第6話 最強、故に。

「後はどうやって呼ぶかだな」


 サノは人目に触れずにブルーを拐ったは良いものの、どのようにしてクティノスを誘き寄せるのかを考える。


「下手な宣伝は難しいよね?」

「まぁな。あの雑貨店の店長も来たら勝ち目は薄い」


 レミーはブルーとかなり親しい間柄だった。彼とクティノスを同時に相手にするのは部が悪い。


「まぁ、いざとなれば……」


 悪魔フラワーの力を使えば勝てなくはないが……その分、受肉が早まってしまう。

 現にサノが仮面で隠している顔半分は『フラワー』の要素が強く現れていた。


「兄さん。それは、ミレディさんに会うまでは使ったらダメ」

「わかってるよ。本末転倒な事はしない」


 この旅の終わりに二人揃って無ければ意味がない。


「…………来る」


 すると、二人を見ていたブルーは静かにそう言った。

 その時、倉庫の大扉が外からの衝撃で揺れる。






 各々が港町へ向かう中、一番先に標的と接触したのは意外にもクティノスだった。


「ふん……」


 港町にある倉庫の一つ。

 『主塔』を使って導き出したブルーの居場所にたどり着くと、大扉を一撃で蹴破る。

 内側に吹き飛ぶ扉と夜明かりが倉庫内へ射し込んだ。


「……クティノス」


 倉庫の天窓から奥の椅子に座っているブルーの姿が夜明かりに照らされている。


「面倒事を増やすな」

「……ごめん」


 倉庫内には僅かな月明かりしか存在せず、その他は濃い闇だった。

 異質な空気。姿が見えるのはブルーだけ。

 誰もが罠であると悟り、易々と入ろうとはしないだろう。


「ケッ」


 しかし、クティノスはポケットに手を入れて臆すること無くブルーへ近づく。


 感知遮断。

 それは人が用いる魔力と視覚以外の感覚による察知から完全に隠蔽する。

 その効果を身に纏ったサノは通り過ぎたクティノスの背後へナイフを投げた。

 ただの牽制。噂のクティノスを品定めする意図があった。


 しかし、ナイフはクティノスに届く前に壁に当たったように弾かれて地面に転がる。


「!?」


 闇の中からティナがクティノスへ奇襲する。人体を貫く程の出力を持つ義手の一撃――


「ジェンダーのヤツがうるさい」


 クティノスは、彼女が攻撃する意識の先・・・・を取り、ポケットから無造作に放った裏拳をぶつけた。


「くっ!?」


 咄嗟に義手をクロスして防御するが、直撃した片腕は粉々に砕け散り、走る衝撃に全身がバラバラに引き裂かれそうになる。


「がは!?」


 ティナは壁に激突し吐血する。


「それと腹も減った」


 サノは白銀ミスリルのナイフでクティノスへ斬りかかる。

 白銀シリーズは武器の中でも一、二位を争う切れ味を持つ事で知られ、岩でさえもバターのように切り裂く。


「飯を作るのはお前の得意分野だったな?」


 しかし、白銀のナイフが届く前にサノは不意に感じた“重さ”によって地面に押し付けられた。


「ぐぁ?!」


 まるで砂が覆い被さった様に指1本動かせない。地面に倒れた拍子に仮面が割れる。


「……うん……得意……」

「帰ったら飯を作れ」


 二人の攻撃へ目を向ける事もなくクティノスはブルーの前に立つと、吐き捨てるようにそう言い放った。


「て言うか、何だその服は?」

「レミーの……お薦め……」

「アホみたいに動きづらそうだな」

「うん……でも……可愛いと思う……」

「気に入ったなら買ってやる」


 そう言ってクティノスが踵を返して歩き出すとブルーも椅子から立ち、後に続く。

 その間、サノとティナは身動き出来ず、二人が倉庫から去っていく様を見ているしかなかった。






「ちなみにアイツらは誰だ?」

「……友達……かも」

「中途半端なヤツらだ」


 クティノスはそう言って退屈そうに欠伸をした。


「クティノス!!」


 倉庫からの叫び。その声を無視してクティノスは歩き出す。


「待てよ! お前を殺す! 殺しに来た!」


 そして、倉庫から出てきたサノは身体の半分を『フラワー』へ明け渡していていた。

 顔半分は複数の目玉が存在し、身体の右半分は植物ような様へと変貌している。


「聞き飽きたセリフだ。見逃してやるから消えろ」


 面倒くさそうにクティノスは振り返る事もなく歩き出す。


「ふざけんなぁ! テメェ――」


 サノはクティノスへ飛びかかる。『フラワー』との同調が強くなり、今は一定の範囲の生物の意識を瞬時に奪えるようになっていた。


「はぁ……」


 クティノスのため息が出た瞬間、サノは強烈な力で殴られた様に吹き飛ばされる。

 身体の中心に拳がめり込む感覚を抑えきれず、倉庫の壁に激突した。


「三度目は殺す」


 クティノスはサノを攻撃した腕を再びポケットに仕舞うと歩き出す。






 なん……だ?

 なんだ……アイツは……

 まるでこちらを意に返さない。

 それどころか戦いにすらなっていない……


 サノは己の持つ力ではクティノスと圧倒的に違う事を思い知らされた。

 動かない身体はクティノスがブルーと共に去っていく様を見ている事しか出来ない。


「ま……て……よ……」


 声が出ない。全ての終わりが目の前にあるのに……その壁を越えるには……決定的に力が足りない――


“我に何を望む?”


 その時、『フラワー』の声が聞こえた。


 それは決して傾けてはならぬ声。ミレディにも絶対に応じてはならないと釘を刺されていたモノ――


「……アイツを……殺せるだけの力をくれ……」

“対価は?”

「俺の……命をやる。だから――」

“無理だ”

「――なんだと……?」

“お前の命だけではヤツには勝てない”

「どういう……」

「兄さん……」


 すると、倉庫の入り口からティナが何とか起き上がり声をかけてきた。


“全てだ”

「ダメだ……ダメだ! それは……それだけは――」


 サノから伸びる『フラワー』の茎がティナを貫く。


「兄……さん……」


 そして、ティナの身体から光のようなモノが取り出され『フラワー』はソレを喰らった。

 ティナの身体は糸の切れた人形の様に力無く横たわる。


“汚れた魂が二つ。これで……我は地上に立つ”


 サノも内側から自らの魂が『フラワー』の供物となる。

 魂が消える寸前、倒れた妹へ届かない手を伸ばしていたサノは涙を流しながら全てが無意味だったと悟った。


 悪魔の受肉。

 それは、この世界に新たな秩序をもたらす程の変革であった。

 奴らは無限の魔力を持ち、人の魂を喰らう事で力を増す。

 故に悪魔の受肉は膨大な被害を生む災害でしかない。


「素晴らしい……」


 起き上がったサノの身体はクティノスから受けたダメージを瞬時に回復し、人の姿へ戻っているものの、瞳の色が赤黒く変色している。


「これが……空気。これが夜。これが……世界か!」


 サノ――フラワーは夜空を照らす無数の星を見上げて高らかに笑った。






 港町へ飛行していたジェンダーは不意に発生した禍々しい魔力を感知し、そちらへ翼を向ける。


「むせ返る……こんな魔力は初めてだ」


 すると、その魔力の近くにクティノスとブルーの姿を確認する。


「二人とも」

「ジェンダー……」


 ジェンダーの声にブルーだけが反応し、クティノスはフラワーを見ていた。

 禍々しくも、膨大な魔力は枯れること無く溢れ出ている。


「あれは……」

「悪魔……」


 ジェンダーの疑問にブルーは全てを見透かすような青い瞳で受肉したフラワーを見ていた。


「お前たちは離れろ」

「――本当に運がないよ」


 クティノスの言葉にジェンダーは笑った。


「クティノス、あれが悪魔なら『神話生物』の類いだ。勝てるかい?」

「変わらないんだよ。何もな」


 二人の会話の本質を把握しきれないブルーは首をかしげる。


「有象無象のカスばかりで飽き飽きする」


 フラワーに向かってクティノスは歩み出す。


「だが……蛇女メデューサよりは楽しめそうだ」

「それは良かった」

「クティノス……」


 嬉々としてフラワーへ向かう背にブルーは声をかける。


「ご飯……作っておくね……」

「不味い飯だったら張り倒すぞ!」


 二人のやり取りにジェンダーは微笑むとブルーを抱えてその場を離れる。

 この戦いは一帯の地形が変わるものになるからだ。


「まぁ……彼が本気になれば『暗黒街』は消滅するだろうけど」

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