6 診断結果

 新宿にある総合病院の面談室には、徹とその父である野沢さとしが並んで座っている。新宿駅から病院まで歩いて来る時はギラギラと太陽が照りつけていて、夏本番を感じさせたが、窓が無くエアコンの効いたこの部屋に入ると、季節感は全く感じられない。野沢徹と、父である哲の間に会話は無い。空調のブーンと言う低音がかろうじて静寂を打ち消している。


 医師の内山守うちやままもるが大きな封筒を脇に抱えて入ってきた。白髪の多い細身で、黒縁メガネを掛けたこの男は、一見すると神経質そうに見えるが、挨拶の時に発した声が朗らかであった為、徹と哲の緊張を幾分か和らげた。


「野沢徹さんとお父様でしたね。担当の内山です」

 二人が深く頭を下げると、内山は封筒の中から書類を取り出して机の上に並べた。メガネの縁に手を掛けつつ診断結果を念入りに確認する。そして野沢徹に一瞬だけ、視線を向け、元の書類に戻すと重たそうに口を開いた。

「早速ですが…… 診断結果を、お知らせします」

 なんの余談もなく内山は、いきなり本題に入った。

 医師の内山から、告げられた診断結果は、急性骨髄性白血病との事だった。

 病名を告げられた瞬間、父の哲は天井を見上げ、細長い息をふーっと一息吐き、医師の口元を見据えた。一方の徹は、膝に当てていた両手を強く握り締めて、深くうな垂れる。その様子に気づいた哲は、徹の肩に軽く手を置いて、医師のほうへ向き直り、冷静を装って治療方針を尋ねた。

 これから箱根を目指そうとする徹にとって、この診断結果は残酷なものだった。医師の内山は、丁寧に治療方針を説明していく。しかし徹は、顔を伏せたままピクリとも動かず、目に溜まっていく涙を流すまいと硬く目を瞑った。おそらく医師の話など耳に入ってはいない。

 徹の脳裏には順調だった過去の姿と、思い描いていた未来の姿が交錯している。日本学生選手権10000メートルと5000メートルの二冠を達成した過去の姿、それにチームのエースとして、大歓声を受けて箱根駅伝を走っている未来の姿。しかし未来の姿は、闇の中に消えていく。


「これからだと言う時に・・・・・・」

 受け止め切れない現実を突きつけられた徹は、鋭利なナイフで胸の中をえぐられているような、激しい痛みに襲われた。

 医師は言う。

 「野沢さんは陸上部で箱根を目指しているのでしたね。白血病は絶望する病気ではありませんから、希望は捨てないで下さい」、と。

 しかし、この言葉も当然、徹には響かない。

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