第三十三話
白石と麻田のテーブルから離れた一柳は、言った。
「うーむ、やはり予想通りの反応でしたね。まあ、予想通りなのでショックもありませんけど」
「確かに。で、これからどうしますか?」
「そうですね。やはり、ここにいない堀之内さんと浮島さんにも話を聞いてみたいですね。これから部屋を訪ねてみたいと思います」
「なるほど、分かりました」
一柳と新田はレストランを出て、101号室の前にいた。一柳がドアをノックするとドアが開き、眠そうな表情をした堀之内が顔を出した。
「えーと、一柳さんだっけ。こんな時間に何の用?」
「夜分に申し訳ありません。一つ伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「やれやれ。こっちは眠いんだから手短にしてくれる?」
「もちろんです。それでは伺います。このホテルの隣にある折り紙の塔が動いた、と聞いたら、どう思われますか?」
眠そうな目をこすりながら、堀之内は答えた。
「塔が動く? 何それ? あ、マジックか何かで動かすっていうこと? たまにテレビでやってたりするけど」
「うーむ、マジックですか……。ですが塔の周りには不審な物は何もありませんでしたから……」
「あ、そう。じゃあ、分かんない。ねえ、答えたんだからもう、寝てもいい?」
「もちろんです。ごゆっくり、お休みください」
堀之内は
「じゃあ、おやすみ~」とドアを閉めた。
次に一柳と新田は隣の102号室の前に立ち、一柳がドアをノックした。しかし何の反応も無かったので、少し強めにドアをノックした。しかし、やはり何の反応も無かった。
新田は聞いた。
「浮島さんはまだ、取材をしているのかも知れませんね」
一柳は
「はい、そうかも知れませんね」と答え、二人は取りあえず一柳の部屋へ戻った。
椅子に座り考え込んでいる一柳に、新田は聞いた。
「先生、何を考えているんですか?」
「はい、堀之内さんが言っていたことを考えていました」
「ああ、あの折り紙の塔をマジックで、動かしたっていう話ですか?」
「はい、そうです。私は思いました。もしかしたら、そうなのではないかと」
「どういうことですか?」
一柳は、真剣な表情で答えた。
「やはり、あの折り紙の塔は、何らかの方法で動かした、と考えています。私たちの見間違いではなく」
「例えば、どういう方法ですか?」
「うーん、よくテレビなどで見かけるトリックですと、テレビカメラの向きを変えて建物が動いたように見せる、という方法がありますが……。うーん、今回は関係ないでしょうね……」
「そうですね、テレビカメラとか全然、無いですからね」
一柳は
「はい……」と力なく答え、窓にかかっているカーテンを開けた。そして腕時計を見ながら言った。
「今は午後十時四十分ですか……。昨日の夜、折り紙の塔を見たのは午後十時半頃だったので、もしかしたらまた、折り紙の塔を見ることが出来るのかもしれないと思ったのですが……。見えませんね……。
こうして見るとやはり昨日の夜、私たちが見たのは幻だったのではないかと、考えてしまいます。
私が考えた仮説は、あまりにも現実離れしていて、実証するのが難しいので……」
すると新田は一柳の背中を力いっぱい、叩いた。
思わず一柳が
「痛っ」と声を上げると、新田は言い放った。
「何か、そんな先生は先生らしくありませんよ。どーん、と言っちゃって下さいよ!
『折り紙の塔が動いた謎は、必ず見つけ出す! 本格推理小説家のプライドにかけて! もし見つけられなかったら、本格推理小説家を辞める!』とか!」
一柳は
「いやいや、何てことを言わせる気ですか、新田さん?!」とツッコんだ後、表情をやわらげた。
新田は、少し落ち込んだ。
「あー、そうですか……」
そして一柳は、続けた。
「でも少し元気が出た気がします。このお礼は必ずします!」
「はい、期待しないで待っています。それでは私は、もう寝ます。おやすみなさい」
一柳は
「はい、おやすみなさい」と返し、椅子に座った。そしてノートパソコンの文書作成ソフトを立ち上げ、短編推理小説を書き始めた。
●
『Aの推理ファイル その二』
Aは飯山警察署内の自動販売機の、お札を入れる部分の隣を叩いていた。
「ちっくしょー、出ねえかな、領収書。出たら、このカフェオレの代金を経費で落とすのに。
ダメか、やっぱり出ねえか。出てこねえかな、このお札を入れるところから、こう、みゅいーん、と。
ダメか、やっぱり。自動販売機から領収書が出るなんて話、聞いたことがねえもんな……。
いや、あきらめるな、俺。人間、チャレンジ精神が大切だ。不可能だと思うから出ないんだ。出ると思って叩いていれば、きっと出る……」
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