6 再会の日

 あの日、丹沢の鍋割山の山頂は濃い霧で覆われていた。

 爽夏は、山頂の山小屋で名物料理の鍋焼きうどんを食べる予定だった。

 ところが、走り始めてみると、途中から霧が漂い始め、尾根へ出た頃には、視界は数十メートル程になってしまった。昼間なのに薄暗い山中、爽夏は、一人ぼっちで山へ入った事を少し後悔していた。


 そんな心細さを抱いていたところへ、霧の中から突然現れたのが、葉山航だった。

 もう会えないと思っていた片思いの人が、このタイミングで現れた。

 薄手のシェルジャケットを一枚羽織り、丸腰で何も持たずにやって来た航、その姿に爽夏は、喜びと驚き、それに心細さから救ってくれた安堵感が加わって、咄嗟に駆け寄った。


 航は、男らしさに磨きが掛かっていて、一段と格好良くなっていた。久しぶりの再会だったのに、親しげに話しをしてくれて、高校時代の思い出話しをしながら、一緒に鍋焼きうどんを食べ、一緒に山から駆け下り、車で家まで送って貰った。

 夢のような出来事だった。帰り際には、女性が一人で山を走るのは危険だから、次は一緒に行こう、と優しい言葉まで掛けて貰った。

 胸がはち切れそうなほど嬉しかった。興奮し過ぎて、家に帰れそうになかったので、航が去るのを見送ってから、ほとぼりを冷ましに、近所の材木座海岸へ足を伸ばし、夜空を見上げて、航の笑顔を思い出しては、何度も何度もほくそ笑んだ……

 あの時、あそこで出会えて居なかったら……


 爽夏が、ふと我に返ると、航は、爽夏の顔を不思議そうに見つめていた。

「どうかした?」

 じっと見つめられ、爽夏は照れくさそうに呟く。

 すると航は、上唇を指で指して大笑いした。

「ソフトクリームがついているよ」

 爽夏はぽっと顔を赤らめ、恥ずかしそうに舌の先でソフトクリームを拭い去る。 

 普段はクールな爽夏が、航の前だけで魅せる、お茶目な一面だった。


 太陽の位置が高くなるにつれ、日差しは強まってきたが、峠を吹き抜ける風は冷たい。数時間前よりも、雲の流れが早くなっている。

 汗が冷え始めた爽夏が、この先どうする? と控えめに言った。


「ここからは、爽夏の後ろについていくよ」

 航は、爽夏を見て微笑む。


「オッケー!」

 爽夏は嬉しそうに返事をすると、航の食べ終えた包み紙をつまみ取り、自分のものと重ねて綺麗に畳み、ザックのサイドポケットに仕舞いこんだ。そしてザックから出ているハイドレーションのチューブを口に加え、ひと口分、水を含むと、それをゴクリと飲み込む。そして大きく深呼吸……


「じゃっ、行こう!」

 爽夏は二、三度軽くジャンプをすると、軽やかに走り出した。

 すぐさま、背丈の高い、笹のトンネルへ消えて行く。

 航は、慌てて追い掛けた。

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