第十三話
新田がドアを開けると小澤がナプキンが、かけられたお盆を持ってきた。そして申し訳なさそうに言った。
「レストランの残り物で申し訳ないんですが……」
「いえ、十分ですよ。レストランの残り物なら、美味しそうだって話していたんですよ。ね、先生?」
一柳は微笑み頷いた。それに安堵した小澤はデスクに、お盆を置いて告げた。
「今日はもう遅いので、食べ終わった食器は朝、内線電話をくだされば取りに伺います」
「分かりました。どうもありがとうございました!」と新田は答えると、思い出したように聞いた。
「あ、そうそう、飲み物も欲しいんですが自動販売機とかってありますか?」
「はい、一階にあります」
「分かりました」
小澤が一礼して出ていくと、続いて新田が
「それじゃあ、ちょっと飲み物を買いに行ってきますね」と部屋を出て行った。
一柳がデスクに置かれた、お盆のナプキンを取ると、二つの皿に美味しそうな料理が並んでいた。よく見ると、ズッキーニとポテトの前菜らしきもの、鯛と海老の魚料理らしきもの、鶏肉のようなもの、それにデザートだろう、小さなチョコレートケーキもあった。そしてフォークとナイフが二組あった。
うーむ、やはり残り物とはいえ、レストランで作られた物は美味しそうだ、と思っていると新田がノックもせずに五百mlの缶ビールを二つ持ち、満面の笑みで入ってきて言った。
「やっぱりディナーといえばビールでしょ」と、持論を展開しデスクの上に置いた。
その時、料理を見て
「うわ、美味しそう」と感想を漏らした。早速、ビールを飲みながら料理を食べた。
思った通り残り物とは思えないほど美味しかった。デザートの小さなチョコレートケーキを食べ終わるころには新田は、すっかり出来上がっていた。
「だーかーらー、私は会社に不満がたくさん、あるんですよー!」
「おー、いいぞいいぞ! 言え言え、言ってしまえ!」と一柳も、すっかり出来上がっていた。
「まず、休みが少なすぎます! 休日出勤も、たまにあるんですよ。うちの会社はブラック企業ですか?ー」
「おー、いいぞー! それから?」
「はい、給料が少ないです! 新入社員とはいえ、ちゃんと働いているんですから、もっと給料が欲しいです!ー」
「おー、それから?」
「はい、作家よ! 締め切りは、ちゃんと守れ! 締め切りは作家と担当編集者が交わした約束です! 約束を簡単に破るなー!」
「え?」
「はい?」
一柳の酔いは一気に醒めた。そして言い訳をした。
「は、はい。そうですね、締め切りは、ちゃんと守らなきゃいけませんね。
でも、たまに不可抗力がありますから。そうなったら、しょうがないですよね、うんうん」
「まー、そうかもしれませんけどー」と新田は不満そうだった。一柳は、この悪い流れを断ち切るために新田に質問をした。
「そういえば新田さんは、どうして電撃社の編集者になったんですか?」
赤い顔と座った目で新田は答えた。
「そんなの
私はあれを読み実は一時、推理小説家を目指しました! 大学生の時、新人賞に三回、応募しましたが三回とも落ちました!
そして推理小説家になるのは諦めました。それで私は決めました。だったら編集者になって作家と一緒に名作を作ろうと!
どうですか、これが私が編集者に、なった理由です。ですから実は今年は推理小説を書くと先生が、おっしゃっていて嬉しいです!」
一柳は驚いて答えた。
「そうですか、新田さんも島田荘司先生の影響を受けていたとは!
私もそうです。私が初めて読んだ推理小説が島田荘司先生の『占星術殺人事件』なんです! あれも名作でしたねえ。
私は大学生の時に、それを読んで衝撃を受け、大学を卒業するとアルバイトをしながら電撃社の電撃小説新人賞に応募しました。
そして四回目の挑戦で電撃小説新人賞をいただきデビューし、今に至っているという訳です」
新田のテンションは一柳の話を聞いて、マックスになり吠えた。
「私たちの運命の人、島田荘司先生に乾杯しましょう! カンパーイ!」と二人は缶ビールで乾杯した。
一口飲んで、だいぶ酔いが回ったな、と思った一柳は
「ちょっと換気をしましょう」と窓を開けた。すると暗闇の中に三階建ての白い塔が見えた。
それには瓦屋根があり、写真等でよく見かける三重の塔に似ていた。また、ホテルの壁から廊下が出ていた。
一柳が、それに見とれていると新田が
「なんれすか、せんせー。何か面白い物でも見えますかー?」と一柳の隣にきた。
そして
「おー、塔ですねー。何か格好良いー」と感想を漏らした。気が付くとまだ雨が降っていた。
一柳が
「はい、そうですね」と答えると『バサッバサッ』という音がした。
「うん、何でしょう、この音は?」
「鳥じゃあ、ないですかあ? こんな山奥ですから鳥の一羽や二羽いたって不思議じゃありませんよ!」
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