第8話 三度目は――

「ん? 昨日の夜の事?」


 昨晩、港町から聞こえた轟音と震動。そして、クティノスが戦ったと言う事柄は『暗黒街』で一気に注目を集めていた。


「僕は直接戦闘を見た訳じゃない。無論、彼もそれを吹聴する様な性格じゃないからね」


 そこでジェンダーは自分なりの考察を交えて昨晩の戦いを口にする。


「まぁ、彼が勝った。これは間違いない。問題は相手がどれだけ強かったかによるよ」


 クティノスの能力は常人では理解しがたい。否、知識が多ければ多いほど困惑を極めるだろう。


「相手は一応【悪魔】だったらしいんだけどね。ん? あれだよ? 『神話生物』の【悪魔】。『エルフ』が特に釘を刺してる……“話をすることさえも禁忌”としている一級品に危険な存在」


 【悪魔】は『神話生物』でも人的被害を数多に広げる。彼らにとっては命あるモノは只の餌に過ぎない。


「僕は【悪魔】は初めて見たけど、悪寒が止まらなかったよ。本来なら全力で街を離れるべきだったよね」


 それでも、ジェンダーが冷静になれたのはクティノスが笑っていた・・・・・からだ。


「結果はお察しの通りだよ。まぁ、彼の場合は噂の方が大人しい・・・・・・・・からね」


 それは爆睡しているクティノスの代わりにジェンダーが受けた取材だった。






 瞬く間に静かになった夜の海は波が揺れるばかりだった。

 クティノスは『フラワー』の気配を明確に感じとっている。


 ヤツはまだやる気だ。久しぶりだ。自分に敵意を持って向かってくる存在は――


 途端、クティノスの足元――海面が爆発する様に無数の『死槍』が射ち上がる。


「クックック。いいぞ。全力で来い!」


 直撃しないように『死槍』の間を見極めてかわし、変わりに海水を被る。

 上空へ昇った『死槍』はクティノスへ再度向かってくる。

 その1本1本が、街一つの命を全て奪うほどの悪魔の魔力が凝縮されて作られたモノ。


「猿よりは知恵があるようだな!」


 少しずつ楽しくなってきた。内側から昂るのを感じる。

 『死槍』の処理に意識を向けた瞬間だった。


「――――」


 気配遮断。『死槍』へクティノスの注目を引き付けた『フラワー』は海中から静かに彼の死角に現れ、命を奪う枝を直接突き刺す――


「おい」

「――馬鹿な」


 枝は掴み止められていた。

 クティノスの視線は『死槍』に向いたまま。にも関わらず的確に枝を掴んでいる。いや、そもそも――


「何故! 我の本気の魔力に触れて無事でいられる?!」

「今さらそれか? お前」


 『フラワー』は離れる。しかし、クティノスの能力によって距離は空けられない。『死槍』が迫る。


「馬鹿め……死ね!」

「一言多いんだよ。お前は」


 『死槍』はクティノスに近づくと形が崩れるように霧散し、無害な魔力となって再度散る。


「少しは学べ。これじゃオレの相手は出来ないってな」


 『フラワー』の顔面を海面に叩きつける様に殴る。

 顔の骨が砕け、眼球が潰れる。そして、海中へは沈まず、海面に押し付けられる様に激突した。


「がはぁ?!」


 なんだ?! 下は水……液体だ……凍ってるハズもない……なのに……


 トランポリンの様に『フラワー』の身体は海面から跳ねると、残った眼が再度狙いをつけるクティノスを見る。


 本能が咄嗟に両腕をクロスして防御に回す。

 ねじ込まれるクティノスの拳。『フラワー』の両腕を叩き折り、それでも止まらない威力を身体に受けて眼や耳、口から血が吹き出した。


「もっと工夫しろ」


 少し離れた場所に吹き飛ばされ、『フラワー』は海面に浮かぶ。

 クティノスは『フラワー』へ歩を詰める。






 肉体の損傷は問題ではない。

 無限の魔力による再生でダメージは瞬時に回復出来る。

 まずは回復を――


「――はぁ……お前もか」


 歩いてくるクティノスから飽きたような声が聞こえる。

 ほざいていろ……お前は今から――


「まだ引き出しがあるのか? 見てやるから出せ」


 コイツ……我からすれば……お前たちは只の餌に過ぎ――


 と、身体の損傷を再生させながら『フラワー』は気がつく。


 コイツ……どうやったら倒せるんだ?


 『フラワー』は何度も致命傷を負った。

 対して、クティノスは未だに無傷。それどころか息一つ上がっていない。


 『死槍』も“枝”もヤツには効果がない。膨大な魔力にも気配遮断も通じない。ならどうやって――


「おい。まだか?」


 クティノスが射程距離まで近づいて止まった。『フラワー』は己の中で生まれた疑問に集中するあまり、身体の再生も始めていなかった。


「お……お前は……なんだ?!」

「あ? 只の餌なんだろ? お前からすれば」


 クティノスは笑う。その様子は逆に『フラワー』にある感情を抱かせた。


「嘘だ……我が……こんな感情を――くそ!」


 再生と同時に『フラワー』はクティノスに背を向けて逃げ出した。

 全魔力を使い宙に浮くと、急いでこの場から離れる。


 そうだ! 魂だ! 街に餌の気配が無数にある! その全てを我に取り込めばコイツに勝てる!

 そうだ……あり得ない! 我が人間風情に……恐怖を感じるなど!!


 しかし、『フラワー』の思惑を読んで展開されていた障壁にぶつかった。


「な?! くそ!」


 破壊しようとした瞬間、クティノスの能力で引っ張られる。


「忘れてたのか?」

「おおお?!」


 引っ張られながら、クティノスを見ると、彼の溜めるようにたわめた右腕は影に覆われたように黒く変色している。

 それを見て『フラワー』は悪寒を感じた。


「馬鹿な……我が! この『フラワー』がぁ!」


 『死槍』がクティノスへ見舞われる。

 しかし、クティノスは『死槍』の飛来よりも先に『フラワー』を引き寄せ、その右腕を叩き込んだ。


 相変わらずの威力に『フラワー』は埠頭まで吹き飛ばされ、倉庫の壁を破壊し、障壁にぶつかって停止した。


「ぐ……お……」


 再生。デタラメな威力に蒸せているが、生きている事からクティノスが仕留め損なったと笑う。


「く……ははは……馬鹿め! 眼にものを見せてくれる!」


 障壁を破り、他の魂を全て食らってくれる! そして、貴様を――


「殺してやるぞ! 人間風情が――」


 その時、『フラワー』は身体の違和感に気がつく。


「?」


 それは拳ほどの小さな黒点。それが身体の中心――胸の箇所に存在していた。


「が?!」


 突如、『フラワー』は苦しみ出す。身体がその黒点へ向かって吸収される様にねじれ始めたのだ。


「な?! なんッだ?! これは!?」


 自らの魔力で相殺しようにも魔力さえも吸い込まれて行く。

 肌が肉が臓器が骨がねじれ、少しず収縮していく。


「オレは言ったぞ? 三度目は殺すってな」


 どうしようもなく悶える『フラワー』の目の前にクティノスが現れる。


「お……おのれぇぇぇ!!」


 『フラワー』はもはやクティノスを殺すことでしか、逃れる術はないと持てる力を総動員し、飛びかかっ――


「お前はつまらん」


 しかし、『フラワー』は動きの初動を見切られ、逆に顔を鷲掴みにされる。顔を掴む腕は黒点を打ち込んだ時と同じように黒く染まっていた。


「またこっちに来い。相手をしてやる」


 そして、地面に叩きつけられ顔に二つ目の黒点が刻まれる。


「おががが!?」


 言葉にならない絶叫を上げながら二つの黒点に存在を吸収されていく『フラワー』。

 最後に映った光景は背を向けて去っていくクティノスの背中だった。


 肉体を失った『フラワー』は本来の場所へと帰る。しかし、その身に刻まれたクティノスへの恐怖は決して忘れられるものではなかった。


「まぁ……蛇女よりは楽しめたがな」


 戦いの終わりを世界が認識した様に障壁が消えていく。

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