11 シーサイドカフェ渚

 昼下がりの湘南海岸は、太陽の光が海面に反射して、キラキラと輝いている。

 沖に浮かぶ烏帽子岩は霞んでいて、ぼんやりとしか見えない。穏やかな春の陽光に誘われて、数多くのサーファーが漂っているが、生憎、波は小さく、テイクオフには至らない。

 浜辺に面した、シーサイドカフェ渚のテラスでは、オーナーの葉山将一が、デッキチェアの上で、うたた寝をしている。店内にはカウンターの中でグラスを磨いている、色黒でドレッドヘアの中年男性が一人と、テーブルの上のメニューを差替えている、茶髪の若い女性が一人いるだけで、お客の姿はない。

 ケアリーレイシェルのBGMが流れる店内は、ランチタイムの喧騒が落ち着いて、静けさが漂っている。


「ただいま!」

 その静けさをかき消すように、男と女が入ってきた。航と爽夏だ。

 航はカウンター席に座ると、慣れた手つきで、ミントが浮かんだガラスのピッチャーからコップに水を注ぎ始める。カラカラカラ、という氷の音が清涼感を漂わせる。

 爽夏は航の隣に座り、その様子をぼんやりと眺め、注ぎ終わったコップをひとつ受け取ると、一気に飲み干した。


「あぁ、のど渇いた、それにお腹も空いちゃった。健さん、タコライスできる?」

 爽夏が、カウンターの佐藤健一に親しげな口調で話しかけると、ドレッドヘアの健一は口元を微かに綻ばせて頷いた。


 シーサイドカフェ渚は、航の父親・葉山将一がオーナーを務めるレストランである。将一がこの店を引き継いだのは、ちょうど三十歳になった頃だった。

 当時、将一は都内の広告代理店に勤めていた。学生の頃からサーフィンが好きだった将一は、週末になると、湘南や千葉へ、波を求めて足を運んでいた。

 その頃、湘南に来ると、必ず立ち寄っていたのがこの店で、将一は、前オーナーを兄貴のように慕っていた。しかし、その前オーナーは四十二歳で他界してしまう。そして、オーナーの奥様から、店を引き継がないか、と打診された


 飲食店経営の経験がない将一は、最初、色々と苦労したが、元来の明るい性格で、常連客の引き止めに成功し、店の経営が、軌道に乗ったとみるや、シャワールーム、更衣室、それにサーフボードを預かる事が出来るロッカールームを設え、サーファー達にとって、使い勝手の良い施設へと発展させていった。

 将一の人柄、それに店の雰囲気、それらがサーファー達の心を掴むと、たちまち評判になり、店は賑わいを見せる。すると将一は、更なる発展を目指し、サーフショップや、サーフィンスクールの併設等に力を注いだ。広告代理店時代に培ったセンスが意外なところで発揮され、商売は順調に伸びていった。


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