第十二話

 建物に近づくと、『野上のがみホテル』という看板があって、それが目的のホテルだったので二人は安堵した。更に雨が降り出してきたので、二人は急いでホテルのロビーに入った。


「と、取りあえず、チェックインをしましょう、はあ、はあ……」

「そ、そうですね、先生。チェックインは、お願いします。はあ、はあ……」


 一柳がカウンターに近づくと、奥の上部に丸いアナログ時計があった。見ると午後十時を少し過ぎていた。


「二部屋、予約した一柳ですが……、チェックインしたいんですが……」

「はい、少々お待ちください」と、名札に『鍋島なべしま』と書かれた男性はデスクトップパソコンを操作した。鍋島は髪は生え際が少し後退していて、広いあごをしていた。


 そして

「うん?」と少し怪訝な表情になると

「少々お待ちください」と言い残し、一柳から見てカウンターの左側のスペースに入った。


 少しすると『小澤おざわ』という名札を付け、焦った表情の女性と一緒に戻ってきた。その女性はパソコンの画面を見て凍りついた。


「一柳様! 憶えています! 今日の午前に予約を一部屋から二部屋にしたいと連絡がありました。

 でも今、パソコン上に予約されていないということは、きっとその時に誤って予約を取り消してしまったんだと思います! 大変、申し訳ございません!」


 小澤は前髪を眉毛まで伸ばしていて、尖ったあごをしていた。


 一柳は聞いた。


「あ、そうですか。すみません、それじゃあ今から予約を出来ますか?」

 小澤は

「大変、申し訳ございません」と頭を下げ、続けた。

「只今、当ホテルは4部屋とも満室で、一柳様をお泊めすることは出来ません」


 一柳は

「そ、そんなあ……」と、へなへなと、その場に座り込んだ。


 真鍋は言った。


「こちらのミスです。大変、申し訳ございませんでした。只今、オーナーとも相談したいので、少々お時間をいただけないでしょうか?」


 一柳は

「はい、お願いします……」と、力なく答えて考えた。最悪、何とか頼み込んで、このロビーのソファーで今夜は休ませてもらおう、と。


 真鍋はカウンターにある内線電話の通話口を、右手で押さえながら聞いた。


「一柳様、オーナーとも相談したのですが我々、従業員用の部屋なら二部屋、用意できます。

 もちろん宿泊費は頂きません。それでも、よろしいでしょうか?」


 一柳はカウンターに右手をかけて立ち上がり、言い放った。


「もちろんです! それで、お願いします!」


 それから一柳と新田は、小澤に連れられて三階にある従業員用の部屋に案内された。その途中、小澤に説明された。


「実は私は三日前から、このホテルで働くことになって全然、仕事に慣れていなかったんです。

 言い訳にはなりませんが大変、申し訳ございませんでした……」


 一柳は、部屋に入ってすぐにキャリーケースから手を放し、ふらふらとベットに倒れこんだ。

 一柳が入った従業員用の部屋は、ちょっと狭くてユニットバスとトイレとシングルベットとテレビがあって、ビジネスホテルのようだった。更にデスクと椅子があった。


 十分ほどベットで休んでいると、少し体力が回復してきた。そしてお腹が減っていることに気づいた。

 何か食べたいが、どうすればいいだろうか? と考えているとドアが少し強めにノックされた。


「はーい」と返事をすると、すぐにドアが開けられ、新田が入ってきた。黒いセーターと青いジーパンに着替えていた。すると新田は早速、話し出した。


「ちょっと休んだら、それなりに元気になったんですけど、今度はお腹が減っちゃって。先生はどうですか?」

「はい、私も同じです。どこかに食べるものは無いか、考えていたんです」

「うーん」と唸った後、新田は言った。


「取りあえず内線電話で、フロントに相談してみましょうか?」

「なるほど、そうですね。それが良いですね!」と一柳も賛成したので、新田がデスクにある内線電話でフロントに電話した。


「あ、はい、そうです、新田です。あ、はい、お部屋は快適です。

 でも、ちょっとお腹が減ってしまって……。どこかに食べるものはないでしょうか? え? ホテルのレストランはもう終わってしまった? あ~、そうですか……。

 え? でも残り物があるかもしれない?! 構いません、それで構いません!

 ……はい、よろしくお願いします!」


 新田は笑顔で説明した。


「喜んでください、先生! ホテルのレストランは、もう終わったそうですが、残り物があるかもしれないということです!

 それで、それをここに持ってきてもらうことにしたんですが、良いですよね?」

「はい、残り物とはいえレストランの物だったら十分、美味しそうじゃないですか?!」

「はい、私もそう思います!」と新田が答えて五分くらいすると、ドアがノックされた。

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