第11話 神世からの生物

 『神話生物』。

 それは、かつて神が地上にいた時代に栄冠を誇っていた生物達の事である。


 彼らは時に争い、時に身を寄せ、時に国を創った。


 人智を越えた力を持つ『神話生物』はその一つ一つが人々の手の届かない程の個体であると史上には記録されている。

 月日が流れ、神が地上から消えると『神話生物』もその数を減らして行った。

 そして、神が地上に居たことすらも忘れらる程の時が流れ――世界の節々に散った『神話生物』は時折、人と遭遇し災害とも言える程の力を世界に思い出させる。

 そして、西の大陸では神世の時代に創られた国が存在した。


 『ドラゴニア』


 それは竜によって統治される西の大陸最強の国。

 王族はその遺伝子に濃い竜の血を持つ事で知られ、その力は『神話生物』と称えられた。






「クティノス……」

「なんだ?」

「空……飽きた」


 三週間後。

 クティノス、ブルー、ジェンダーの三人は西の大陸へ向かう大型飛行船に乗っていた。

 大陸を跨ぐ飛行船は半年に数便しか着陸せず今回は滑り込む形でしか乗り込めなかった。

 個室はとれたものの、三人で一部屋である為に少しばかり狭い。


「寝てろ」

「そうする……」


 ブルーは自分の寝台に入り込むと、マイペースに眠り始める。

 クティノスは彼女と入れ違う様に部屋から出る。


「やっぱりいいね。空は」


 ジェンダーは飛行船に乗ってからずっとこの調子だった。

 『天翼族』である彼からすれば空は故郷と同じ。人が大地に立つことが当然とされる様に彼らにとって、空の中に居る事は心が安らぐのだ。


「お前だけだ。ブルーの奴は“空酔い”に慣れたら景色に飽きただとよ」

「まぁ、飛行船は基本的に安全運転だからね。嵐を避けたり、その上を飛んだり、常時快晴なのは当然だよ」


 安全に目的地を経由する。その為、景色は代わり映えしないのだ。


「次は“空釣り”にでも誘ってみるよ。まだ二週間は空の上だし」

「ジェンダー、オレ達以外は落ちたら死ぬ。船には最低限の脱出設備はあるのだろうが、奴らには関係ない」


 腕を組んで外柵に背を預けるクティノスは現在考えられる懸念を改めてジェンダーに認識させた。


「君は有名だからね。だから大臣も君の事を知っていた」


 光栄な事だよ? とジェンダーは言うがクティノスとしてはどうでもよかった。


「くだらん。だが……その大臣もよく解ってるな」

「何が?」

「この世界の秩序をだ。オレの前に立つ奴はどんな奴でも関係ない」


 それは彼の口癖の様なものだった。


「オレと相対したヤツは死ぬ。誰であろうともな」


 絶対なる自信。他ならぬクティノスが口にするからこそ現実味を帯びる言葉だろう。


「クティノス、情報を精査したい。『闇の魔人衆』に関して知っていることを話してくれないかい?」


 『闇の魔人衆』は東の大陸では殆んど耳にしない。せいぜい、“狙われたら逃げられない”と言う、よくある謳い文句だけだ。

 しかし、今回の依頼内容から『闇の魔人衆』は軽視できない実力を持つと裏付けている。


「奴らはそこらのザコとは違う。尖った方へ技術を進化させ、最古にして最新の暗殺組織だ。標的を自分達の土俵に引き込む――いや……標的によっては土俵にすら上がれないかもな」


 楽しそうに笑うクティノスであるが、ジェンダーは素人にも解るような解説を要求する。


「それはどういう意味だい?」

「生物が永い年月をかけて練り上げた魔法と言う秩序。奴らはそれを全て無効にする」


 その情報にジェンダーは眼を丸くした。

 この世界は魔法で覆われている。故に強大な魔法や魔力を持つ者が一定の権利を獲得するのは至極当然と言えるのだ。


「お前なら解るだろう? この世界の永い歴史に置いて、魔法を無力にするなど到底不可能だと」

「……君の言う通り、本来なら考えられない話だ」


 魔法を無効にする。

 言葉にしてみれば単純明快であるものの、その実現は今日まで叶った事は一度もない。


「昔、それっぽい事をしようとした者は大勢いたけど、どれも実現しなかったし皆粛清されてる」

「だろうな。だが『闇の魔人衆』は少なくとも『神話生物』を殺っている。それも、多くの護衛を殺した上でだ」


 『ドラゴニア』の大臣からの情報は信じがたいものだった。

 『竜の末裔』とされる『ドラゴニア』の王が殺されるなど……天地がひっくり返ってもあり得ないからだ。

 しかし、今回は……その天地がひっくり返ったらしい。


「……クティノス。君は昔、『闇の魔人衆』と相対した。今回も勝てるのかい?」


 敵の技術はクティノスと言う敗北を糧に昔よりも遥かに磨かれているだろう。当時は勝てたとしても今回は――


「お前、それ煽ってるつもりか?」


 しかし、彼は不敵に笑う。その様にジェンダーは自分の考えが間違っていると悟った。


「お前と『ドラゴニア』が心配するのは一つだけだ」


 今回の依頼で最大の懸念は彼の言う通りただ一つ――


「オレが間に合うかどうかを……な」


 クティノスが着く前に全て終わっていれば何の意味はなくなるのである。






「それで“王”は逃げないか」

「近々、祭りがある。そこで姿を見せなければ国民の不安は一気に高まるだろう」

「狙うのは祭りの前か……後か……」

「今は王の警備は厳重だ。“協力者”の情報ではどんな者でも直接会う事はないらしい」

「無駄な事を。しかし、時をかけるのも幾つかの懸念が湧いてしまうな」

「王女の事か?」

「それもある。だが、確かな情報として――クティノスが来る」

「ほう……それは願ったりではないか? 奴には三年前に煮えにをのまされた」

「次期“魔人”候補が全て消された件か」

「同時に我々の評価も地に落ちた。故に今回の件は我々の再起がかかっている」

「なれど、好機と捉えよう。クティノスを殺し、“王”を殺す。それで我らは世界に対して知らしめる事が出来る」

「依頼を最優先だが……致し方あるまいか」

「無論だ。何故ならヤツは“魔人”とは殺りあっていない」


 我らが本懐――『魔人』と相対して生き残った標的は過去に一度もないのだ――

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