第十九話
「取りあえず、これを見て下さい」と、一柳、新田、押谷、永瀬は窓のそばへ行った。一柳は窓の部屋側へ突き出た木製のスペースにある、キーを指差して告げた。
「これは先ほど、私が見つけたものです。もちろん触っていません。
ですが、これは野上さんの奥様が持っていらしたものだと思います。この部屋に入る時、野上さんから渡された予備のキーと、そっくりなので」
「なるほど」と、うなづいた後、押谷は聞いた。
「となるとやはり奥様は、自殺をなされた可能性が高いのでは? ドアに鍵が掛かっていてキーが、ここにあるということは?」
「いいえ」と一柳は、首を振りながら答えた。
「ここで重要なのは、予備のキーの存在です。つまり、こういうことです。
何者かが奥様を果物ナイフで刺し、両手で柄を持たせて自殺の偽装をし、キーを木製のスペースに置く。
更に、この部屋から出て、あらかじめ持ち出していた予備のキーを使って鍵を掛ける。
そして予備のキーをホテルのフロントに戻す。
どうでしょう、こう考えると他殺の可能性も、あると思いませんか?
また、ここは三階ですから壁をよじ登って木製のスペースにキーを置くのは無理。
更にこの部屋の鍵はディンプルキーなので、キーを使わずにピッキングをすることも無理でしょう、ということも付け加えておきます」
新田は
「おお~」と唸った。さすがは本格推理小説も書く作家だ! という表情をした。
更に一柳は、続けた。
「とは言え、部屋のキーが部屋の中にありドアには鍵が掛かっていて、この折り紙の塔にすら誰も入った形跡がありませんでした。今朝、この塔の周りに足跡等は付いていなかった、ということです。
昨日の夜は雨が降って、地面がぬかるんで足跡等が付きやすかったのに。これは、どういうことか分かりますか、新田さん?」
新田は、真剣な表情で答えた。
「はい、この部屋は二重の密室でした!」
「その通りです!」
押谷も唸った。
「うーむ、なるほど……、分かりました。二重の密室はさて置き、他殺も視野に入れて捜査をしましょう。ご協力、ありがとうございました」
「いえ、この事件の解決を心から願っています。それでは」と、一柳、新田、野上は部屋を出た。
折り紙の塔の外に出ると、野上は告げた。
「申し訳ありませんが、自分の部屋で少し休みたいのですが」
「もちろんです。ごゆっくり、お休みください」と一柳は、ホテルに向かって歩き出した野上を見送った。
すると新田が聞いてきた。
「先生、これから、どうするおつもりですか?」
「うーん、私は夕夏さんは誰かに殺されたと思っています。小説化のカンです」
「はあ、カンですか……」
「はい、ですからちょっと私なりに、この事件を調べてみたいと思います」
新田は、不安そうな表情で聞いてきた。
「大丈夫ですか?! 先生の話だと殺人者が近くに、いるっていうことじゃないですか?!
私たちの身に危険が及ぶ可能性が、あるんじゃないでしょうか?!」
しかし一柳は、あっさりと答えた。
「まあ、私たちに危険は及ばないと思いますよ」
「どうしてですか?」
一柳は説明をした。
「はい、私の考えが正しければこれは、夕夏さんを狙った計画的な犯行です。殺すのは誰でもよかった、という風には思えません」
「なるほど……」
「でもまあ、さすがにもう一人の被害者が出たりしたら私たちも危険だ、と考えてすぐに東京に戻ろうとも考えていますが」
「なるほど。ではそれまでは、この事件を先生なりに調べてみようと思っているんですね?」
一柳は、真剣な表情で答えた。
「はい、やはりこういう謎がある事件に遭遇してしまうと、本格推理小説も書いている作家としては血が騒ぎます。
それに、ちょっと考えているんです。もしかしたら、この事件の謎は長編推理小説のアイディアになるんじゃないかと」
新田は、一柳を持ち上げた。
「なるほど、そこまで考えていらしたんですか……。さすがに作家生活、二十年目は伊達じゃないですね!
分かりました私も、お手伝いを、させていただきます!」
「はい、では取りあえず、このホテルにいる人物を把握しましょう。犯人がいるとすると、その中にいるはずですから」
「はい!」と二人は、ホテルに向かって歩き出した。
入り口を通りロビーを抜けてフロントに着くとそこには、小澤がいた。そして青ざめた表情で二人に、話しかけてきた。
「さっき野上オーナーから聞いたんですが、何でも夕夏様が亡くなられたとか?」
一柳が答えた。
「はい、残念ながら……」
「オーナーはお気の毒です。オーナーは認知症になった夕夏様を、大事にしていらしたので……」
「はい、そうみたいですね。よろしければ、そのお話を詳しく伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、私が答えられる範囲であれば」
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