第14話 君は強すぎる

「来てやったぞ、ジィさん」

「わざわざ呼び立てて済まないね」


 それはまだクティノスが『トライセル』に居たときの事だった。

 『暗黒街』の頂点だけが入ることの出来る部屋は『主塔』の最上階。

 現在は『トライセル』の総帥がそれにあたる。


「用件は手短に頼む。オレは忙しいんでな」


 三年だった。

 クティノスが『トライセル』に入り、僅かな三年で『暗黒街』の反抗組織を平定し、組織の傘下へ帰順させたのだ。

 それは政治的な手腕を持ってしてではなく、正面からの暴力による押さえ付けによるもの。


 薬物の流通、児童売買、無差別な殺害案件、と言った組織の利益にならない事案をクティノスは力ずくで解決していた。


「君の活躍を聞く度に私は思うのだ、クティノス。私は間違っていた、と」


 総帥は眼下の暗黒街を眺めながらソファーで寛ぐクティノスに告げる。


「クックック……ならオレを消すか? 息子の仇という大義名分を掲げて」

「いや、アレは息子の落ち度だ。とるべきケジメだった」

「組織の頭と言うのも窮屈なモノだな」

「それは君の方だと私は思っている」


 総帥の言葉をクティノスは冷ややかに笑って聞く。


「君は強い。故に私の見立てが間違っていたのだ」

「何が言いたい?」


 総帥は思いの内を明かす。


「君は強すぎる・・・・

「……クックック。そんなことは解りきっていた事だ。今更何を言っている?」

「『トライセル』が君と言う存在に依存してしまう」


 本来なら『トライセル』を持ってしても無傷では済まない問題の数々。

 それらの問題には反抗する暴力も常備されており、一つに手を出せば数多の勢力がその間隙を狙って来る。

 『暗黒街』はいくつもの怪物が隣の怪物の喉笛を狙っている、深い闇を持つ街である。


「昔は『暗黒街』を一つにするべきだと思っていた。しかし、上に上がれば上がるほどに、それは間違いだと気づかされたのだよ」


 この街は、数多の勢力が歪に絡み合う事で外からの介入を大きく制限している。それを統一してしまえば、全てが消え去ってしまうだろう。


「クティノス。『トライセル』は窮屈ではないか?」

「さぁな」

孫娘スタシアから聞いているよ。最近は退屈そうな欠伸が増えたと」


 チッ、あの女……。とクティノスは悪態をつく。


「クティノス、三年前に君へ差し伸べた手を勝手ながら引っ込めさせて貰う」

「そいつは勝手だな」


 総帥の意図を理解してか、クティノスは笑って返した。


「オレは構わん。だが、オレの押さえ付けた奴らはどうする?」

「我々が責任を持って引き継ぐ。側に居たスタシアなら理解しているだろう」


 総帥はクティノスへ向き直った。


「君は世界を歩きたまえ。援助が必要であればいつでも声をかけてくれて構わない」


 クティノスは、のそり、とソファーから立ち上がった。


「三年間、楽しませてくれた礼として、そっちの提案は受け入れる。だが、援助はお門違いだ」


 扉を開けて出ていくクティノスは総帥に振り返ることなく、一言だけ言い残した。


「荷物はいらん」






 『ドラゴニア』の王が現れた情報は『天鱗祭』に瞬く間に広がり、その姿を一目見ようと人だかりが出来上がっていた。


「凄いな……」


 ジョエルや他の護衛官が近づかない様に制限をかけている。


「これが全て『ドラゴニア』の民だ。感想は?」


 セラフィスの言葉は、重みのあるモノだ。しかし、ヴァルダルムがこれを背負うと決めたのなら、しっかりと認識しておかなければならない。


「僕は父さんや兄さん以上の“王”にならなきゃいけない」

「うん、そうだな」


 その時、目の前にポツンと一人のメイドが立っていた。


「来たか――」


 セラフィスは不敵に笑う。

 メイドは全身が黒い色合いのメイド服に身を包んでおり、顔には仮面を着けている。


「ヴァルダルム王、セラフィス王女。死んで頂きたい」


 世界が沈んでいく――


「?!」

「おいおい……これは――」


 足場が地面に飲み込まれる様に消えると、その下は空だった。

 重力に従い三人は落下を始める。すると、水の中に漂う様に祭り会場の屋台が点在していた。


「ヴァル」


 セラフィスはヴァルダルムを抱えると、翼を展開して飛行。近くの屋台上に着地する。

 メイドも少し離れた場所にある屋台に乗っていた。


「なんだ……これは?!」


 状況が追い付かないヴァルダルムからはそんな言葉しか放てない。

 すると、死角からヴァルダルムを狙ったナイフが襲いかかる。


「『ワールドディメンション』だ」


 対してセラフィスは現状を理解していた。弟を狙うナイフを掴み止める。


「セラフィス王女。やはり貴女は驚きませんか」

「嘗めるなよ。小娘」


 メイドは足場にしている屋台から飛び降りると、次の間にはヴァルダルムの背後に現れていた。

 ナイフが振り抜かれ鮮血が舞う。


「法則を――」

「どういうことだ」


 ヴァルダルムを庇って、セラフィスが腕でナイフを受けていた。


「捕まえたぞ」


 セラフィスはナイフが刺さったまま、残った手でメイドを掴み、口を開くと、発現させた牙で喰らいつく。


「いくら何でも頼り過ぎです」


 メイドはもう片手に持つナイフを掴んでいるセラフィスの腕に突き刺し、握力を失わせた。

 拘束が解け、食らいつきをかわすと同時に、右目、首、腹部をナイフで刺す。

 そして、怯んだセラフィスを屋台から蹴り飛ばした。


「相手に力を出させずに殺す。それが私達です」


 自らの血で尾を引きながら、セラフィスは彼方へと落下していった。






「まだ、解らないのか?! お二方はどこに消えた?!」


 ジョエルは唐突に消えたヴァルダルムとセラフィスの捜索を配下の者に命じていた。

 公然の中で消えた二人。それは、『天鱗祭』に来ていた者全てに不安と、例の噂を思い起こさせる。


「白昼堂々と仕掛けてくるとは……」


 二人が消える際に、一人のメイドが向かい合っている様を何人か確認していた。


「ただ事ではない……『神話生物』なのだぞ。あのお二方は――」


 それを連れ去るなど考えたこともない。


「何やら騒がしいけど……間に合わなかったかな?」


 警備の者達をすり抜けて、ジョエルの元へ一人の女が顔を出す。


「誰だ? 今は忙しい。誰か! この者を連れて――」

「“最強”を連れてきたよ」


 その言葉にジョエルは、女へ向き直る。






「どうだ?」

「……行ける……」

「クックック。入り口を作れ。中に入れば後はオレがやる」

「いいの……?」

「『ワールドディメンション』。入るのは初めてだからな。久しぶりに昂ってる」


 彼女は不敵に笑い、少女は『ワールドディメンション』へ入るための条件を書き換えた。

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