第三十五話

 だからAは、飛び上がって驚いた。

「のあー! え? あんたが110番通報した人? あ、そう。俺はAだ。よろしく! で、遺体はどこだ?!」


 少しぽっちゃりした体形の女性Fは静かに答えて、緑色の建物に入った。


「それは、こちらです……。さ、どうぞ、ついてきてください……」


 Aは

「あ、はい、どうもー」と答え、Fの後に続いた。


 建物の中に入ると、少しくすんだ緑色が目に飛び込んできた。四面の壁はもちろん、平らな天井まで緑色だった。広さは八畳ほどだった。そして建物の中央を見ると、男性が仰向けに倒れていた。


 Aは遺体に手を合わせると、ざっと観察した。顔は生きていたら、いわゆるイケメンだろうと思われた。そして見たところ外傷はない。

 しかし嘔吐した跡があった。となると死因はヒ素中毒か……、と目星をつけてスマホを取り出し電話をしだした。


「もしもし、Aです。お疲れ様です。遺体の検案と現場の鑑識作業を、お願いしたいのですが。

 ……はい、はい。それではよろしくお願いします」と電話を切りスマホをポケットに入れると、建物の外に出た。そこにはFの他に背が高い女性と、背が低い女性がいた。


 Fは

「こっちは私の友達のGです」と背の高い女性を右手で指した。更に

「こっちも友達のHです」と背の低い女性を左手で指した。GとHは同時に軽く頭を下げた。


 Aは、メモ帳を取り出して聞いた。


「それではFさんに聞こう。建物の中で倒れている人の名前と、あんたたちの関係は

?」


 Fは静かに答えた。


「はい。中で倒れている人はIさんといいます。そして私たちはIさんの知り合いです」


 再びGとHは同時に、うなづいた。


 Aはメモを取りながら聞いた。


「今日は皆で、何をしていたんだ?」


 Fは

「はい。皆でバーベキューパーティーをしていました」とバーベキューコンロと、それと同じ高さの作業台を指差した。


 Aは更に聞いた。


「Iさんの遺体を、発見したのは誰だ?」


「はい」とFが右手を上げた。

「その時の状況を、詳しく教えてもらえるか?」


 やはりFは静かに答えた。


「はい、まずIさんには透明なプラスチックのコップで、ビールを飲んでもらっていました。

 少しして、肉と野菜が焼けたので紙の皿に載せて、私が建物の中にいるIさんに食べてもらおうと思い、中に入りました。そしたらIさんは倒れていました……」

「なるほど、分かった。ちなみに、それは何時くらいだった?」

「はい、午後一時くらいだったと思います」


 Aは

「なるほど。後は、皆さんの連絡先を教えて欲しいんだが」と聞き、三人の連絡先をメモすると告げた。


「それじゃあ今日はもう皆さん、帰ってもらって結構だ。ありがとう」



 Aは、今日の仕事はこれで終わりだな、と勝手に決めるとパトカーに乗り、飯山警察署へ急いだ。パトカーを駐車場へ止めると自分の自転車に乗り、コンビニへ向かった。そこで弁当一つと、おにぎりを二つ買い、もちろん領収書ももらって自分のアパートへ帰った。 


 弁当を食べると早速、スマホのゲームをやり始めた。何と、今やっているゲームで、今日から最大百連無料ガチャができるのだ。ガチャをやった結果、色々なアイテムを手に入れることができた。それにはガチャでしか手に入らない、貴重な物もあった。

 まず、ゲーム内でルーレットを回す。その結果、十連、二十連、三十連、百連のうち、何回ガチャを回せるかが決まる。何と百連ガチャでは、無料で百回ガチャを回すことができた。


 Aは包帯を巻いた右手を、顔の前に持ってきて祈った。

 この右手にブラック・ドラゴンなどというモノが、封印されていないことは、もちろん知っている。ブラック・ドラゴンの話をするのは、刑事課の課長から仕事の指示を受け、それをやりたくない時の言い訳に使う時だけだった。


 だがAは祈った。もし本当にこの右手にブラック・ドラゴンが封印されているのなら、いやこの際、ホワイト・ドラゴンでもレッド・ドラゴンでもいい。とにかく、このルーレットで百連ガチャを引いてくれ! と真剣に祈り、ルーレットを回すボタンを右手で押した。


 そして奇跡が起きた。何とルーレットで百連ガチャを引き当てたのだ!

 Aは狂喜乱舞した。そして百回、ガチャを回した。その結果、伝説の剣、伝説の鎧、伝説の兜、伝説の盾、それに貴重な回復アイテムが手に入った。

 それからAは、ゲームをやった。強力な装備が手に入ったので、次々と敵をなぎ倒し、ゲームのストーリーがどんどん進んだ。気づくと朝になっていた。つまりAはゲームをやっていて、徹夜をした。


 そしてAは寝不足で、フラフラになりながら自転車をこぎ、飯山警察署へ出勤した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る