第2話 暗黒街の闇

 ブルーを連れたクティノスは『暗黒街』で密集する建物の一つに入る。

 諸々の理由で建設を途中で放棄されたその建物は浮浪者の溜まり場となっていた。


 時折すれ違う浮浪者たちはクティノスに頭を下げ、ジェンダーが軽く応じる。

 彼らはクティノスが少女ブルーを連れている事が気になったが、それを聞く勇気はない。

 三人は三階まで上がると鍵のない一室に入った。


「今日は寝る。お前は適当にしていろ」


 クティノスは部屋に置かれているソファーに横になり楽な姿勢を取る。


「……わかった」

「寝る前に一ついいかな?」

「なんだ?」


 ジェンダーの問いにクティノスは横になったままで応じた。


「ブルーちゃんの寝床を用意してあげてもいい? 女の子だし色々とね」

「クックック。なんだ? 妹にでも重なってるのか?」


 クティノスの笑みにジェンダーは言葉につまる。


「……まぁ、否定はしないよ」

「好きにしろ」


 そう言ってクティノスは四日ぶりの眠りについた。






 ブルーは辺りを見回す。あるのはソファーと机と簡単な小物を入れておく棚の三つだけ。


「……本当に……」


 この部屋はクティノスにとって必要な物しか存在しない。

 生活するための住居ではなく、ただ寝泊まりするだけの空間は寂しく感じた。


「それじゃ、ブルーちゃん。なにか欲しいものある?」

「…………」

「オッケ。何もないなら、僕の采配でいいかな? 君のご主人には許可を貰ってるし」

「……ジェンダーって……何者?」


 ブルーの言葉にジェンダーは失念する。


「ごめんごめん。そうだよね。普通はそこからだ」


 最初に檻の中にいる彼女に会った時に名乗りはしたが自分の素性までは話していなかった。


「僕はジェンダー・フリー。『暗黒街』で仲介屋コネクターをやってる。副業で情報屋もやってるけど、そっちは二流なので期待はしないで欲しいかな」

「私は……ブルー……特技は……料理……洗濯……子守り……」

「あっはは。いいね。君は良いお嫁さんになるよ」

「そう……?」

「うん。君が良ければ君の身内を捜してあげようか? もしかしたら君を捜しているかも」

「……私は……クティノスの……傍にいたい……」

「そっか。でも彼はお薦めしないかな」

「……なんで?」


 表情は動かずともブルーはキョトンと首をかしげる。


「彼が興味のあるモノは世界で限られてる。得に優先するのは自分の退屈を解消してくれる存在だ」


 ジェンダーはクティノスに色々な依頼を仲介している。個において比肩しない暴力を持つ彼は引く手数多なのだ。


「僕は仕事柄、多くの人を見てきたけどね。未だに彼よりも強い存在は見たことない」

「クティノスは……どこから来たの?」

「さぁ。誰も知らないし、本人も語らない。誰も彼の機嫌を損ねたくないからね」

「……そう」

「でも、昔『トライセル』に居たみたいだから、そこの総帥なら何か知ってるかも」

「……『トライセル』?」

「『暗黒街』に存在する三大勢力の一角だよ。まぁ、普通に表立って出来ない商売をしてる組織だけどね」


 クティノスの素性は謎に包まれているが、彼の実力は何よりも優先される為に誰も触れようとしない。


「それじゃ、世間話はここまでにして君のベッドでも買いに行こうか? 床で寝るのは健康上良くないからね」

「……ジェンダーは……クティノスの……友達?」

「……僕はそのつもりだけどね。彼からすればそうじゃないかも」


 困った様に笑うジェンダーは、過去にクティノスの命を狙った事を思い出す。無論、返り討ちにあったが。






「これが『暗黒街』かよ。緩いよなぁ」


 それは『暗黒街』の複雑な闇の中で始まった事件だった。

 血に汚れたナイフを拭く半仮面の男と、両腕を義手にしている女である。


「お前ら……俺たちに手を出して……ただで済むと思ってんのか……」

「兄さま。取っていい?」

「ああ、良いぞ」


 すると女は身動きできない『トライセル』の構成員の顔を掴むと生身では出せない義手の出力で下顎を引き抜いた。


「あごごぉぉ!!?」


 激痛に構成員はショック死。女は血まみれの下顎を眺めて――


「歯並び悪い」


 ぽいっと捨てた。


「うっし、じゃあ妹に下顎を取られたくなかったら答えてくれる?」


 残りの生かしている三人の構成員に男が告げる。


「クティノスって大男を殺しに来たんだけど、どこにいるか教えてちょ」

「クティノス……だと?」

「そー。珍しい名前だから二人といないっしょ?」


 すると、窮地にも関わらず構成員の男は笑う。


「お前ら……何も知らねぇんだな。クティノスを殺せる奴はこの世にいない! とんだマヌケだぜ!」

「ティノ。右足」


 名前を呼ばれた女は構成員の右脚を踏みしめて叩き折る。


「ぎぁぁぁぁ!?」

「あのさ、質問にだけ答えてくれる?」


 ハァ……と、めんどくさそうに呆れる男はナイフを構成員の顔面に突き刺す。

 絶命した構成員からナイフを引き抜くと、他の構成員に向き直った。


「あー、もうめんどくせぇや」

「ま、待ってくれ! クティノスはいくつかの拠点を転々としてるんだ! 『暗黒街』から出る事もある!」

「おーいいね。もっと喋って頂戴。有益だったら見逃してやんよ」

「ある仲介屋と仲が良いんだ! そいつに接触できればクティノスに会える!」

「仲介屋? 誰の事?」

「ジェンダー・フリーだ!」

「この嘘つきめ!!」


 半面の男はナイフで喋っている構成員の男の首を斬り裂く。噴水のような血が闇の中を汚す。


「さーて。お前で最後だ。嘘はつくなよ?」

「ほ、本当だ! ジェンダーだけがクティノスの居場所を知ってるんだ!」

「本当か?」

「本当だ!」

「じゃあ、逝ってよし」


 最後の構成員の頭を壁に押し付ける様に蹴り潰した。


「『トライセル』ってのもこんなもんか。幹部は桁が違うって聞くが……さてさて」

「兄さん。ジェンダーは知ってる?」

「知らね。でも仲介屋なら適当な所で名前を出せばあっちから接触してくるだろ。んでもって、クティノスを殺して、依頼料でお前の義肢も良いヤツにしてやるからな」

「うん」


 殺し屋兄妹――サスとティノはジェンダーに標準を定めて『暗黒街』の闇を移動する。

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