時、建物の中には誰もいなかったって言っていましたから!」

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