第15話 想定外

「奴隷商人の所でもそうだったよな。お前、何でそんなことが出来る?」


 ジェンダーが『暗黒街』を留守にしていた一ヶ月。厄介ごとの全てに始末をつけたクティノスはブルーの魔法に対する逸脱した能力に関して疑問を投げかけた。


「……よく……解らない」


 彼女が記憶を失っているのは最初に会ったときから把握している。


「よくも解らず、複雑な魔術回路を分解できるか」


 ブルーを餌にクティノスの命を狙った『水機の魔術師』は、“領域”で彼の殺害を試みた。


 『水機の魔術師』はクティノスの知る中でも上の方に覚えのある殺し屋。少しは楽しめるかと、クティノスは意気揚々と敵の“領域”へと出向く。


 しかし『水機の魔術師』の持つ“水と金属の魔術回路”はブルーによって接続アクセスが出来なくなったのだ。

 一般人と化した『水機の魔術師』は『暗黒街』に来てから『トライセル』にも手を出していたこともあり、有無を言わさずに粛清された。


「見える……の」

「何がだ?」


 ブルーの持つ空色の瞳は集中すれば常人とは違うモノを映していた。


「世界の……仕組み? なのかな……」

「ほう。なら、オレは殺せるか?」

「貴方は……無理……」


 面白そうなクティノスの問いに、ブルーは即答する。


「だって……誰よりも……」

「言わんでいい。聞き飽きてる」


 ブルーの言葉にクティノスは解りきった事だと嘆息を吐いた。






 『ワールドディメンション』

 それは、世界を複製したもう一つの“世界”である。

 この魔法は創造魔法における極致。物質の概念や理論は大きく異なり、主導権は生成した当人にある。


「全く……久しぶりに“痛い”じゃないか」


 落下していくセラフィスの刺された箇所は時が巻き戻る様に回復していく。

 そして、翼を展開すると浮遊し、ヴァルダルムの元へ飛翔した。


「にしても、あの武器は容易く貫いたな」


 セラフィスやヴァルダルムの肌は常人とは強度の桁が違う。

 特定の武器以外では傷一つつくことはない。


「やっぱり、兄貴の血を採取してやがったな」


 『神話生物』に対して有効な武器は同種の『神話生物』の血肉を使って造られたモノのみ。

 故に個体数の少ない『神話生物』ほど、倒すのが困難なのだ。


「消し炭じゃ済まさないぞ、クソ野郎ども……」


 兄の死体を使われた事に対してセラフィスは怒りを宿すが、思考は冷静である。


 『闇の魔人衆』全員が、自分達に有効な武器を持ってると考えておく必要があるか――


「――――」


 ヴァルダルムの元へ飛翔する最中、ふと、視界の端に一人の杖を突いた仮面の老人が映った。


「失礼、王女殿下」


 刹那、セラフィスは己の中にある魔力が瞬時に乱れる様を感じとる。


「?! く……こいつは――」


 酷く酔った様に思考が乱れる。翼が維持できなくなるものの、完全に消えるまでに近くの足場へなんとか不時着する。


「ふむ。やはり――」


 着地したセラフィスに鉄の槍が襲いかかる。


「ぐっ………」


 咄嗟に急所を護るが、上手く魔力を操れない。

 ただの刃にさえ、貫かれてしまう程に己の力を制御できなかった。


「魔力乱流」


 セラフィスの居る足場へ老人も降り立つ。


「動けないのも無理はない。ここの魔力の流れは貴殿方の為に練ったものです」

「やはり……お前か」


 セラフィスは確信する。目の前の老人が『ワールドディメンション』の創造主だ。


「メイドと二人……あっちは前衛か」

「いえ、どちらも前衛です」


 白昼で大衆の注目の下での暗殺。

 ソレを成すために、専用の場を用意してきたのだ。


「兄貴もこれで殺られたのか」


 すると、セラフィスへ足場から鎖が伸びる。ふらつく足では避けきれず地に伏すように拘束された。


「さらばです。殿下」


 形成された無数の槍がファフニールへ降り注ぐ。






「正直、予想外です」


 メイドはヴァルダルムの始末に手こずっていた。

 『ドラゴン』に対する武器と『魔力乱流』による能力と五感の混乱。

 ヴァルダルムはメイドから数多の傷を負わされている。しかし、それは急所には触れていない。


「……確かにやりづらい」


 メイドは仕留めきれない要因は自分にもあると心を整える。


「……私は王だ。ここで死ぬわけにも行かぬし、お前達を逃すつもりもない」


 戦意の衰えない眼。ソレは王宮で手厚く育てられた者の眼とはかけ放れたモノだった。


 魔力乱流はヴァルダルムにも作用している。しかし、致命傷となる攻撃は確実に鱗を形成させて受け止め続けている。


 “覚悟と責任を持つ者は強い”


 今、厄介なのはセラフィスよりも、両方を持つヴァルダルムの方だ。

 この環境に順応を始めている。だが――


「越える決断をしました」


 メイドが横に跳び退くと、次の間にはヴァルダルムの背後から現れた。

 空間の歪み。どこが繋がっているのかを把握しているのはメイドと老人のみである。


「! くっ!」


 搦め手にヴァルダルムの反応は遅れた。メイドが逆手に持った特攻のナイフが振り下ろされる――






 ターニングポイント。

 運命の分岐点。

 それは誰もが一度は経験するだろう。

 しかし、今回は世界中を震撼させるモノとなった。

 






 “怪物は人間に倒される”


 よく言ったモノだ。もし『神話生物』を“怪物”と称するのなら、それを倒すのは人間の技しか成し得ない。


「お前に聞くが、“怪物”以上の存在は“人間”で倒せるのか?」


 老人のセラフィスへ下ろした槍は弾かれる様に横に吹き飛ばされた。


「!」


 老人は不遜に笑みを浮かべて立つ一人の女を見る。


「はぐれ……た」


 ヴァルダルムを仕留めに入ったメイドの上に落下して動きを阻害したのは、蒼髪の少女だった。


「なっ?!」


 メイドは咄嗟に避け、少女はヴァルダルムに覆い被さる様に落ちる。



 メイドと老人は想定外の事態を信じられなかった。

 この『ワールドディメンション』に入ることが出来るのは、自分の許可がなくてはならないならだ。

 二人は想定外の事態には幾度と対応してきた。しかし、今回は対応できる範疇を大きく逸脱している。


 故に現状に対する思考の間が必要となった。






「全員、状況は知っているな?」


 『闇の魔人衆』は既に『天鱗祭』の会場に全員入り込んでいた。

 その中の“長”が遠巻きに状況を見張っている全員に指示を出す。


「ドゥの『ワールドディメンション』に異物が二つ侵入した。よって各自、“潜れ”。今後は各々での行動にて標的を狙え」


 それは早すぎる判断であると指摘する者もいるが、“長”には確かめなくてはならない事があった。


「もしも、想定通りならヤツを殺せる可能性が増えるが……こちらを補足されるリスクとは釣り合わん」


 結果は『ワールドディメンション』内にいる二人が情報を持ち帰れるかである。

 それでも――


「目的を果たすのは我々だ」

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