第16話 人と怪物の境界

「我々は殺戮者ではない」


 新たな長は『闇の魔人衆』へその事を言及させていた。


「我々は人だ。人はある一定のラインを越えぬ限り怪物にはなり得ない」


 そして彼は告げる。


「子供。無関係な者。これらを手にかける行為は我々を怪物に近づける」


 それは枷ではなく、暗殺者として高みへ至る為に必要な事なのだ。


「人を喰らうのが“怪物”。だが、人を殺すのは“人”でなければならない」


 留まった理由はこれだった。

 本来なら『ワールドディメンション』に入るのはドゥ様とサクス様の予定だった。

 理由は……標的が少年の見た目をしているから。

 そこに意見して私に変わって貰った。


 そして私は今、自分を殺したい程に己の未熟を悔いている。






「……」


 メイドは目の前に現れた蒼髪の少女に対して動きを停止していた。

 少女は標的に覆い被さる形であった為に、攻撃する事が出来なかったのだ。


 侵入者?

 なぜ? どうやって入った?

 子供……それも女の子……

 殺す……我々の……魔人衆の……サクス様の意思は……


「――」


 メイドは自分の掌をナイフで貫く。

 そして、その血を自らの仮面に擦り付けた。


 先ほど覚悟を決めたハズだ。私は一線を越えると……怪物に近づく決意を――


 音もなくメイドは倒れ混んでいる二人へ向かう。

 その雰囲気は先程とは違い、一切の迷いがない暗殺者の眼をしていた。






 ヴァルダルムは二つの事柄に困惑していた。

 一つは急に現れた少女の存在。

 もう一つは敵が攻撃を停止した事である。


「――一流プロである故にか」


 余計な被害者を作らない。

 『闇の魔人衆』が恐れられているのは、善人や無関係の者には決して手を掛けないからと言われている。


 『ドラゴン』は良くも悪くも『神話生物』。驚異として見ている者も少なくない。


「……貴方……辛い?」

「すまないが、退いて貰えるか?」


 少女は至近距離でヴァルダルムを見ていた。

 透き通るような空色の瞳は全てを見透かす様でありながらも感情のない様子である。

 しかし、不思議と不快感は感じない。


「ここ……」


 少女はヴァルダルムの小さい胸に触れる。


「何を――」

「……もう少し……」


 すると少女はヴァルダルムを抱き寄せると自分の胸に彼を埋める。


「むご?!」


 ヴァルダルムは思わずそんな声が出る。すると、敵が動く気配。こちらへ近づいてくる。


「離れ――」

「どう……?」


 少女がヴァルダルムを解放する。すると乱れた魔力が正常になっていた。


「君は――」


 そこでヴァルダルムの視界に映る。

 敵がナイフを少女へと振り下ろしている様を――


 パキッ。


 何かが割れる様な音と共にメイドの振り下ろしたナイフは持っている腕ごと、一瞬で氷ついていた。


「!?」


 ヴァルダルムは攻撃の射線に入らない様に少女を引き寄せる。


「灼熱砲」


 牙の生える口を開けたヴァルダルムから放たれた熱は、メイドの姿を一瞬で呑み込むと、射線状の物質を焼き貫く。






 どうやって入ってきた?

 普段ならそれを考えなければならない。

 だが……今回は例外だ。何故なら――


「クックック。そうだ。一瞬でもオレから意識を離すな」


 女は不敵な様子で歩いてくる。

 僅かでも意識を反らせば殺られる。

 一流の暗殺者でさえ、そう感じる程に女が自然に漂わせている圧は想定以上のモノだった。


「……何者だ?」


 女は一度、鎖に拘束されたセラフィスを見る。


「暗殺者は相手の土俵には乗らない。覚えとけ」


 女が一度腕を降るとセラフィスに巻き付いた鎖は粉々に砕け散る。


極光デイライト!」


 その動作を隙だと判断した老人は魔法を放つ。

 上空から降り注ぐ巨大な光の柱。足場を全て覆うソレを避ける事は不可能だった。


 この女はまさか……


「ソレは正しい」


 光の柱は流動するように一転へ凝縮していくと蛇のようにうねる。

 そして、女の掌に集まると一つの石ころへと変わっていた。

 理解の及ばない現象に老人の額に汗が流れる。


「誰が相手でも同じだ。オレと対峙するヤツは死ぬ。ジジィ、お前はそのレールに乗ったぞ」


 女は笑う。老人の次の判断は『ワールドディメンション』から女を追い出す事――


「ソレは出会い頭にやるべきだったな」


 魔力を安定させる前に老人は手をかざした女へ引き寄せられた。


「お前も『魔力乱流』の影響下にあるハズだ!」

「あ? この程度の魔力の乱れなんぞ、そよ風にも劣る!」


 女が老人に放つように溜めている拳は影のように黒く染まっている。


 アレを食らうわけにはいかん!

 不本意だがこのままでは――


「ワールドアウト!」


 周囲の景色がひび割れ、『ワールドディメンション』が砕け散った。






「ジョエル様! 失踪した広場に!」


 配下の報告にジョエルは広場へ向かう。そこにはざわつく大衆と、怪我を負っている王族の二人。

 そして、見知らぬ女と少女がそれぞれの傍らに居た。


「流石だね」


 ジョエルと話していた女は広場の様子を見て当然のように呟く。


「ご無事ですか?!」


 守護官がヴァルダルムとセラフィスを保護し、警備の者達がメイドと老人を取り囲む。


「無事だ。案ずるな」


 ヴァルダルムの傷は魔力乱流が消えたことで『ドラゴン』特有の代謝能力により瞬時に治癒されていた。


「我は良い。それよりも、あの二人を逃がすな」


 セラフィスの指示に兵士達が一斉にメイドと老人を取り囲み始める。


「失礼します、王女殿下」


 すると、ジョエルと話していた女が動くと、セラフィスの前に現れる。


「ん? お前は……なんだ? その姿は」

「いやはやお恥ずかしい。道中に襲撃を受けまして、その後遺症です。おっと――」


 その時、女は自らの身体の変化を感じる。

 すると、凹凸のある女体から余分なものが解けるように男体へと変わった。


「ようやく、時間切れか」


 ジェンダーはようやく本来の姿に戻り、一安心する。

 そして――


「詰みです。彼らを捕らえるつもりなら決断はお早めに」


 会場にいる誰もがその男に注目せざる得なかった。

 それほどに彼が戦うと言う行為は圧倒的な様にしかならないからである。


「さっきまでがオレを殺す僅かなチャンスだった」


 セラフィスを助けた女――クティノスも男の姿に戻っており、メイドと老人を見て軽く首を鳴らす。


「楽しませてくれよ? 【悪魔】よりはな」

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