第十六話

 一柳は答えた。


「いえいえ、こちらこそ。昨日の夜は困っていたので従業員用の部屋とはいえ用意していただいて、ありがたかったです」

「はい、それでは二つ部屋が空き次第、一柳様と新田様には、そちらに移っていただこうと思っていますが、それでよろしいでしょうか?」

「はい、それで、お願いします」


 野上は、満足気な表情を浮かべた後に言った。


「では、それで。あ、そうそう、何でも昨日の夜、不思議な体験をされたとか?」


 すると新田は二人の間に割り込んできて、話し始めた。


「昨日の夜、一柳先生の部屋の窓から折り紙の塔を見たんです! 

 確かにその時はビールを飲んで二人とも酔っぱらっていましたが、二人そろって同じ幻を見るなんてありえないと思います!」


 野上は、腕を組み唸った。


「うーむ、一柳様が泊られた従業員用の部屋は、折り紙の塔とは向きが逆なので見えないはずなんですが……。うーむ、不思議な話です……」


 新田は必死に訴えた。


「でも、本当なんです!」


 それで野上は、提案した。


「うーむ、ではこれから折り紙の塔に何か不審な点はないか、調べてみるというのは、どうでしょうか?

 実は僕も、ちょっとこれから折り紙の塔に用事があるので」


 一柳と新田は顔を見合わせて、うなづき合った。野上はレストランへ行き和食セットを、お盆に載せてやってきて促した。


「さあ、それでは行きましょうか」


 三人はホテルを出て、折り紙の塔の入り口にいた。さっき、きた時は気づかなかったが、よく見ると扉があった。


 野上が説明した。


「この扉には鍵がありません。誰でも好きな時に、自由に入っていただきたいと思ったので」


 三人が中に入るとフロアの中央に、一.五メートル四方のガラス板で出来た立体があった。

 それは高さ五十センチほどの台の上にあった。

 そしてガラス板の中に、白く巨大な折り紙があった。


 新田は感嘆の声を上げた。


「うわー、すごい! これ、ひょっとして折り紙ですか?」


 野上が丁寧に答えた。


「はい、僕は折り紙が趣味なので。これは辺の長さが二メートルの巨大な紙で折りました」

「なるほど、すごーい!」


 一柳は入り口から見て右側にある、巨大なガラスケースを見た。そこには横幅一メートルほどの、翼を広げたカラスの折り紙と、高さが一メートルほどのダチョウの折り紙があった。

 カラスは、その胴体から二本の針金が出ていて、それぞれが左右の翼の端につながっていた。


 そしてそれらを挟み込むように、普通の大きさの折り紙で折られたのだろう、てんとう虫、カブト虫、クワガタ、子猫、ダックスフンド、レッサーパンダがあった。

 ガラスケースの横には小型のコントローラーがあった。


 入り口から見て左側のガラスケースにも、大小さまざまな折り紙が展示されていた。


 一柳は入り口から見て右側にある、ガラスケースを指差して聞いた。


「これらも、もちろん折り紙なんですよね?」

「はい、もちろんです」

「うーむ、見事なものです」


 野上は案内をした。


「ありがとうございます。では、こちらに」


 そこには階段があった。


 上りながら善朗は、説明した。


「取りあえず今は一階にしか、折り紙は展示していないんですよ。これからまた、たくさん折って少しづつ二階にも展示しようと思っています」


 二階に着くと確かに広いスペースがあるだけで、何も展示されていなかった。それで階段を上り続け三階に着いた。少し歩くと部屋のドアが見えた。


 野上は説明した。


「実は、この部屋には妻がいるんです」


 一柳は聞いた。


「奥様が?」

「はい、実は妻は、若年性アルツハイマー型認知症を患っておりまして。

 そのため、こちらで静養しようと思って、こちらに移ってきました」

「なるほど。それでホテル業で生計を立てようと、お考えになったのですか?」

「はい。早期退職で得た退職金と親せきから借りたお金でホテルと、この折り紙の塔を作りました」

「なるほど」

「そしていつも朝昼晩の食事を僕が、こうやって届けているんですよ」


 一柳は驚いた。


「朝昼晩? それは大変でしょう?」

「いえ、慣れれば大したことは、ありませんよ」


 そして野上は、ドアをノックした。しかし何の反応も無かった。


 野上は

「あれ、おかしいな、いつもなら返事がしてドアが開くのに」とドアノブに手をかけて捻った。

「あれ、鍵が掛かっている。いつもは鍵なんて掛かっていないのに……」とつぶやき、続けた。


「あの、申し訳ありませんが、少しここで待っていていただきますか? 

 今、この部屋の予備のキーをフロントから持ってくるので」


 一柳は

「ここのドアに鍵が掛かっているんですか?」と確認した。


「はい、念のために鍵をつけたんですが、いつもは鍵は掛かっていませんでした」

「どれ」と一柳がドアノブを左右に捻ったが、鍵が掛かっているらしく開かなかった。

「それで予備のキーはフロントにあると?」

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