第3話 レミーの雑貨店

 ジェンダーは暗黒街でも比較的クリーンな店である『レミーの雑貨店』へと足を運んでいた。


「あらんジェンダーちゃん。今日は何の用かしら?」


 そこで出迎えたのはクティノスに負けず劣らずの体格を持つ『鬼族』の男だった。

 彼は『暗黒街』では有名な調達屋としても知られ、その手腕は『トライセル』の幹部も一目置く程。ちなみにニューハーフである。


 『暗黒街』ではどこかの組織に属さなくては商売も儘ならないが、時には他の組織でさえ重宝する技量を持つ者が存在する。


「どうも、レミーさん。今日は彼女に必要な物が欲しくて」


 『鬼族』――レミー(源氏名)はジェンダーの後ろにいるブルーを見て、あらー! と乙女の仕草で声をあげる。

 彼女(彼)は調達屋として数多の組織に重宝されていた。


「可愛いお嬢さんだこと。ジェンダーちゃんもすみに置けないわね♪」

「いや、彼女はクティノスの所有物なんだ」

「クティの?」


 本人が聞いたら心底嫌悪しそうなあだ名を言いつつ、ほほん、とレミーはブルーを見る。

 蒼い髪は絹の様に艶やかで、童顔でありながら表情次第では凛とした大人にも見える。

 スタイルも大き過ぎず小さ過ぎずと絶妙なラインに整っており、美麗な様はすれ違えば誰もが一度は振り返る美少女だろう。


「けど、クティには幼すぎないかしら」 

「そう言う意図で引き取った訳じゃないと思う。あのクティノスだからね」

「どうせ貴方に丸投げして自分はお昼寝してるんでしょ? 全く……こんな可愛い娘を放って置くなんて、今度お仕置きが必要ね」

「はは。それは三大勢力が皆動き出すから止めといた方がいいな」


 レミーとクティノスは過去に一度、正面から戦りあった事があった。

 その戦いは『暗黒街』を大きく揺らす程のモノとなり、三大勢力が総出で止めに入った程だ。


「お嬢ちゃん。レミーよ」


 と、少し身体を屈めてレミーはブルーへ握手を求める。

 絵面的には大人と子供程の体格差があった。


「私は……ブルー……」

「ブルーちゃんね。貴女、もっと笑いなさいな。世の中の男が放って置かないわよ♪」


 と、ブルーはレミーの頬にある傷痕に触れる。


「レミー……痛かった?」

「……ブルーちゃん。あんまり、レディの顔に触るものじゃないわ」

「……ごめん……でも……クティノスと……何かあった……みたいだから……」


 僅かなジェンダーとレミーの会話から彼がクティノスと関わりがあるとブルーは見抜いていた。

 異常なまでの洞察力にジェンダーは驚きを隠せない。


「いいの。あれはアタシの方が悪かったから」


“クックック。だから言ったんだ。さっさとこの街から離れろとな”


 娘を殺したクティノスは伏したレミーを見下ろしてそう言った。


「……ありがとうね。ブルーちゃん」


 頬を触る手を取ってレミーは濁りのないブルーの空色の瞳に微笑み返す。


「今日は彼女に必要な物を買いに来た」

「そう言うことならうんとサービスしちゃうわよ~」


 バチンッ! と音を立てそうなウィンクをするレミー。その時、ジェンダーは何かに反応する。


「まずはお洋服ね♪ ブルーちゃんは何着ても似合いそうだわ~」

「……ん」

「下着とかも必要ね。後それを収納する魔法箱マジックボックスも――」

「レミーさん。ちょっと言い難いんだけどいいかな?」


 唾悪そうに手を上げるジェンダーに、レミーは嘆息を吐く。


「ジェンダーちゃん。女の子を連れ出してそれは無いと思うわよ~」

「……どうしたの?」

「依頼の合図が出てね。こう言う仕事だから合間がないんだ」

「……ん……気にしない……」

「ブルーちゃん。そこは怒らないとダメよ、全く、貴方もクティの事を言えないわよ」

「肝に命じます……てことで少しだけ離れるから……お願いしてもいいかな?」

「『ナイト』の限定ジェラートで手を打ちましょう」

「のった。ごめんね、ブルーちゃん」

「……頑張って」


 ブルーがひらひらと手を振っている様を後ろ目に『天翼族』のジェンダーは翼を開くと店を後にした。






 『暗黒街』は数多の組織が寄り集まって出来た街であるが、その中でも無視できない程の影響力を持つ勢力は三つ存在する。


 その内の一つが『トライセル』。


 『暗黒街』における物流を全て牛耳る大元であり、流れて来る品は何らかの形で『トライセル』が関わっている事は必定とされていた。

 組織の形態は総帥をトップに置くピラミッド型。ほぼ引退していると言っても良い総帥に代わり組織を動かしているのは四人の『幹部』であった。

 『幹部』は組織に必要な各々の部署を担当しており、特に規模の大きいのは戦闘部門である。


「――――ふむ。複雑だな」


 片眼鏡モノクルをつけた老人は裏路地で殺された『トライセル』の構成員の死体を見ていた。


「ロッサ。犯人は誰?」


 部下である青年は下部構成員に遺体の処理を指示し終えてから問う。


「他の組織の仕業では無い。我々に手を出す事はどうなるか『暗黒街』では子供でも理解している」

「じゃあ流れ者? それか別の組織がバレずに動いてるとか?」

「現状では何とも言えん。我々が動くとしてもお嬢様に判断を仰ぐしかあるまい」

「すぐに動けないのは歯がゆいな」

「『レコード』は回収した。後はお嬢様に見て貰おう」


 青年は運ばれていく遺体を見て、拳を強く握った。


「生かして捕まえて後悔させる」

「当然だ。そこを許容しては『トライセル』の面子に関わる」


 静かな怒りを内に秘めた『戦闘部門』の二人は、本格的に動くために自らの幹部へ報告に戻る。






「普通だな。もっと殺伐としてるかと思ったぜ」

「そうね。兄さん」


 サノとティナは途中に寄った喫茶店『ナイト』のケーキやらを堪能し、観光気分でフラフラと歩いていた。


「まぁ、俺のナイフやお前の義肢を見ても変な目で見られないのは良い所だけどな」


 『暗黒街』と言う名前が嘘のように日の当たる場所からは血生臭さは感じない。

 それでいて、他では奇異の眼で見られていたティナの義肢に対して誰もが普通に接してくれたのだ。


「『エルフ』の法が届かない街……か。けど合わないよな。俺たちには」


 サノは定期的に人を殺さなければならない“呪い”をかけられていた。

 もし、それを怠れば自らと妹の命を失う。


「この仕事の金でエルフに俺の呪いを解いて貰う。お前の義肢も生身にしてな。それから俺たちの知らない場所で再出発しよう」

「そうだね」


 それが二人が異常な行動下でも正気で要られる理由だった。


「でも、仲介屋を待ってなくて良かったの?」

「いいんだよ。ああ言うのは向こうから見つけてくれるもんさ。それが出来なきゃ二流以下だしな」


 『トライセル』の構成員を殺した時は周囲の魔法観測を完全に遮断していた。

 その為、今すぐ足がつく可能性は限りなく低いだろう。


「兄さん」


 すると、ティナは一つの雑貨店を指差す。


「もうすぐ、義肢の魔力が切れる」

「予備の魔石は?」

「粗悪品だったから一日で切れる」

「ったく。あの調達屋は今度殺すか」


 そう言って二人は『レミーの雑貨店』へと入る。

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