第1話 ブルー

「お待ちしておりました! ジェンダー様!」


 落ち着かない様子で店内をうろついていた奴隷店の店主は待ちわびた来客にすり寄る。


「や。当人を連れてきたよ」


 店主はジェンダーの後ろにいる男を見る。

 筋肉質で大柄な二メートルの体躯。端から見ても戦闘向きと解る。数多の勢力が避けて通る程の暴力を持ち。

 この『暗黒街』にたった一人で“最強”と言う存在を刻み込んだ無法者アウトロー――クティノスは不機嫌そうだった。


「ク、クティノス様もご無沙汰で……」

「用件をさっさとしろ」

「は、はひ!」


 クティノスからの言葉に猫のように怯えた店主は慌てて奥へ案内する。

 店主が一つの扉を開けると、店内とは思えない倉庫のような空間が広がっていた。


「空間接続か。奴隷商人にしては贅沢な魔法モノを持ってやがる」

「きょ、恐縮です」


 違法で入手したであろう魔法に店主は苦笑いを浮かべる。

 空間には無数の檻が積み重なり、様々な種類の奴隷が前を通る三人を見る。

 すると、その中の一人が――


「頼む! 助けてくれ!」


 檻から手を伸ばし助けを求めてきた。

 すると、見張りの店員が慌てて摂関を施す。


「躾がなってないな」

「す、すみません。なにぶん、最近仕入れがあったもので……」

「そんなことは聞いてねぇ」

「はひ!?」

「はいはい。早く案内してね」


 クティノスの発言にいちいち怯える店主にジェンダーは先を急ぐように間に入る。

 更に奥へと進み、影も多くなる場所へ入った。


「こちらです」


 店主は一つの檻で止まる。中に居たのは道中で見た奴隷とは比べ物にならないくらい美麗な少女だった。


 透き通る様な蒼の長髪。空のように澄んだ青い瞳は合わせるモノを魅了するかのように美しく、体つきも異性を魅了する凹凸を持ち合わせている。

 童顔であるからか、大人にも子供にも見える中間の顔つきの少女であった。

 傷一つない素肌は、まるで今まで箱の中にでも仕舞われていたと思わせる程に白く清潔感があり、服は着ているが裸足であった。

 “神秘”とでも錯覚してしまいそうな、ソレはこの場とはあまりにも不釣り合いな存在。


「どうだい。彼女に見覚えは?」

「知らん顔だ」


 クティノスの言葉に店主は胸を撫で下ろす。


「クティノス?」


 すると、蒼の少女が檻の中から言葉を発する。


「貴方は……クティノス?」

「誰からオレの名前を聞いたのかは知らんが、お前など知らん」

「私は……知ってる……貴方じゃないと……」


 少女の表情は凍りついた様に変わらない。まるで言葉だけを話す人形のようだ。


「店主、彼女にはやっぱり無理だったのかい?」

「はい……この蒼髪の少女には奴隷用の拘束具が効きません」


 行動の自由を縛る魔法を付与した“奴隷具”を着けることは奴隷商界隈では必要事項。しかし、少女に“奴隷具”を着けるとたちまち機能が停止してしまうのだった。


「でも檻の中だよね?」

「力は見た目のままであるようでして……物理的に出られないのかと。加えて不思議な魅力を持ち合わせていまして。他とは入れられません」

「てことは、悪魔種の『サキュバス』?」

「鑑定したところ『人間』であるそうです」

「じゃあ、他を魅了する魔法を無自覚で放ってるとか?」

「その当たりは『エルフ』でなければ解らないでしょう。しかし……この界隈は」

「ああ、そうだよね」


 『エルフ』は奴隷に対してあまり好意的ではない。最低限の労働力として黙認している面も多々あるが、基本的には毛嫌いしている。


「クティノス……」

「……帰る。狂ったガキの面倒はごめんだ」


 興味なさげにクティノスは踵を返すと歩き出す。


「勿体ない気もするけどね。何にせよ、彼女を『エルフ』に見せた方がいいよ。後で連絡をくれれば理解のある人選を仲介してあげるからさ」


 ジェンダーも店主に一言助言をしてクティノスと共に去っていく。


「待って……」


 去っていくクティノスの背中に少女は声をかけるが彼は止まる様子はない。


「待って……クティノス――」


 その言葉と共にナニが空間を通り抜けた。


「――」


 その反応に気づいたのはクティノスとジェンダーだけ。ソレはクティノスが足を止めるには十分な事柄だった。


「これは……マズイかな?」


 ジェンダーは空間にある魔法が全て消失した事を魔力検知で感じ取る。

 奴隷たちに着けられた行動の自由を奪う枷と檻の施錠魔法が全て機能を停止した。


「な……何が起こった!?」


 縛るモノが無くなった奴隷たちは檻から飛び出し、一斉に奴隷商の面々に襲いかかる。


「てめぇら! よくもやってくれたな!」

「死ねぇ!」


 中には酷い摂関を受けた奴隷もいる。

 阿鼻叫喚な地獄と化した空間では奴隷商の面々よりも奴隷の方が数は多い。


「ひ、ひぃぃ!」


 店主はこの空間を繋いでいる出口へ向かって走る。彼の持つ鍵だけが唯一の出入口を作れるのだ。


「あそこが出口だ!」


 一人の奴隷がクティノス達のいる方を指差すと、報復をしていた奴隷たちは一斉にそちらを見る。


「自由だ!」


 我先にと奴隷たちは出口へ押し寄せた。


「クックック――」


 彼が圧し殺す様に笑った刹那、奴隷たちは上から押さえつけられる様に一斉に地面に伏した。


「がぁ?!」

「なんだ!?」

「重い……」


 一瞬にして奴隷は誰一人として身動きの取れない状態になる。

 ジェンダーは、流石だねぇ、とクティノスを見た。


「よ、よし! 今のうちに再度拘束しろ!」


 店主は無事な面々に改めて拘束する指示を出す。


「今のはお前の仕業か?」


 そんな騒ぎの中、散歩をするかのように檻から出た蒼髪の少女はクティノスの前に歩いて来る。


「うん……」

「! その女は息さえも自由に出来ない様に厳重に拘束し――」


 指示を出している途中で店主は不意に襲いかかった“重さ”に地面に押し付けられた。


「うぐう……?!」

「少し黙ってろ」


 身動き出来ない上にクティノスから睨まれ店主は、はひ……、と何とか返事をするも失禁する。


「お前は何でオレの名を知ってる?」

「……それは……ずっと前から……? 何で……だろう?」

「おい。くだらない謎々に付き合う気は無いぞ」

「解らない……でも……貴方と一緒に……居る方が……いいと思う……」

「それは誰が決めた?」

「……解らない」

「オレは面倒なことは好きじゃない。お前の意志がどこにも無いなら、お前は“つまらん”」


 クティノスは急速に蒼髪の少女から興味を無くしていく。


「……でも、貴方は……一人……誰もいない……隣に……」

「必要ないからだ。有象無象のクズほど煩わしい」

「退屈は……嫌でしょ?」


 退屈。その言葉はクティノスに呪いじみた言葉だった。


「なら、お前は何が出来る?」

「……料理」

「は?」

「洗濯……とか……後……子守り」


 少女の発言にクティノスは、わなわなと震える。

 ジェンダーは過去の経験から、不味いなぁ、とクティノスから危機感を感じた。


「クックック。面白い!」

「あら?」


 しかし、ジェンダーの予想に反してクティノスは笑い出す。


「女、名前は?」

「……ブルー」


 蒼い少女――ブルーは全く動かない表情のままそう告げた。

 クティノスは店主へかけていた魔法を解除する。


「コイツを買う。いくらだ?」

「ふへ?!」

「いくらと聞いている」

「お、お代は要りません!」

「まぁ、助けたわけだしねぇ」


 奴隷の逃亡を阻止。不本意ながらクティノスを動かしたと言う事実は相当な値打ちのある状況だ。


「なら貰っていく。行くぞ、ブルー」

「……ん」

「面白い流れになってきたね」


 そう言って三人は店を後にした。


https://kakuyomu.jp/users/furukawa/news/16817330669737810105

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