14 恋愛じゃなくても…

「どうかな?」

 爽夏が、航の顔を覗き込むように問いかけると、航は一瞬黙ってから、笑顔をじんわりと浮かべ、右手の親指を立てた。

「やったぁ、早速エントリーしておくね」

 子供の様にはしゃいでいる爽夏を、航は照れ笑いを浮かべながら見つめた。

 それを見ていた健一は、俺も…… と口に出し掛けたが、爽夏の鋭い視線を感じて、言葉を引っ込めた。


 店の中に、こだまする航と爽夏、それに健一の会話は数時間続いた。

 途中、うたた寝から目覚めた将一が加わり、ひとしきり話をして、ショップのほうへ移ったのと、シフトを終えたホールスタッフの美香が、航に笑顔で目配せをして、帰宅した以外、特に変わりはなかった。


 陽が傾き始めると、波乗りを諦めたサーファー達が続々と現れ、シャワールールを利用し始める。着替えの終わった者達は、航の顔を見つけると、パチン、と手の平を合わせ、続々と店内になだれ込んでくる。

 夕方からのシフトで店に入ってきた小百合は、カウンター席にいる航を見つけ、馴れ馴れしく両肩に手を置いて、「いらっしゃい」、と声を掛け、更衣室へ消えていった。これから夜に掛けて、店は賑わい始める。健一の手が忙しく動き始めたのを切っ掛けに、航と爽夏はテラスへ出て行った。

 オレンジ色に染まった西の空を眺めると、夕日が富士山の真上に位置し、山のシルエットをくっきりと映し出している。美しい景色を並んで眺める、この僅かな時間は、爽夏にとって、至福のひとときだった。

 恋人同士になれなくても、こんな関係がずっと続いてくれるのなら、恋愛じゃなく友情でもいい…… そんな事を思いながら、航の横顔を見つめる。


 太陽が富士山の向うに沈み、夜の帳が下りるタイミングを見計らって、航は、爽夏を駅まで送っていく事にした。航の運転で、山へ走りに行き、渚でしばらく談笑し、日が沈むのを待って、駅まで送っていく。これが週末の定番になっている。

 爽夏にとっては、街中で航と並んで歩く事は誇らしく、その後一人になって電車に乗りながら、一日の思い出に耽るのは、至福のひと時だ。

「レース楽しみだね! 練習、頑張ろうね!」

 明るく手を振る爽夏を、航は笑顔で見送ると、両手をポケットに突っ込んで、店へ戻っていった。微かに漂う潮の香りが、春の訪れを感じさせる。

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