第9話 笑顔(作り)

「美味しいですね」


 【悪魔】の一戦後、クティノスの部屋でブルーは料理を作っていた。

 キャンプ用の調理器具をレミーが用意し、食材はジェンダーが取り寄せた。

 そして、ブルーが作ったのは簡単なスープだった。皆の席を用意できなかった事もあり、手にとって食べれるものとして選んだのである。

 ちなみにブルーはまだゴシック風の服を着ており、汚れないようにエプロンをしているため、メイドのように見えなくもない。


「あら、スターちゃんにお墨付きを貰うなんて、ブルーちゃんやるわね♪」


 ブルーの料理を素直に美味しいと評価するスタシアは食には少々うるさい事で知られている。


「懐かしい味ですな」

「……なんか涙出てくる」


 ロッサとケルトも食事に同席させて貰っていた。


「――何て言うか、凄く好みの味だ」


 ジェンダーもスープの味に驚いていた。

 高級な店で出される様な一流の料理とは違う方向での美味しさを感じる。

 ソファー座るクティノスにブルーはスープを持っていく。


「クティノス……」


 ブルーはスープを手渡すと自分の口の端を人差し指で押し上げて語りかけた。


「なんだ? それは」

「笑顔……」

「類に見ないマヌケ面はやめろ! オレを笑い殺す気か!」


 スープを落とさないように笑いを堪えるクティノスにブルーは人差し指を離すと、人形のような無表情に戻る。

 そして、彼がスープを一口運ぶ様をじっと見ていた。


「まだ何かマヌケを晒すのか?」

「……美味しい?」

「不味くはない」


 その時のブルーの表情はクティノスにしか見えていなかった。


「ブルーちゃん、ちょっといい? このスープさ、味付けとかどうやったの?」

「アタシも興味あるわ~。教えてくれる?」


 あまりに皆に評価される味にジェンダーとレミーはブルーを手招きして真意を尋ねた。


「相変わらず、貴方は『最強』であるようですね」


 スタシアはソファーに座るクティノスの正面に現れる。


「クックック。なんだ? まだジイさんから【守護者】は貰ってないのか?」

「……私は必要ないと思っていました。『主塔』を使わずとも『トライセル』の秩序は護れると」


 それは間違っていた。今夜の一戦で、クティノスと『トライセル』の総帥が使用した【守護者】の権限は他では替えの効かない程に優れた代物だ。


「他に取られると間違いなく『トライセル』の……いえ、『暗黒街』の秩序が変わります」

「単純な話だ。お前も【守護者】を倒せばいい」

「……少なくとも私は自身の能力は解っています。『主塔』を護る【守護者かれら】には遠く及ばないと言うことも」

「なら、継いだヤツを殺せば良い。居るだろ? お前の目の前に」


 クティノスはスタリアに笑いながら告げる。その言葉は言わずもがな、オレを殺せばお前の望みは叶う、と言う挑発だった。

 その様子に車椅子を押すロッサのこめかみに汗が流れる。

 いくら、クティノスとは言え『トライセル』幹部への挑発は組織への宣戦布告には変わらないからだ。


「貴方を倒せる者はそう多くは・・・ないでしょうね」

「……クックック。お前は変わってないな」

「ええ。そうやって貴方に潰された者を多く知っていますから」


 クティノスが『トライセル』に居たとき、彼を快く思わない者は多く存在した。

 彼らはあらゆる手段を使って始末しようとしたが、尽く返り討ちにあっている。

 スタシアの父もその一人だった。


「よほどの事がなければジイさんはお前に【守護者】を譲る。せいぜい寝首をかかれない様に信頼をおけるヤツは増やしておくんだな」


 それだけを言い残し、クティノスはスープのおかわりを貰いに立ち上がった。


「お嬢様。お戯れも程ほどに」


 クティノスとのやり取りが大事に至らなかったロッサは胸を撫で下ろす。

 スタシアは自分の元を離れてブルー達へ向かったクティノスの背を見る。


「……彼は『トライセル』に未練がないようですね」


 スタシアは自分達ではなく、外の関わりへ自分から向かったクティノスへ微笑みかけた。






「諸君。揃っているな」


 それは『暗黒街』のある大陸から海を挟んで半年以上の航海を得て辿り着く島だった。

 無限の魔力を生み出す巨大な樹――ユグドラシルが遠目からでも見える島の住民は世界最古の種族である『エルフ』しかいない。


「定例会議だ。あまり時間を取られたくない者も居るだろう。無用な問答は考慮して貰いたい」


 大樹ユグドラシルの中にある室内。

 部屋の中心にある切り株を囲むように配置された五つの魔法陣から、世界各所に散っている『エルフ』達は定期的に連絡を行っている。

 唯一、島にいるのは『エルフ』達の英雄にして長でもある老エルフである。


「では、まずエミーから……」


 順次報告を受け取りつつ、記録係が纏めて行く。

 世界の動きを伝えるために各々で世界に散っているのだ。

 代替わりした国。『神話生物』との接触。『主塔』の攻略。など――


「次にミレディ」

『前に緊急で皆に話した事の確認をして欲しいね』

「『悪魔』を宿した兄妹の件か」

『正確には宿してるのは兄だけさ』

「受肉の危険性から、その件は始末する様に告げたハズだ。島には入れられない」

『正確な事は分かって無いんだ。島が無理なのも妥協する。だから、長老衆がこっちに来いって話だよ』

「その必要はなくなった」

『どういう事だい?』

「【星読み】にて、『十二柱』の第四位フラワーの出現を確認した」

『なんだって? いつ?』

「昨晩だ。しかし、現地へ行く必要はない」

『……理由は?』

「出現と同時に当夜にて消滅したからだ。出現場所は世界の汚点でもある『暗黒街』。どうせなら、綺麗に掃除して貰いたかったか……『主塔』がある。【守護者】によって倒されたのだろう」

『いくら【守護者】でも『悪魔』相手は荷が重い。犠牲が出たハズだ』

「細かい事はわからん。少なくともこの件はこれ以上踏み込む必要は無くなったと言うことだ」

『……そうかい』


 事情を知っているミレディは『悪魔フラワー』が出現した事実にサノとティナの運命を悟った。


「皆からの報告は以上だな。今回はこちらから伝えることがある」


 長老衆の長である老エルフは島からでしかわからない事を皆に伝える。


「“起源生物”が目を覚ました」


 その言葉は聞いている各々が神妙になって受け取る。


「言わずとも皆は理解しているだろう。ソレの目覚めは世界に大いなる災いが降りかかる前触れだと」


 それは長寿である『エルフ』たちだからこそ観測し続けることが出来た事柄だ。


「故に諸君らには世界各地にある大樹ユグドラシルの近辺を調べて貰いたい」


 “起源生物”の目覚めは大樹の中にある空洞で行われる。


「既に徘徊している可能性もある。出来るなら保護し、共に島へ帰還する事を優先として欲しい」

『情報が少なすぎるよ。姿容くらいはわからないのかい?』


 聞いている皆を代表してミレディが質問する。


「容姿に関しては……島にある肖像画を参考にしてくれれば良い」

『……それ、本気で言っているのかい?』

「本気だ」


 他の者達が信じられないと言う様にざわつく。


『わかったよ。その件に関してはあまり詮索しない。その代わり、こっちも自由にやらせて貰う』

「結構だ。島にさえ連れてきてくれればな」


 ミレディの一言で場は収まり、増えた事柄を抱えた各々は旅に戻った。


 定例会議が終わり、一人自室へ戻った長は、そこに飾られた一枚の肖像画を見る。


「……もう一度会えるのか」


 それは蒼い髪に空色の瞳をした、美しい大人の女性だった。

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