第十四話

「はい、そうですね、きっとそうですね」と一柳は答えた後に、あくびが出た。そして続けた。


「何か外の空気に当たっていたら、眠くなってきましたよ」と、腕時計を見ると午後十時半を過ぎていた。


 新田も

「私も、そうです。もう寝ます。おやすみなさい」と言い残し部屋を出て行った。一柳は部屋着のままでベットの倒れこんだ。


   ●


 四月一日。一柳は、ドアをノックする音で目が覚めた。


「新田でーす! 入りまーす!」と一柳が、まだ寝ぼけまなこなのに勝手に入ってきた。


 一柳は

「うーん、あと五分、寝かせてください……」と抵抗したが新田は

「ダメです! もう朝の七時ですよ! さっさと起きて下さい!」と掛け布団を引きはがした。


 すると一柳は敷布団にしがみついて抵抗した。それを見て新田は作戦を変えた。


「先生、お腹は空いていないですか? さっき内線電話でフロントに確認したら、朝ご飯はビュッフェスタイルだそうです。食べ放題だそうです!」

「うん……、食べ放題……?」と反応があったので新田は、とどめを刺そうと窓を開けた。

「さ、朝の新鮮な空気を吸って、起きて下さい!」


 しかし新田は窓を開けたまま、動かなくなった。急に静かになったので不審に思った一柳は聞いた。


「うん、どうしたんですか? 新田さん?」

「先生、昨日の夜、確かここに塔がありましたよね?」と新田は外を指差した。

「ああ、そういえば、ありましたね……」と一柳はベットから這い出て新田の横に立った。


 そして新田と同じく、動かなくなった。しばらく動けなかったが、やっと声を出した。


「塔が無い……。そんなバカな!」


 新田は聞いた。


「昨夜は、酔っぱらっていたので、幻でも見たんでしょうか?」

「確かに昨日の夜は、二人とも酔っぱらっていました。しかし、だからと言って二人とも同じ幻を見るでしょうか?」

「確かに、それはそうですけど……」


 一柳は、窓から上半身を出して左右を見て声を上げた。


「やはりありません、どこにもありません!」


 左側には、ホテルの壁から突き出た廊下が見えた。そして次の瞬間、部屋のドアに向かった。


「どうするんですか、先生?!」

「外に行って確かめてきます!」

「あ、それじゃあ、私も行きます!」と新田も後に続いた。


 部屋を出て右に曲がり、エレベーターに急いだ。ちょうどエレベーターが、きていたので2人で乗って『閉』ボタンと『1』ボタンを急いで押した。

 一階に着くと急いでエレベーターから降り、フロントがあるロビーを抜けてホテルの外に出た。


 そして右に曲がり進み、更にホテルの角で右に曲がった。少しすると息を切らしながら新田が追いついた。一柳は、ホテルの上部を指差して言った。


「あれが私が泊った部屋です。ホテルから廊下が突き出ているので。そして……」と今度は左側を差し、強く言った。


「あそこに塔があったはずです!」


 新田も、同意した。


「はい、確かに、そうでした!」


 一柳は少し歩いて止まり地面を見ながら、つぶやいた。


「ちょうど、この辺にあったはずです! でもその形跡すら、ありません!」


 新田も一柳の横に、きて言った。


「確かに何の形跡もないですね……」


 一柳は喚いた。


「そんなバカな!」


 すると新田は真顔で言った。


「ここは山奥ですからね。もしかするとキツネかタヌキに化かされたのかも……」


 一柳は再び喚いた。


「そんなバカな! いや、科学が相当、発達した現代でも解けない不可思議な現象も確かにあります……。

 幽霊やUFO等です。しかしキツネやタヌキに化かされるとは……」と一柳は、唸り考え込んだ。


 それを見た新田は、聞いてみた。


「ま、そういうことでいいんじゃないでしょうか? 何だったらキツネに化かされるというには、長編推理小説のアイディアにならないでしょうか?」


 しかし一柳は、あっさりと否定した。


「いや、それは無いです」

「そうですよね、思い付きで言ってみただけですから、気にしないでください。

 さ、ホテルに戻って朝食を取りましょう。ビュッフェですよ。食べ放題ですよ!」

「はい、そういえば確かにお腹が空きましたね……。塔のことは確かに気になりますが、今は朝食をとることを優先させましょう」と一柳は、歩き出した。


 しかし一柳は、考え込みながら歩いていたため、右に曲がらなければならない所を左に曲がった。ふと見るとホテルと地面の間に隙間があった。ホテルが少し浮いているようにも見えた。


 おそらく地震対策だろうと思った。ホテルと地面の間に、薄くて広いゴムが挟んでいるのだろう、と。

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