2 坂の上を目指して

 航も爽夏もこれがデビューレースだ。それ故、このレースに出場している選手達の中で、自分達のレベルがどれほどなのか判断が出来ない。

 優勝を狙えるような実力があるのか、それとも最後尾を追走しなければならないレベルなのか、見当が付かないのだ。そんな事もあって、ひとまずは完走する事を心掛けて、二人でペースを合わせ、様子を見ながら走る事にした。


 序盤はスキー場のゲレンデがコースになっている。ゲレンデに生い茂っている夏草を刈り取って作った特設のコースだ。左右に大きく蛇行するコースを選手は一列、もしくは二列になって進んでいく。

 ゲレンデ内を数キロ走ると、選手達は森の中に消えていく。整備されたハイキングコース(シングルトラック)へステージは移る。

 原生林の中は、日影で空気がひんやりとしていて心地よい。路面は長年に渡って積み重なった落ち葉と土が入り混じり、絶妙のクッションを生み出している。

 森の中に入ると、視界に入ってくる樹木などとの距離が近くなる為、スピード感が増す。ゆったりと走っているのに、快走感を得られるシングルトラックは、走っている選手を陶酔させ、どこまででも走れそうな気分にする。極上のトレイル、それは選手達をこの競技の虜にする。


 爽夏は興奮していた。それでも、ピッチは普段と変わらず、身体に染みこんだリズムをしっかりと刻んでいる。爽夏のペースに合わせる、と言っていた航は、はやる気持ちを抑えきれないのか、ゲレンデ内では、何度か爽夏の横に並んでしまい、前に出そうになるのを必死に抑えていた。

 それでもコースがシングルトラックに入ると、次第に落ち着き始める。航は、二人で山を走っていた時のリズムを思い出し、リラックスして走れるようになって来た。

 シングルトラックでは選手全体が一列になって進むので、先頭から最後尾までは相当な長さになる。その為、航たちは今、何番目に位置しているのか分かっていない。

 航が自分の順位を把握出来たのは、シングルトラックを抜けた後に現れた、ビッグパワーヒルと呼ばれる、急斜面、崖の様にそそり立つ、草の壁を一望した時だった。


 航と爽夏は、全体の二十番目くらいに位置している事を知る。前方に女性ランナーが一人だけ居た。だけど航はそれに気づいていない。

「爽夏、トップだぜ!」

 航がそう言うと、爽夏は、そんな事無いでしょ、とニコリと笑う。順位を意識していない爽夏にとっては、自分が何番目を走っているかなんて興味が無いのだ。

 一方で、ここまで抑え気味に走ってきた航には、二つの感情が湧いていた。想像していたよりも随分と前に居るのだな、と言う驚き、それにここから本気を出せば先頭に立つ事が出来るのでは、と言う欲望。

 航にとって、上り坂は最も得意とするセクションで、絶対的な自信がある。この坂こそ見せ場だ。そう決断した航は、先に行くよ、と爽夏に声を掛け、すかさず先行する選手をグイグイと抜き始めた。

 爽夏は航の後姿を見つめてニヤリと笑う。

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