第5話 人と悪魔の境

 『暗黒街』に存在する『トライセル』の本部は端から見ればどの建物よりも高い“塔”だった。


 『主塔トーレ』。


 それは『暗黒街』が街として存在する前からこの地あった最古の建造物。

 『暗黒街』において、力を誇示するには『主塔』を保持しているかが最も解りやすい。

 過去に幾度と主を変えた『主塔』は現在は『トライセル』の保有物である。

 内部には幾つかの転送陣が存在し、『暗黒街』の要所をつなぐ中継地の役割もしていた。


「それでは行きましょうか」


 塔から出てきたのは車椅子に座る『吸血鬼』の美女だった。

 『トライセル』『戦闘部門』総監督にして、幹部の一人――スタシアは直属の部下二人に告げる。


「『レコード』から痕跡を追います。ロッサ、椅子を押して」

「心強い限りですが……お嬢様が出る程ではないかと」

「私もたまには外に出なくてはね。デスクワークばかりで肩が凝るの」


 肩を回して、こった様をアピールする。ロッサは後ろに周り、車椅子の持ち手を持った。


「ケルト」

「はい」


 ロッサと共に現場を見たケルトは緊張しながら返事をする。

 彼はスタシアの直属としては一番の新参である。


「期待していますよ」

「はい!」


 礼を欠いた来訪者の暴挙に対して『トライセル』は決して甘くはないと知らしめる為に、スタシアは出てきたのだった。


「軽々しく『トライセル』に手を出した責任はとって貰いましょう」






「どこに……」


 日は傾き初め、時間は夕刻。ジェンダーはレミーから事を聞き、あらゆる情報網を使ってブルーを捜したが足取りは掴めないでいた。


「……」


 自分の責任であることは解ってる。だからこそ、ちゃんとクティノスへは現状を告げなくてはならない。


 クティノスの休んでいる建物の屋上に着陸すると翼を仕舞い建物の中に入る。

 そして三階まで階段で下り、彼の部屋を開けた。


「……」


 クティノスは相変わらず眠っていた。

 どのように切り出したものかと、ジェンダーが考えていると――


「なんだ? 一人か」


 寝そべったままのクティノスの声だけが室内に響く。


「あれだけの容姿だ。身内でも迎えに来たか」


 クティノスはブルーが居ないことに関してはさほど気にかけていない。


「……意外だね。君はそう言うのは興味ないと思ってたよ」

「ふん。猿じゃあるまいし、ブスと美女の見分けはつく」


 会話をしつつもクティノスはソファーに横になったまま動かなかった。


「……クティノス。ブルーちゃんが拐われた」


 ジェンダーは事の顛末を語る。

 彼女を連れて『レミーの雑貨店』に行った事。

 急な依頼があって少しだけ場を離れた事。

 ブルーは兄妹とおぼしき二人の男女に連れ拐われた事。


「そうか」


 クティノスは全て黙って聞くと、それだけを言った。


「僕の責任だ。君には伝えておく必要があると思って」

「気にするな。アイツの事は忘れろ」


 その言葉にジェンダーは思わず目を丸くした。そして、


「クティノス。僕が言えた義理じゃないけど……ブルーちゃんは君が引き取ったんだろう?」

「そうだが?」

「なら……何であっさり捨てられるんだい?」


 ここで彼に反抗する事は今後の関係に響く可能性もある。

 しかし、ジェンダーは妹を失った過去と現在の状況が重なっていた。


「クックック。おかしいのはお前の方だ。ここは『暗黒街』だぞ? 一人や二人は毎日のように消える。外見的価値の高いヤツを優先にな」

「わかってる……でも」

「出会って半日程度のガキに何をムキになる? お前の妹は死んだ。救った気になりたいならオレの関与しない所でやれ。目障りだ」


 理屈で言えばクティノスの言葉は正しい。

 ここは『暗黒街』。情に流されれば待つのは破滅だけだ。


「わかった……起こしちゃってごめん」


 ジェンダーは少しでもクティノスを動かせる気になった自分が情けなくなった。

 彼の物差しは一つしかない。


 楽しめるか、どうか。


 ただそれだけだ。ブルーを引き取った理由はわからないがそこにも大した理由は無いのだろう。

 ジェンダーは一秒でも早くブルーを見つけるためにクティノスの部屋を後にした。


“怪物はいずれ人に倒されるのさ。アンタの求める力は怪物で良いのかい?”

 

「……チッ」


 ジェンダーとの会話で目が冴えたクティノスはソファーに座るように上体を起こす。


“人は枷を背負うのさ――”


 強さを渇望して止まなかった時、おせっかいな人から言われた言葉だった。退屈な時間が増えたからか、最近は良く思い出す。


“私は……ブルー”


「……ふん。その価値がお前にはあるのか?」


 暇潰しにソレを見極めるのも悪くはない。

 クティノスはソファーから起き上がると部屋を後にした。






 “馴れ”は少しずつ常識を剥離させていく。

 殺し屋として人を殺してから三人目程で何も感じなくなった。

 それどころか、殺す度に内側で力が増していく様を感じる。


 ある時、手を翳すと他の生物の意識を奪えるようになった。

 それが悪魔の能力だと解ったのは、標的が悪魔祓いの時である。

 ソイツは俺の事を半分悪魔だと言った。無論、きっちり殺した。

 喉が渇いたら水を飲むように、人の死をもたらす感覚に渇望するようになっていく。

 力も増す。次第にはあらゆる感知を遮断する能力を得て、殺しが楽しくなった・・・・・・


 たがが外れそうになっても何とか踏みとどまったのは妹が居たから。


「君たちの噂は音に聞いているよ。どうだろう? この依頼をこなしてくれれば望みの額を出そう」


 それが『暗黒街』にいるとされるクティノスを殺せ、と言うものだった。


 これで最後にする。

 俺はそう決めた。そして、全てが終わったら……誰も傷つけず、静かに暮らそう。


「その為に君を拐った」


 サノとティナは『暗黒街』の端にある港町寂れた倉庫で目の前に座るブルーへ自分達の行動原理を説明していた。


「……そう」


 話を聞いても全く表情の変わらないブルー。それどころか、出会ってから一度も表情は変わらなかった。


「俺には時間がない。もうじき『フラワー』に取って代わられる」


 『フラワー』。それがサノの契約を交わした悪魔の名前だった。


「……貴方は……正しい……兄として……でも……人としては……間違ってる……」

「……わかってるさ。嫌と言う程ね」


 同時に人殺しに充実を得ている自分もいる。

 サノは自分と『フラワー』の境が曖昧になっている事を感じていた。






 彼が『主塔』を使った。

 その夜、ソレを感じ取れたのは『暗黒街』で三人だけだった。


「――いまのは……」

「ジェンダー、クティノスは帰って来ているの?」


 ブルーを捜す道中、ジェンダーは『レコード』を追っていたスタリア達と『レミーの雑貨店』で顔を会わせていた。

 話を聞くと、ジェンダーに依頼をした者、『トライセル』の構成員を殺害した者、ブルーを拐った者は同一人物の可能性が高い。


「帰って来てます」

「ロッサ、『主塔』に確認して。クティノスは何をしたのか」

「レミー様、通信機をお借りしても?」

「好きなだけ使って頂戴」


 ロッサは『主塔』へ連絡し、二、三返事をすると通信機を置く。


「……どうやら、特定の人物の位置を検索したようですな」

「回答は?」

「港町です。あの辺りは我々の手も薄く、この辺りはあちらへ向かう馬車も多く通ります」

「先に行くよ」


 ジェンダーは店を飛び出すと翼を広げて夜の街を飛行する。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る