第二十話

「はい、お願いします。あ、新田さん、申し訳ないんですが話をメモしてくれませんか?」

「はい」と新田はメモ帳とボールペンを取り出した。


 一柳は聞き始めた。


「まず野上さんの奥さん、夕夏さんは、いつから認知症になったんですか?」

「はい、えーと、二年半前のはずです。夕夏様が認知症になって半年が過ぎた時オーナーは、それまで勤めていた会社を辞めて、退職金と親戚から借りたお金で、このホテルを作って三日前にオープンさせたので」

「なるほど。夕夏さんの認知症の症状は、どういうものだったんでしょうか?」

「はい、やはり昔のことは憶えているのに最近のことを憶えられなくなった、と聞いたことがあります。

 でも一番ショックだったのは夕夏様がトイレから出た後に入ってみたら、トイレの壁に排せつ物が塗られていたことだったそうです。

 それを見てオーナーは会社を辞めて、地方の環境の良い所で夕夏様を静養させようと考えたそうです」


 一柳は、うなづきながら続きを聞いた。


「なるほど。どういう会社に勤めていらしたのか、ご存じですか?」

「はい、電機メーカーです。そこでモーターの設計の仕事をしていたと聞きました」

「なるほど、分かりました。ところで話は少々変わるんですが、よろしいでしょうか?」


 小澤は不思議そうな表情で、聞いた。


「はい、何でしょうか?」

「このホテルには、何人の従業員の方が働いていらっしゃるんでしょうか?」

「あー、それですか。はい、ええと……、まず、ここのフロントは私、小澤すみれと真鍋 勝二かつじが対応しています。

 その他にはレストランで働いているコックたちが三人、またホテル内の掃除等を担当している人が一人います」


「なるほど」と一柳は、ちらりと新田を見た。新田は一生懸命にメモを取っていた。 

 これなら大丈夫だろうと思い一柳は、更に聞いた。


「ところで現在このホテルには、何人の方が泊っているんでしょうか?」

「ええと、ちょっと待ってください……」と小澤はデスクトップパソコンを操作して、画面を見ながら答えた。


「ええと、101号室にお一人、102号室もお一人、201号室はお二人、202号室もお二人ですので、ええと合計六人の方が現在、このホテルに宿泊されています」

「なるほど分かりました。それと、もう一つ伺いたいのですが」

「はい、何でしょうか?」

「このフロントには各客室の予備のキーと、折り紙の塔の夕夏さんの部屋の予備のキーがあると聞いたんですが……」

「はい、ありますよ」


 一柳は、聞きたいことを聞いた。


「それでは夕夏さんの部屋の予備のキーは、誰でも手にすることは出来るのでしょうか?」

「いいえ。それを手にすることが出来るのは私と真鍋と、あとオーナーくらいでしょうか……。

 コックやホテル内の掃除をしている人は、まずこのフロントにくること自体ありません。用事があったら内線電話で話をして済ませます」

「なるほど……。それともう一つ。

 このフロントは小澤さん、あなたと真鍋さんが対応しているということですが、どちらもいなくなり、このフロントが無人になり誰かが夕夏さんの部屋の予備のキーを持ち出す、といったことは出来るでしょうか?」


 小澤は、きっぱりと言い切った。


「いいえ、それは出来ません。そういうことを防ぐために私と真鍋のどちらかが必ず、ここにいることになっていますから。

 ちなみに今、真鍋は隣の部屋で休んでいます。交代で対応しています」と小澤は一柳から見て、左側を指差した。


 一柳は

「なるほど、分かりました。どうもありがとうございました」と礼を言った後で付け加えた。


「申し訳ありません。これは、ただの興味本位なのですが答えていただけますか?」

「はい。質問の内容に、よります」

「小澤さんと真鍋さんの前職を知りたいのですが」


 小澤は、柔和な表情で答えた。


「はい、それなら構いませんよ。ええと、私の前職は会社での事務です。

 でもいつからか、お客様をもてなす仕事をしたいと考え始めて、ちょうどこのホテルで接客の担当者を募集していることを知って、応募しました。

 真鍋の前職は板前だったそうです。

 でもやはり魚をさばく仕事をしているうちに、直接お客様と接することが出来る仕事がしたくなり、ここに応募したそうです」


 一柳は、お礼をした。


「なるほど、大変良く分かりました。ありがとうございました」

「いいえ、また何かありましたら、お気軽にどうぞ」という小澤の言葉に、一柳は頭を下げフロントを離れた。

 そして二人はレストランへ行き、一柳はカフェラテ、新田はミルクティーを注文した。


 一柳は、新田に告げた。


「ふーむ、色々なことが分かってきましたね」

「と、いいますと?」

「はい、小澤さんの話が嘘じゃないなら夕夏さんは、やはり自殺した可能性が高いです」

「どういうことですか?」


 一柳は、自分の考えを述べた。


「はい。夕夏さんの部屋の予備のキーは誰にも持ち出せない、ということになりますから。

 つまり、あの部屋には中から鍵が掛けられていて、誰も部屋に入れなかったということになりますから」

「なるほど」

「でも、この話には例外があります」

「と、言いますと?」

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