第7話 最強VS悪魔

 『暗黒街』の夜。

 港町で始まったのは『神話生物』“悪魔”の出現。

 それは、その地における命が全て消失する事を意味する。

 “悪魔”は貪欲で、命を取り込む度に力を増す。彼らにとってはあらゆる命が餌でしかないのだ。

 『フラワー』も例外ではない。

 受肉をして渇望する。強き命と道徳を外れた汚れた魂を。

 そして、『暗黒街』はその宝庫だった。


「あの悪魔祓いエクソシストもいない。我がこの世界を喰らい尽くしてやろう」


 夜空を見上げて世界を肌で感じる『フラワー』は無限に昇ることが出来ると感心していた。


「クックック。めでたいヤツだ」


 クティノスは笑いながら『フラワー』へ歩を進める。


「お前みたいなヤツはいくらでもいる。大人しく引きこもってればいいものを」


 『フラワー』はその目で歩いてくるクティノスを見る。

 夜を照らす光のように強く輝く魂。それでいて、道徳を外れた汚れも混ざっている。

 

「貰うぞ、その魂」


 影の枝が伸びた。物理的な障害をすり抜け、命を搾取する。


「運がなかったな、お前」


 クティノスはポケットから片手を出して“影の枝”を弾いた。


「オレと向かい合った時点でそいつは死ぬ。これはこの世界の秩序ルールだ」


 目の前で止まり、見下ろしてくるクティノスに『フラワー』は不快に感じながら応じる。


「調子によるなよ。人間」


 『フラワー』はクティノスの意識を奪う。

 人と悪魔は概念そのもので違う階層にいる。

 しかし、『フラワー』は顔面を鷲掴みにされると、海の方へぶん投げられた。


「なに?!」


 意識を奪えてない? この人間……まさか――


「小細工は止めろ。瞬で終わるぞ」


 海の上に魔力で立つ『フラワー』へクティノスは攻撃を行う。

 それはもう片方の腕をポケットから抜いただけで放たれた“重さ”だった。

 爆発と同様の衝撃が海と港町を揺らす。






 クティノスが戦闘を開始して間も無く、港町を囲う様に透明な障壁がドーム状に形成された。


「これは……」


 物理的にも通り抜け出来ない障壁の出現に、スタリアたちは港町を前に足止めされる。


「スタリアさん」


 そこへ、ブルーを抱えたジェンダーが降りてくる。


「貴方は目的のものを見つけたようね」

「クティノスが全部解決してたよ。僕はオマケだった」

「それじゃあ、この障壁も彼が?」


 この障壁は明らかに『主塔』によるモノだ。直近の接続アクセスを考えるとクティノスが誰にも邪魔されない様に発生させたと考えられる。


「違う……」


 スタリアの疑問にブルーが答える。


「これは……クティノス……じゃない……別の人……」

「まさか……お祖父様?」


 スタリアはクティノスの他に『主塔』への接続権を持つ者を思い浮かべる。


「ブルーちゃん。障壁の意図はわかる?」


 ブルーは障壁を青い瞳で見ると触った。


「……逃がさない……ため……だと思う」

「どういう事かしら? お嬢さん」

「悪魔を……逃がさないため……」


 その言葉に『トライセル』の面々はクティノスが戦っている存在を認識する。


「なる程ね。通りで強度に不安があるわけだ」


 ジェンダーはブルーの回答に納得する。

 この程度の障壁ではクティノスの本気は到底抑えられないからだ。


「悪魔を逃がさない為か……『トライセル』の総帥は僕よりもクティノスの事を知ってるね」


 それはクティノスが本気を出すまでもないと言う確信の現れだった。






「驚いた」


 フラワーは海上を滑るようにクティノスの攻撃から逃れると改めて己の獲物を見定める。


「お前……【守護者】だな?」

「だったら何だ?」


 クティノスも埠頭から飛び降りると地面に着地するように海の上に立った。


「我の魔力が効かないのも納得だ。人間らしい小細工をよくやる」

「クックック。悪魔にも節穴は多いらしいな」

「どういう意味だ?」


 クティノスはフラワーへ向かって歩を進める。

 戦闘は海の上に移り、端から見れば超常的な光景だ。


「そのまんまの意味だ。オレが戦いで『主塔』を使っていると……本気でそう思っているのか?」


 その時、港町と海の一部を覆うようにドーム状の障壁が形成された。


「チッ……ジイさんか」

「余程、我が恐ろしいと見える」

「オレ以外はな」


 クティノスが仕掛ける。

 相手を縛り付ける重さの増加にフラワーは海に沈む。


 この魔法……重力か!


 フラワーはクティノスの魔法を重力であると看破。自らの魔力で効果を相殺する。

 そして、海中からクティノスへ魔法を放つ。


「『死槍ダークランス』」


 濃縮した悪魔の魔力は、その全てに他の命を奪う効果が乗る。カスリでもすれば即死なのだ。


「引きこもりらしい戦術だな」


 クティノスは何ともない動作で海中からの『死槍』をかわす。

 そして、彼が一歩足を踏み出すとフラワーは釣り上げられる様に引っ張られた。


 相殺したハズだが……ヤツの能力は一つじゃない?


 無理やり海上まで引きずり出されると、クティノスが歩いてくる。


「クックック……ほら、さっさと本気を出せ」


 まるで遊んでいるような様にフラワーは苛立ちを覚える。


「下等な人間風情が……我を何だと思っている」

「暇潰しだ。せいぜい、オレを楽しませろ」


 その時、『死槍』がクティノスの死角から襲いかかった。

 避けられても対象に当たるまで追尾し続ける『死槍』は発生した瞬間に勝敗を決めたと言っても良い。


「終わりだ」

「あ?」


 クティノスはポケットから片手を抜く。すると、迫っていた『死槍』は粉々に砕け散り霧散した。


「……馬鹿な。人間風情に我が魔法が」

「何を動揺している? 次を出せ」


 悠々と歩いてくるクティノス。フラワーは出し惜しみする相手ではないと悟り、浮き上がる。


「ならば、全力でお前を殺す」

「最初からやれ。オレが飽きる前にな」


 悪魔の持つ無限の魔力が渦巻く――

 それを見てクティノスは笑う――






 『フラワー』はその背後に自らの姿を模した巨大なヒマワリを咲かせた。

 ヒマワリは半透明であるものの、花の部分が目玉になっている不気味な様である。


「それがお前か」

「今はこちらの肉体が我だ」


 サノの身体は受肉が完了した時点で『フラワー』そのものだ。

 背後に現れた、以前の姿は本来の力を解放する為の準備でしかない。


「『闇の信仰心ダークディヴォーション』」


 常人であれば発狂する程の禍々しい魔力が更に濃縮し『フラワー』の肉体に纏わりつく。

 背から伸びる枝。無数の目玉が周囲に浮き、その全てがクティノスを見る。


「お前で試させてもらう」

「さっさと来い」


 クティノスは指先で挑発する。

 次の間に『フラワー』はクティノスの目の前に着地していた。


「『死槍』」


 ゼロ距離で射出された『死槍』をクティノスは両手で掴み止める。


「少しは頭が回るようだな」

「触れたな? 終わりだ」


 『死槍』が紐がほどけるように形を崩し、命を奪う魔力がクティノスを包み込む。


「中途半端だな。悪魔ってヤツも」


 魔力はクティノスを覆う前に霧散していく。そして、無害な魔力が軌跡の様に舞い散った。


「――お前……何をし」


 疑問に回答を求める間も無く、クティノスからの攻撃が見舞われる。

 身体を貫くような拳を受けたフラワーは水切り石の様に海面を跳ねる。


「少しは踏ん張れ」


 クティノスが手を翳すとフラワーはピタリと止まり、次は引き寄せられる。


「おおお!?」


 理解が追い付かない。これは……なんだ?! 何の力――


「ボケッとするな」


 成すがままに引き寄せられたフラワーにクティノスの拳が再度直撃する。

 全身が内側からバラバラに引き裂かれる様な感覚に思わず死を連想させられた。

 そして、海中に吹き飛ばされる。


 あり得ない……

 この身体は我の魔力で包んでいる。

 物質は容易く溶解する程に密度を集めているのだ。

 にも関わらず、ヤツの一撃は死を悟る程のモノ。


 未だ止まらない威力に海底に叩きつけられたフラワーはこちらを見ているかのように見下ろしているクティノスと目が合う。


「……侮っていた。今の一撃で我を殺さなかった事を後悔するがいい――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る