第十一話
「はい、期待していてください」と、一柳はスマホにイヤホンをつけてユーチューブで音楽を聴き始めた。組んだ足を上下に揺らし、ノリノリだった。
新田は聞いた。
「何を聴いているんですか?」
一柳は片方のイヤホンを外して、新田の質問に答えた。
「Creepy Nutsです。今、聞いているのは『かつて天才だった俺たちへ』です」
「あ、そうなんですか! 私も知っています! 名曲ですよね!」と、新田とCreepy Nutsの話で盛り上がった。
しばらくして車内販売のお姉さんがくると、新田は見ていたスマホを座席に置いて声をかけた。
「すみませーん、冷凍みかんをください!」
冷凍みかんを受け取り、それを美味しそうに食べる新田を見て一柳は、つぶやいた。
「どんな形であれ、愛は素晴らしいですねえ」
「何ですかそれ? ユーチューブで感動する動画でも見ましたか?」
「まあ、そんなところです」
●
それからしばらくすると、新田は不思議そうな表情で、つぶやいた。
「ふーん、珍しいですねえ。長野県に富山っていう駅があるなんて」
一柳は、片方のイヤホンを外して聞いた。
「はい? 何ですか?」
新田は少し、大きな声で言った。
「珍しいって言ったんですよ! 長野県に富山っていう駅があって!」
それを聞いた一柳の顔は、みるみる青くなった。
「え? 今、富山に停まっているんですか?」
「いえ。もう、過ぎました」
一柳の顔は、完全に青くなった。
「降りましょう、とにかく降りましょう!」
「え? もうすぐ降りる駅ですか?」
「そんな訳ないでしょう! 長野県に富山があるはずないでしょう! 降りる駅を既に過ぎているんですよ!」
新田も焦り出した。
「だって降りる駅は、一柳先生しか知らないんですよ! 私に分かる訳、ないじゃないですか!」
「長野県で降りるって言ったんですから、富山は明らかに、おかしいじゃないですか?!
ああ、やっぱり、あの三千四百八十円の駅弁の呪いだ……。普段、食べ慣れていない高価な物を食べたからだ……」
「何、言っているんですか先生! しっかりしてください! とにかく降りる駅を過ぎたって言うんなら、次の駅で降りますよ、先生!」
「ああ、呪いだー! さもなければ罰が当たったんだー! 普段は五百円以内のワンコインの弁当しか食べないのに、急に三千四百八十円の駅弁を食べたからー!」
「気をしっかり持ってください! とにかく次の駅で降りますよ、先生!」と二人は次の駅で降り、新幹線を乗りなおした。そして目的の駅の飯山で降りた頃には、既に日は落ちていた。
新田は不満を隠さずに、言った。
「もう、一柳先生と新幹線に乗ることは、一生無いでしょう……」
一柳も負けずに、言い返した。
「これは新田さんが、三千四百八十円の駅弁を買ったのが原因なんですよ!」
「はあ……」とため息をつき、一柳をじろりと睨んで新田は言った。
「私は先生が現実逃避をしようとしたから、こうなったと思っているんですけどねえ……」
「な、現実逃避とは何ですか、現実逃避とは?! 私はちゃんとホテルで長編推理小説のアイディアを出そうと思って……」
新田は面倒くさくなったので、一柳の言葉を遮った。
「とにかく行きましょう、ホテルへ。ここからは、どうするんですか?」
一柳も気を取り直して、答えた。
「ここからはバスに乗ります」
「バスですね、分かりました」と、二人は駅の外に出た。ちょうど駅の近くのバス停に停まっていたバスが、目的地の近くまで行くので、それに乗った。
五十分ほどバスに揺られて、ほとんど山の中と言っていい終点に着いた。一柳は完全に自分を取り戻していたが、新田は不安そうに聞いた。
「先生~、こんな所に本当にホテルが、あるんですか~?」
「はい、あるはずです。ここからは歩きになりますけどね」と一柳はスマホの地図を見ながら答えた。
「え~、歩くんですか~? もう暗いですしタクシーとかないんですか~?」
「今からタクシーを呼ぶよりも、歩いてしまった方が早いですよ」と一柳は、さっさと歩きだした。その後から新田がキャリーケースを引きながら
「待ってくださいよ~、一柳先生~」と少し情けない声を出して追ってきた。
三十分もすると、ビジネスホテルを思わせる四階建ての白い建物が見えた。
一柳は
「はあ、はあ。あ、あれです。きっと、あれです、新田さん。やっと着きましたよ。はあ、はあ……」と息も絶え絶えに声をかけた。
新田も
「はあ、はあ。もう、どこでもいいです。あれが目的のホテルじゃなくても、何とか頼み込んででも、休ませてもらいましょう。はあ、はあ……」と既に限界を超えていた。
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