4 表彰式

 太陽は山の向こうに消え、数時間前まで賑わっていたゲレンデも、今はひっそりと静まりかえっている。コースの両サイドに立てられていた幟旗、レースの華やかさを演出していたバナー、大勢の選手を最後まで待ち続けていたゴールゲート、それらは綺麗に撤収された。

 しかし会場に隣接するレストハウスの中は、大勢の関係者で賑わっている。熱気溢れるパーティー会場に、航と爽夏が足を踏み入れると、程なくして表彰式が始まった。


 男子三位葉山航、女子準優勝小島爽夏という名前が、アナウンスされ、二人がともに大学生である事が、紹介されると、会場内は大きな歓声に包まれた。

 トレイルランニングという競技、その上位に大学生が入る事は珍しいとも言える。その事がクローズアップされ、二人へのインタビューが始まった。

 レース経験や、今日のレースの感想は、と言った質問がなされ、二人が交互に答えて行くと、最後に、お二人の関係は、という質問が飛んだ。

 爽夏は航の顔を見つめる。航はそれを、答えは任せた、と受け取った。

 爽夏を見つめ返した航が、ご想像にお任せします、とおどけた笑顔で答えると、それを横で聞いていた爽夏は照れ笑いを浮かべた。

 二人の様子を見ていたMCはすかさず、微妙な関係と言うことでいいですかね、とにこやかに話し、会場に笑いを誘った


 二人が表彰台に上るのは、これが初めての経験ではない。

 航はサーフィンで、爽夏は陸上と水泳で、表彰された経験がある。それでも、これほど盛大なパーティーの中で、表彰されるのは初めての経験だった。それにデビューレースで、いきなり表彰台に上がれるなんて想像していなかったから、二人とも驚き、そして喜んだ。そして航はこの競技を続けていく自信を掴む。

 まだまだ強くなれる、航は自分に言い聞かせた。


 二人が醸し出す新鮮な雰囲気に誘われてか、数多くの関係者が二人を取り囲んだ。そこへ表彰式で、航と爽夏の傍にいた三人の選手が踏み込んできた。男子優勝の佐山雄一と、準優勝の小松貴、それに女子優勝の松島綾だ。三人は同じトレイルランニングチームに所属している。

 「DieHard(ダイハード)」、と書かれた、お揃いのキャップに、航が視線を向けると、佐山が初対面とは思えない馴れ馴れしさで、航ちゃん、いい走りしていたねー、と握手を求める。小松は、また、どこかでガチバトルしようぜ、と肩を抱いた。松島は、爽夏ちゃん、これからもよろしく、トレラン女子、盛り上げて行こうね、と爽夏をハグした。

 つい数時間前、コースの中で熱い接戦を繰り広げてきた選手同士の交流、それはお互いを認め合っているからこそ生まれるものだ、と航は感じた。この人達はきっとトレイルランニング界の中心に居るに違いない。そんな選手達に僕達は認められたんだ、そう思ったら胸の奥が熱くなってきた。二人は、トレイルランニングという世界が持つ独特の雰囲気に魅了される。

 

 レース翌日、航と爽夏は前日のレースでエイドステーションが設置されていた、高原牧場へ向かって車を走らせた。パーティーで知り合った人から、ここの牧場のソフトクリームは絶品よ、と聞かされていたので、寄り道をして帰ろうという事になったのだ。

 レース会場から牧場までは、舗装された狭い上り坂が続く。その中間くらいまで来たところで、リアガラスに、「後導車」、と貼り紙がされた車に追いついた。その下には、「選手が走行しています。ご迷惑お掛けしますがご協力お願いします」、というメッセージが添えられていた。


「陸上部の合宿かな?」

 助手席の爽夏が、ダッシュボードに乗り出すような姿勢を取って呟いた。航が慎重に後導車を追い抜いていくと、緑色のランニングシャツを着たランナーが、点々と坂を上って行くのが見渡せる。

 これ緑山大学だよね、と囁くように言った爽夏は、左側の窓から覗き込むように選手の顔を眺める。そして五人目の選手を抜いたとき、あっ! 野沢徹だ、と強い口調で、言い放った。

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