第十五話
新田は
「先生、そっちじゃなくて、こっちですよ!」と大きな声で言ったが、考え込んでいた一柳には聞こえなかった。
新田は少し遠回りになるがホテルの入り口に行けるのは確かだから、まあいいか、という表情で一柳の後を追った。
そして右に曲がり、一柳が泊った部屋と、ちょうど反対側にきた時、一柳は腰を抜かした。例えではなく、本当にそこに尻餅をついた。
一柳は驚きで
「な、なぜ昨日の夜、見た塔が、ここにあるんだ?……」と言うのがやっとだった。
新田も驚いた。
「え? どうしてここに?」
それは間違いなく昨日の夜、部屋の窓から見た三階建ての塔だった。
新田は聞いた。
「ひょっとして私たち、間違えたんでしょうか? こっち側に私たちが泊った部屋が、あるんでしょうか?」
「いえ、違います。上を見てください。壁から突き出た廊下がありません」
「あ、本当ですね。すると、どういうことなんでしょうか? 塔が動いたということでしょうか?」
「あり得ません。塔は消えたんじゃなくて、動いた? しかし、それもあり得ません。
塔が動いた形跡は、どこにもありません!」と塔の周りを見た。昨日の夜は雨が降っていたが、今は止んでいた。
しかし地面には何の跡も付いていなかった。
新田は聞いた。
「ひょっとして塔をクレーン車等で釣り上げて、こっちに動かしたんでしょうか?」
「いや、それは無いでしょう。塔の周りに生えている草や地面にもクレーン車等のタイヤの跡がありません。やはり塔が動いた形跡はどこにもありません!」
新田は、顔色を悪くして言った。
「これだったら、塔が消えた方がまだマシです。それなら昨日の夜、見たのは何かの間違いだと思えるので。
でも、これを見てしまうと、塔がどうやって動いたのか分からないので不気味です……」
新田は無言で、そびえる白い塔を見上げた。
だが一柳は手を打った。
「あ、そうか! こうすればいいんだ!」
「え? どういうことでしょうか?」
「とにかく塔は実際に、ここにあるんです。ということはホテルが管理しているんでしょう。
ですからホテルのフロントで聞けばいいんです!」
「なるほど!」
二人は急いでホテルの入り口へ向かい、中に入った。フロントを見ると真鍋がいた。
一柳は聞き始めた。
「真鍋さん、ちょっと聞きたいことがあるんですが?!」
「あ、一柳様。昨日の夜は大変失礼いたしました。それで朝食の準備は、もう出来ています」
一柳は、再び聞いた。
「いや、今は朝食は取りあえず置いといて、聞きたいことがあるんですが?!」
「はい、何でしょうか?」
「ホテルに外に、塔がありますよね?」
「はい、折り紙の塔ですね」
「へえ、折り紙の塔っていうんですか?」
「はい、オーナーが趣味で作ったと聞いています」
一柳は納得しかけて、また聞いた。
「なるほど……。いや、そうじゃありません! 今、必要な情報は、それじゃありません!」
「と、おっしゃいますと?」
「あの塔が動いたんです!」
「はい? 申し訳ありませんが、おっしゃることが、よく分かりませんが?」
「ですから昨日の夜、部屋の窓から、あの塔が見えたんです!
でも今朝になったら消えていたんです。なのでホテルの外に出て探してみたら、部屋とは反対側に塔が動いていたんです!」
真鍋は神妙な顔つきで答えた。
「それは妙ですね……。あの塔は一柳様が宿泊された部屋からは、向きが逆なので見えないはずですが?」
「しかし見たんです! 昨日の夜、確かに! 私だけじゃない、新田も見ています!」
一柳の隣で新田は激しく、うなづいた。
真鍋は右手を、あごに添えて
「ううむ……」と唸った後に聞いた。
「取りあえず朝食を取っていただくのはどうでしょうか? その間に私がオーナーと、この件について話をするということで?」
「なるほど、分かりました……。そうさせていただきます。新田さんも、それでいいですよね?」
新田は一度、うなづいて告げた。
「あ、そうそう。昨日の夜の食器を取りにきて欲しいんですが?」
「はい、承知しました」
それからレストランへ向かった二人は、朝食を取った。一柳は、おかゆ、みそ汁、鮭の塩焼き、グレープフルーツを食べて、最後にコーヒーを飲んだ。
新田は、パンケーキ、スクランブルエッグ、サラダを食べて、最後に野菜ジュースを飲んだ。
二人は朝食に満足して一瞬、塔が動いたことなど忘れていた。
しかし部屋に戻ろうとしてロビーを通った時、真鍋に呼び止められて思い出した。
「一柳様、少々よろしいでしょうか?」
カウンターの中には中年の男性がいた。
真鍋が紹介した。
「こちら、オーナーの
すると野上は頭を下げた。
「初めまして、当ホテルのご利用ありがとうございます。
今回は、こちらのミスで、ご迷惑をおかけして大変申し訳ございませんでした」
野上は前髪が短く少し広いあごを、していた。
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