第13話 神話生物の国『ドラゴニア』

 “浮遊石”という鉱石がある。

 ある一定の高さまで浮かぶことで自身に帯びる魔力を一定数霧散させ、その場に停滞する不思議な鉱石である。

 大きさによってどれ程の高さまで浮かぶかはピンきりであり、世界でも西の大陸のように魔力密度の高い場所にしか存在しない。


 神話生物の国『ドラゴニア』。この国の国土は“不明”であった。

 何故なら同盟国全てが『ドラゴニア』の国土になり得る・・・・と言う事であり、時によってそれは変化すると言うこと。


 故に『ドラゴニア』の国土とは――――巨大な浮遊石の上に建てられた王宮が、頭上に止まった地を指す。

 西の大陸ではその地が『ドラゴニア』の国土として認識されているのである。






 ファンク・ドラゴニア。

 それはヴァルダルムたちの父であり、先々代の『ドラゴニア』の王だった。

 彼は何よりも己に流れる遺伝子をいかに強く次代に繋ぐかだけを考えていた。

 己の中に流れる『神話生物』の血。

 これは紛れもない奇跡の産物。その価値を何よりも理解していたファンクにとっての妻は優秀な後世を産むための道具でしかなかった。


 国も家族も民も……己に流れる遺伝子を証明する為の要素に過ぎない。

 だが、その後遺症なのかドラゴニアの直系の出生率は異様に低くかった。


 後世に無能は残せない。


 ファンクは厳選に厳選を重ね、後世を産むための適切な母体を選定する。

 結果、クライブ、セラフィス、ヴァルダルムの三人が産まれた。

 しかも、二人は男児。そして、三人には『神話生物』の遺伝子が濃く現れていた。


 『ドラゴン』。『神話生物』の中でも広く人々に認知されている最強種。

 子供たちは『ドラゴン』特有の膨大な魔力と、それぞれが異なる能力をその身に宿していた。


 その力は単身で国一つと同等の力。故に『ドラゴニア』の戦力は国王一人で事足りるのだ。

 本来であれば――






「“最強”ではない」


 作戦当日、彼はそう言った。


「単に『神話生物』の力を持つ程度・・。我らの敵ですらない」


 三年前に一人の男によって『闇の魔人衆』に打ち込まれた楔。

 今回の依頼は、それを取り払うための通過点でしかないのだ。


「今日、『ドラゴニア』は終わる。怪物は人によって倒される」


 最も我らも、常人ではないがな――






「時間は?」

「知らん」

「……多分……昼前……」

「『天鱗祭』。ギリギリ間に合いそうだ」

「フン。つまらん事になったものだな」


 『天鱗祭』会場へ向かう道にて、渋滞した馬車から二人の女と一人の少女が飛び降りた。






 晴天の昼間。

 『天鱗祭』の会場に選ばれた草原は普段は地平線まで続く何もない平原が特徴であるが、ここ一ヶ月前から、まるで街のような賑わいと人通りを作り出していた。


 会場から少し離れた空に見える『ドラゴニア』の王宮。

 そこより現れる、西の大陸の生きた伝説を全員が待ちわびていた。


 会場中央に設けられた厳重な警備の中に設けられた王の席。

 この席に招待されたのは西の大陸でも名のある国や組織の統率者達。

 全員が仲が良いわけではない。水面下では敵対している者もいる。

 しかし、この三日間だけはこうして顔を会わせることは仕方のない事だった。


 そして、唯一空いている上座に現れる者は誰もが知っている。


「しかし、今回は空席のままと言う可能性もありますな」


 ふと、一人の王が上座を見て呟くように口にする。


 この場に座す者達は『ドラゴニア』の現状を知っている。

 約二ヶ月前に起こった、前王クライブ・ドラゴニアの暗殺。遺体は広場に晒された事もあり、各国が周知していた。


「『神話生物』。その伝説も闇の中を蠢く“魔人”を前には容易く消される光だったと言うことか」

「ヴォイジャ殿はどの様にお考えか?」


 西の大陸を取り回すトップ達が集まる中、一人腕を組んで静観していた神官に意見を求められた。


「確かに東の大陸では『神話生物』を仕留めた者も多々存在する。倒される事はあり得ない事ではないが……それでも『ドラゴニア』は例外と言っても良いだろう」


 『神母教会』上層部の一派閥を取り仕切る立場にある男――ヴォイジャは『神話生物』【アヌビス】との交戦経験もある武闘派でもあった。

 今回は護衛を数人連れて『神母教会』を代表しての参列である。


「『エルフ』が定める『神話生物』とは理解の及ばない災害生命体の事を指す。特に『ドラゴン』は人の最も近くにいる『神話生物』だ。私なら無下にするような発言は死んでも口にはしないがね」

「何だ? 解ってるヤツも居るじゃないか」


 その場に着席していた者達は唐突に響いた声に驚いた。

 見るといつの間にか、場に存在していたセラフィスが冷めた眼で席に着く者達を見ている。


「いやはや、驚いたな。どうやら我ら『ドラゴニア』はこの場の面子には安く見られているようだ」


 セラフィスはコツコツと上座に向かいながら皆を品定めする。


「まぁ、確かにここ100年程で二つも代替わりをしているのは事実。お前たちが不安になるのも良く解る」


 まるで上から押さえ付けられている様な圧力に全員が言葉を発せられない。

 しかし、ヴォイジャだけは別の理由で言葉を失っていた。

 初めて見るが……これが――


「我らはお前達に求めるモノは領土だけだ。それも一定期間のな。その代わりにお前達は何を得ている?」


 『ドラゴニア』の庇護下に収まる事による利益はあらゆる面で作用する。

 今や『神話生物』という、一国相当の戦力を後ろ楯にした権力は大陸を跨ぎ、世界中で通用するブランドだった。


「全く、寿命の短い種族は実に浅はかだな。親や前任者から教わらなかったのか? 我々ドラゴニアは常にお前達を見ている。いつでも喰らうことが出来るのだと」


 ふふん。とセラフィスは笑う。笑っているが、心の中では怒っているようだった。


「案ずるな。我らはお前達を見捨てたりしない。しないが……我らに対して敬意を忘れた者達への庇護は考え直さねば、我らを敬愛する者達へ申し訳がない」


 上座の席を触るセラフィス。

 この場の面子に五十年間、姿を消していた彼女の事を詳細に知る者はいない。

 しかし、僅かな言葉の圧で否応なしに理解させられた。


「前王クライブ・ドラゴニアは許容したのかも知れないが、我は容赦しない。帰ったら自分達の親や祖父母に聞くが良い。セラフィス・ドラゴニアがどの様な『ドラゴン』であるかをな」


 誰も言葉を差し込めない。それ程の威圧と重さを叩きつけられ、場の誰もが察した。

 『神話生物』“ドラゴン”。その力は常識外過ぎてどこか、おとぎ話の様に捉えていた。


 実際に前王クライブ・ドラゴニアはこの場の面子に対しても友好的に友の様に語りかけて来たのだ。

 しかし今日、セラフィスと対面して改めて理解した。

 生物としての“格”が圧倒的に違う。

 クライブ王はこちらに気を使っていたのだと――


「まぁ、今日から三日間は祭りだからな。その間だけは忘れる・・・事にする」


 ヴォイジャ以外の面々は前王クライブの死に対して『ドラゴニア』に対して何かしらの発言を他所で行っていた。

 セラフィスの眼は、ソレを全て知っている、と言っている様に向けてくる。

 その為、嫌な汗しか流れない。


「姉上。その辺りでよろしいかと」


 すると、今度は何もない場所から少年が唐突に現れた。

 ヴォイジャ以外の皆は思わず立ち上がる。


「座れ」


 その言葉は緊張した面々に有無を言わさずに従わせる程の権威を含む。


「私が前王クライブ・ドラゴニアを継ぐ、新たな『ドラゴニア』の王――ヴァルダルム・ドラゴニアである」


 ヴァルダルムは見た目とは比較にならない程の王としての風格を宿し、場に現れたのだった。

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