1章 オーバーワーク・ドラゴニア
第10話 最強の敗北
それは『暗黒街』より西の大陸にある国で起こった出来事だった。
「遺体で見つかりました……」
その報告に場がざわめく。同時に由々しき事態であると全員が理解した。
「国でも腕利きの護衛が10人はいたハズだ。彼らの中には『守護者』と戦闘し帰還した者もいた」
「護衛の者達も皆、死にました。それらの遺体は国民に知らしめるかのように広場に……」
「何と言う事だ……」
「皆、落ち着け」
その場を制したのは若い声――否、少年の声だった。
「これからは
「王子……いえ、陛下。御身を隠される方がよろしいかと」
「ダメだ。奴らから隠れる事は出来ない。迎え討たなくては」
「しかし……国の戦士では……」
「陛下」
すると外務大臣が手を上げた。
「
「申してみよ」
「ここより遠く東にあります、無法者達の街に最強と称される男が居ると聞いております」
「ほう」
「その者ならば……『闇の魔人衆』を撃滅出来るやもしれません」
「単身で奴らに敵う者などこの世に居るものか」
他の官僚が口を挟む。しかし、外務大臣は落ち着いていた。
「かの者は『メデューサ』を単身にて討ち果たした猛者でございます」
その情報に場が違う意味でざわめく。
彼らにとって『神話生物』は共通の敵。その中でもメデューサは特に宿敵と言われ、多くの同士が殺されているのだ。
「その者の名は?」
「クティノスと言う名の大男です」
『フラワー』の戦いから一ヶ月後。
『暗黒街』はさほど変わりなく、組織によるにらみ合いと水面下での牽制が続いている。
そんな中、最も話題を引っ張ったのは、あのクティノスが奴隷を迎えた事だった。
この情報を得た者は“最強”に綻びが出来たと、利用する為に動いた。
そして『暗黒街』から五つの組織と六人の殺し屋が消えた。
彼らの共通点はただ一つ、クティノスの奴隷を使い、彼を殺そうとしたと言う事。
大きな組織は言うまでもなく解っていた。
クティノスはつつかなければ無害。それどころか有効な関係なら依頼を受けてくれる。
奴隷一人で奴の動きが鈍るならとっくの昔に死体になっているのだ。
欠伸交じりに現れたクティノスに組織は壊滅させられ、殺し屋は四人が死亡、一人が再起不能、もう一人は逃亡した。
そんな“小事”が落ち着いたのが数日前。
暇があれば寝てばかりのクティノスと、一日の献立を考えるブルーの日常はだいぶ安定してきた。
「こんばんは」
『暗黒街』の外から、仲介の依頼を受けていたジェンダーは一ヶ月ぶりに二人の元へやってきた。
「久しぶり……ジェンダー……」
部屋の掃除をしていたブルーはその手を止めて相変わらずの無表情で出迎えた。
閑散としていた部屋は、ブルーの生活のためにテーブルや椅子と言った家具が追加されている。
部屋の一部に壁を増築し、簡易的だがブルー用の部屋も設けられていた。
「久しぶり、ブルーちゃん。どう? 『
「意外と……普通……」
「はは。まぁ、端から見れば『暗黒街』も商人たちの交易拠点みたいなものだからね」
何も知らない者が『暗黒街』を訪れても物流の多い街と言う印象しか受けないだろう。
『主塔』と言う観光名所もあることから裏社会と関わりのない外来者は意外と多い。
しかし街に渦巻く闇は濃く、浅い位置を常に漂っている。
「クティノスは?」
いつもなら
「買い出し……」
「……え? もう一回言って?」
「買い出しに……行って貰ってる……」
「嘘……」
ジェンダーは驚愕する。彼はそんなものとは生涯無縁だと思っていたからだ。
「ジャンケン……私の勝ち……だから……」
「はは……なんと言うか、ブルーちゃんは怖いもの知らずだね」
「買い物メモ……渡してるから……」
「いや、そうじゃなくてさ」
ひきつった笑みしかジェンダーは作れない。だが、一番可哀想なのは――
「おい、じゃまだ」
背後から親友の声。振り向くと『暗黒街』最強の男が段ボールを肩に担いでいた。
「おかえり……」
「二度と行かん。ジャンケンもしない。さっさと飯を作れ」
どん、と近くの食台に段ボールを降ろすとクティノスはソファーに腰を降ろした。
「クティノス……」
「なんだ?」
「メモより……多い」
「知らん! オレの顔を見るなり奴らが勝手に押し付けてきた!」
「お金は……」
「きちんと払ってきたわ! それでも、いらんと言うから脅して叩きつけて来てやった!」
そう、一番可哀想なのはクティノスが来店した食品店だ。彼が店内でメモを片手に徘徊している時は生きた心地がしなかっただろう。
「あはは」
「おい、何を笑ってる」
「いや、中々ないよ。脅されてお金の受け取りを強要されるなんてさ」
「ケッ」
それ以上に“買い物をするクティノス”と言う絵面は余りにも異質だ。
ほどなくブルーは夕飯の準備を始め、クティノスは不貞腐れた様にソファーに座る。
ジェンダーはその正面に座った。
「それで何か解ったのか?」
ジェンダーが一ヶ月近く『暗黒街』を留守にしたのはブルーの事を調べる為だった。
「結果から言うとブルーちゃんに関する事はあんまり解らなかった」
特徴や種族からそれっぽい所を当たったものの、全て空振りに終わった。
「エルフ共は当たったか?」
「彼らとは会える時期とそうじゃない時がある。今回は後者だったよ。そっちは『主塔』を使って何か分からないのかい?」
『主塔』を使用出来るのは【守護者】だけ。下手な情報屋よりも得られるモノは多いだろう。
「『主塔』も万能じゃない。アレが出来るのは塔周辺の物事だけだ」
「そっか。一応、奴隷商人から彼女をどこで拾ったのかは突き止めたよ」
ジェンダーは一呼吸置いてから、その場所を口にする。
「『ラトーの森』から出てきたらしい」
「ほう」
『ラトーの森』。それは崩れた『主塔』の存在する森であり、ある魔獣が塔を護っている。
「クティノス。君が倒した【守護者】は『ラトーの森』の『主塔』だったよね?」
「まぁな」
「何か心当たりはないかい?」
かつて、神母教会の導士の護衛官として所属していたクティノスは『ラトーの森』の『主塔』へ挑んだ。
「知らん。当時は今ほど『主塔』のシステムは把握していなかったからな」
「じゃあ、もう一度行けば何かわかるかも」
「……そのうちな」
何か面倒な事を思い出した様にクティノスはあまり乗り気ではなかった。
ブルーに関しては進展する道も見えた所で、ジェンダーは仕事の話に切り替える。
「それで、
「要点だけ先に言え」
ここで言う“要点”とは敵の事を差す。
「『闇の魔人衆』」
その単語にクティノスは腕を組む。話を聞く気になったと察したジェンダーは続けた。
「僕も話しか聞いたことはない。西の大陸では深い闇にいる暗殺組織らしい。その名前を口にする事も憚られるとか」
「どこかで聞いた話しだな」
「僕も思った」
笑うジェンダーに対してクティノスは何かを思い出す様に少し考えている様子だった。
「もしかして、元々そこに居たりした?」
「西の大陸に居たときに狙われた事があった」
「へー」
「五、六人始末したら向こうから来なくなったがな」
どうでも良い事のように忘れていた様子だ。
「まぁ、その件は関係ないと思うよ。依頼元は正当な窓口だからね。どうする?」
「話してみろ」
彼が興味を向けたと言うことは、『闇の魔人衆』はそれなりの存在らしい。
「依頼元は『ドラゴニア』の外務大臣からだ」
すると、クティノスは静かに笑った。
それが彼が仲介を受ける事を意図しているとジェンダーは知っている。
「じゃあ、詳しい内容を話すよ――」
『ドラゴニア』。
それは西の大陸最強の国にして『神話生物』であるドラゴン達の国であった。
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