第二十九話
Cは更に顔を引きつらせて、わめいた。
「でも、その方法をBが使ったのかも知れないじゃないですか?!」
Aは、首を左右に振って答えた。
「いや、違う。その方法はBには使えない」
「どうしてですか?」
「Bはキャンプで、肉や野菜を焼く作業をしていた。食品用ラップフィルムを、手に入れる隙が無い。ついでにDはサバイバルナイフでバーベキューの材料を切る作業をしていて、やはり食品用ラップフィルムを手に入れる隙が無い。
その点お前は、バーベキューが終わった後に野菜等を片付けたと言っていた。俺は昨日、確かに見た。野菜が食品用ラップフィルムで包まれていたのを。
だから食品用ラップフィルムを手に入れる隙があったのは、バーベキューが終わって野菜等を片付けていたC、お前しかいない!
大方、サバイバルナイフでバーベキューの材料を切っていたDを見て考えたんだろう。サバイバルナイフには、おそらくDの指紋しか付いていない。上手くやればDに罪をなすり付けられると!」
Cは、うなだれた。Aにはそれは、Aの推理を肯定したように思えた。だから少し待った。
するとCは話し出した。
「刑事さんの、おっしゃる通りです……。あの女、Eは僕がせっかく指輪をプレゼントしたっていうのに、僕と付き合わなかった。それどころか、それから話をすることも無くなった。
許せなかったんです、そんなEが許せなかったんです……」
Aは静かに告げた。
「C、お前はEさんと付き合えなかった時、他の女性に目を向けるべきだった。ある人が言っていたが、世界には三十五億人の異性がいるらしい……。
さあ、刑務所でくさい飯を食う前に、もう一度、特上のカツ丼を食うか?」
Cは感極まった。
「刑事さーん!」
次の日の朝。Aが出勤すると早速、課長に呼ばれた。
「いや~、早速、褒められるんすか? 俺。まあ、今回の事件を俺一人で解決したんだから当然すか! ハーハッハッハッ!」
課長は、苦虫を嚙みつぶしたような表情で告げた。
「確かに、お前一人で事件を解決したのは見事だ。だが今、お前を呼んだのは、経理課からクレームがあったからだ」
「クレーム?」
「そうだ。お前、特上のカツ丼を四つも注文したらしいな。これは経費では落ちないと、経理課の女性職員が言ってきた」
Aは、うなだれた。そして銀縁メガネが良く似合う、女性職員の顔を思い出した。
Aは必死に訴えた。
「なんていう、ことっすか……。特上のカツ丼、四つは事件を解決するために必要だったっていうのに……」
「お前は特上のカツ丼を二人分、二回、注文したようだな。一回、注文するのは分かる。どうして二回、注文したんだ?」
Aは言えなかった。一回、食べてみたら、ものすごく美味しかったので、もう一回、食べてみたくなったとは。
だからAは右手を左手でつかみ、ごまかした。
「くっ、暴れているっす。俺の右手に封印されたブラック・ドラゴンが。課長、今日は、もう帰るっす」
課長は、その言葉を聞いて呆れた。
「何を言っているんだ。今日の仕事は、まだ始まったばかりだぞ!」
「でも捜査する事件は無いんすよね? もし捜査する事件が起きたら連絡をして欲しいっす。それまで自宅待機をしているっす。
あ、それと特上のカツ丼、四つの経費は課長の権限で何とか落として欲しいっす」
「何が自宅待機だ! ただ単にサボるつもりだろうが?! それに特上のカツ丼、四つの経費を落とせる訳が、ないだろうが?!」
Aは苦悶の表情で右手を左手でつかみながら、わめきながら帰り始めた。
「くっ、またブラック・ドラゴンが暴れだしやがった。これは、もう帰るしかない!
帰ってスマホのゲームをしてブラック・ドラゴンを鎮めるしかない! しかし課金はしない。なぜなら課金をするとその分、金がかかるからだ!」
「ちょっと待てA。何を言っているんだ? まさか本当に、帰るつもりじゃないだろうな?!」
Aはすでに課長の視界から消えかかっていた。
それで課長はキレた。
「A、ふざけんな、てめえ! 帰るんじゃねえ!」
●
一柳は、部屋にある内線電話で新田を呼んだ。そしてノートパソコンに書いた『Aの推理ファイル』を読ませた。
一柳は自信満々で告げた。
「いやー、どうでしょうか、この短編推理小説は? 長編推理小説の代わりに、この短編推理小説を電撃社に提出するっていうのは、どうでしょう?」
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