第三十話

 新田は短編推理小説を読み終わったのか、視線をノートパソコンから一柳に移した。


 そして聞いた。


「取りあえず、これは何なんですか?」


 一柳は答えた。


「はい、夕夏さんが果物ナイフで亡くなっていたのが発見されたので、それを参考にして書きました。もちろん、夕夏さんの死を冒とくするつもりはありません。

 ただ、あの事件を知ってアイディアが浮かんだので、書いてみました」


 新田は真顔で聞いた。


「なるほど。いくつかツッコみたいんですが、いいですか?」

「はい、構いませんよ」

「まず、なぜ登場人物の名前がアルファベットなんですか?」

「ああ、それですか。それが私のやり方だからです」

「やり方?」

「はい。私は登場人物の名前は、その人物が、どういう行動をしたかで決めるんです。行動からイメージされる名前を付けるんです。

 ですから最初は登場人物は、仮名のアルファベットなんです。今回は書き上げたばかりなので、仮名のままなんです」


 新田は真顔のまま、更に聞いた。


「なるほど、それは分かりました。もう一つツッコんでもいいですか?」

「はい、どうぞ」

「この短編推理小説の主人公はAなんですよね? でも中二病の刑事なんて、見たことも聞いたこともないんですけど。ラノベの登場人物なら、いそうですけど」


 一柳は、胸を張って告げた。


「ああ、それですか。どうです、斬新でしょう? 電撃社が主催している電撃小説新人賞の審査員が、選評で書いているじゃないですか。

 これまでに無かった小説を期待している、と。どうです、これは今まで無かった小説でしょう?」


 新田は、あっさりと答えた。


「ちょっと斬新すぎますね。結論を言うと、この短編推理小説はボツです」


 一柳は驚いた後、告げた。


「ボ、ボツゥ? ダメでしたか、中二病の刑事がそんなにダメでしたか?

 だったらもう一つ考えていたんですが。それは女子高生 刑事デカです!」


 新田は、表情を曇らせて聞いた。


「女子高生刑事……。何か嫌な予感しかしないんですけど一応、聞きましょうか?」


 一柳は、自信満々の表情で答えた。


「はい、主人公の女子高生が、色んな事件を解決するんです。男性の読者を獲得するため、胸チラやパンチラも書くつもりです!」

「わー、やっぱりー! ダメです先生! 今はコンプライアンスがうるさいんで、そういうのはダメです!」

「そうですか、ダメでしたか……。『性的描写有り』をセルフレイティングすれば大丈夫だと思ったんですが……」


 新田は、軽くキレていた。


「ダメです、絶対ダメに決まっているじゃないですか!」

「はあ、そうですか……。つまり、どっちにしても主人公の問題で、この短編推理小説はボツですか……」

「まあ、それもありますが、一番大きな理由はそれではありません」

「はい? 一番大きな理由?」

「はい、この短編推理小説がボツである一番大きな理由は、



 数秒間の沈黙の後、やっと一柳は口を開いた。


「な、真犯人が違う? 真犯人がCじゃないって言うなら、誰が真犯人なんですか?!」

「はい、真犯人はBです」


 一柳は、言い放った。


「え? B? もちろん聞かせてもらえますよね、その根拠を!」

「はい、当然です。でも、その前に確認したいことがあるんですが、いいでしょうか?」

「はい、どうぞ」


 新田は、少し考えてから聞いた。


「それは容疑者たちの利き手です。

 Bは『そしたらBが左手でEの脈を確認して言いました』という描写があるので、左利き。

 Cは『Cは早速、食べ始めた。右手で持った割りばしで、ほとんど噛まずに胃の中に放り込んでいるように見えた』という描写があるので、右利き。

 Dは『Eの右胸に刺さっていたサバイバルナイフの柄から、D、お前の右手の指紋が検出された』という描写があるので、右利き。

 これで、よろしいでしょうか?」


「はい、もちろんです」

「すると右利きであるCが真犯人というのは、不自然なんです」

「不自然? 何がですか?」

「はい。『そこには右胸にサバイバルナイフが刺さったままの女性が、仰向けに倒れていた』という描写があるからです」


 一柳は答えている途中で、気づいた。


「それが何だって言うんで……、はっ、まさか、こういうことですか?

 右利きであるCがもし、サバイバルナイフでEを刺したらそれは、右胸ではなく、左胸に刺さると!」

「その通りです、つまりこういうことです。被害者であるEの右胸にサバイバルナイフが刺さっているということは、真犯人は唯一の左利きである、Bなんです!」

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