第17話 創造魔術師ドゥルガー・トランス
絶体絶命。
それは当人の意図しない物事が身に降りかかる事によって確立される。
しかし、今回はその定説は当てはまらない。
何故なら彼らは備えていたハズだったからだ。
敵の囲い。
隠れる場のない広場。
無数の視線。
あらゆる要素が彼らを捉えているにも関わらず、それらをかわして退却する術を幾重も用意していた。
だが、たった一つの要素にその可能性は全て潰されている。
クティノスと言う存在に捉えられると事態は、どんな小細工も無意味と言う事なのだと――
「で? どうする?」
ポケットに手を入れたクティノスは片腕が凍ったメイドと、杖を突く老人へ尋ねる。
「時間はお前らの敵だ。オレはどっちでもいいけどな」
不敵に笑うクティノスは隙だらけに見える。しかし、それは浅はかな考えであると、老人は汗が止まらない。
「……ドゥ様。私が――」
「ニノ。お前は退け」
老人とメイドは瞬時に理解した。両方が生き残る道はないのだと。
「私は今後足手まといになります」
凍った腕は感覚がない。使い物にならないだろう。
それよりも『ワールドディメンション』を使える彼を闇へ潜らせる方が優先だ。
「無意味なのだ。ヤツを初めて見たが……お前では足止めにもならん」
老人は冷静に状況を見ていた。
メイドではクティノスを止めることは不可能。その後、老人も即座に仕留められてしまうだろう。
「ドゥ様……私は――」
メイドは今回の失敗は自分の責任だと感じていた。その上でおめおめと生き延びるなど――
「糧にせよ。この瞬間を、敗北を、魂に刻み、より洗練された“魔人”となれ」
老人は杖を突く。
再び『ワールドディメンション』を発動した。対象は――
「クックック。なる程、それなら女の方は逃げ切れる可能性がある」
老人とクティノスの二人。
創り出したのは地面も空もない真っ暗な闇の世界――
「まるで夜空だな」
「ここは“宇宙”と呼ばれる空間だ」
老人は宙に立つ様にクティノスを見る。
星々が四方に煌めく見たことのない空間に二人は放り出されていた。
「魔術師として深淵に触れれば、世界は丸く、そして外があると知る。だが、理解出来る者はほんの一握り」
すると、クティノスは息が吸えない事に気がつく。
「窒息まで待つつもりはないぞ」
そして、視界を覆う程の彗星が飛来しクティノスへ直撃した。
「――――」
クティノスは呼吸が出来ず、巨大な質量を受けて身動きが取れない。
そのまま近くの惑星へ彗星と共に落下すると星の外からでもわかる衝撃と爆発に巻き込まれた。
「……そう言うことか」
ドゥは先代の長が奴に手を出すなと言った意味がわかった。
彗星の落下で滅び行く星。星の中に墜ちた者は決して生き残れないだろう。
だがドゥは感じていた。奴はまだ生きて――
「オレは一度だけ世界を恨んだ事がある」
その声はドゥの周囲から聞こえてくる。
「神世の時代には今よりも強い奴が山ほどいた。そこに生きて居ればここまで退屈はしなかっただろう、とな」
既にクティノスはこの『ワールドディメンション』を――
その瞬間、ドゥは抵抗できない程の力で引き寄せられた。
「ぬおおお?!」
引っ張られているのは滅び行く星。
地表が近づくにつれて加速し、視界にはこちらに手をかざすクティノスの姿が――
「じゃあな、ドゥルガー・トランス」
ワシを知っていた?
禁忌と蔑まされ、魔術会を追放されて痕跡の全てを闇に葬られた――ワシの事を……
クティノスの黒く染まった拳が引き寄せたドゥにめり込む。
同時に地表が捲れ上り、二人は星の爆発に飲まれるも、クティノスだけは周りの影響を受けずに立っていた。
「おおお……」
黒点がドゥの身体を折りたたみ、同時に滅びる星の熱で燃えていく。
それでも彼の眼に後悔はなかった。それどころか、心は清々しさで満ちている。
「クティノスよ……礼を言う」
「あ?」
「ワシの……名を……知っていた事を――」
ドゥの言葉にクティノスは、クックックと笑う。
「お前の事は予想以上に予想以下だった。だが【悪魔】よりは楽しめたぞ」
その認識にどれ程の価値があるのかはわからない。
それでもドゥは後悔の欠片もなく消滅して行った。
「じゃあな、稀代の創造魔術師」
そして、クティノスは空間を軽く叩くと、『ワールドディメンション』を破壊し、元の世界へ戻った。
クティノスが戻る数分前。
「絶対に逃がすなよ」
ニノは端からみれば絶望的なまでに囲まれていた。
『神話生物』二体に『ドラゴニア』の精鋭達。更に王を狙われた事で全体の士気は高まっていた。
「……」
「流石に詰みかな?」
ブルーとジェンダーは成り行きを見守る。
ドゥに連れ去られたクティノスの事は気にする必要すらも無いだろう。
「投降せよ。さすれば命は助ける」
護衛と姉を傍らにヴァルダルムが前に出ると、片腕が凍ったニノへ告げた。
「……これ以上の醜態を晒すつもりはない」
その時、会場に異変が走る。
騒ぎを見に集まった観客の一人が突如として泡を吹いて倒れたのである。
「なんだ?」
それはまた一人、一人と感染するように広がっていく。
「民を保護せよ! 最優先だ!」
「しかし――」
ドゥに匹敵する“魔人”が潜んでいる可能性を考えると本来なら護衛兵はヴァルダルムから離れるべきではない。
「しかし、ではない! 民の命は何よりも優先される! これは王命だ!」
その言葉にヴァルダルムとセラフィス以外は苦しむ者達の保護に向かう。
そして、入れ違いにジェンダーとブルーも二人の側に寄った。
「……申し訳ありません。サクス様」
その時、陽炎のように空間が揺れると四人の前に現れたのは一人の仮面の男だった。
「驚いたな。我が気配を察せぬとは」
セラフィスは僅かな挙動さえも逃さぬ様にニノと男に集中する。
「……退くぞ」
「はい」
「おいおい」
逃がすと――
セラフィスが身構えた瞬間、男は一度だけ手をパン、と叩く。
何をする気だ?
と身構えた瞬間、ニノと男の姿は消えていた。
「!?」
「馬鹿な!」
「洒落にならないね……」
セラフィス、ヴォルドラム、ジェンダーは魔力による感知を最大に引き上げるが、完全に消失している。
目の前には二人の代わりに木片が、カラン、と落ちた。
「……凄い……人」
ただ、ブルーだけは何が起こったのかを理解していた。
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