第6話 その果てに
王子の足元には、今また、あの時の光景が広がっていた。
あの時と同じ、例の騎士が、じたばたと地面に這いつくばってもがいている。
居たたまれなさに私はそっと目を逸らす。
でも、あの時とは別の理由だ。
えっと、ドラゴンから人化した私はもちろん何も着ているはずもなくて……まあ、わかるよね!!
目をつぶすつぶさないでひと騒動あって、私のとりなしで、騎士は何とか難を逃れた。かなりぼこぼこになってたけど。
「あのぉ、城ではもう結婚式の準備が始まってるんですう。花嫁に来てもらわないと、もう間に合わないって、王妃様はじめもうお冠です」
ええっと……。
この王子は、もうすぐ婚約者と結婚するのかな?
私は、愛人として連れ帰られるってこと?
で、王子は私を追いかけちゃったから、婚約者が怒って出ていちゃったってことかな。
やだそれ泥沼じゃない! 城に行った途端に三角関係?
でも、婚約者様には悪いけど、私はもう引くつもりはなかった。
そんな無駄なバトルの決意を固めた、よくわかっていない私に説明してくれたのは、遠隔通信ができる水晶玉の向こうの人物だった。
「話したいそうだ」
王子の妹だと自己紹介した魔導士でもある姫が、戸惑う私に説明してくれた。
『これは、極秘なのですが、ウェストラント王家の強さの秘密は、ドラゴンの血を引いているためなのです。通常は、普通に人と結婚をするのですが、数世代に一人、人に興味を示さない者が現れまして……。その者は、
「は?」
『ドラゴンの配偶者を迎えた者は、非常に執着心が強くて、自分の番を決して側から離そうとしないのだそうです……今は離宮にいらっしゃるおじいさまとおばあさまも、そんな感じでしたの。お兄様はそんなことにはならないと思っておりましたが……すさまじい勢いで結婚式の段取りまで整えて飛び出して行かれるのですもの。驚きましたわ。これからよろしくお願いいたします。お義姉さま』
天敵? ドラゴン討伐どこいった?
<犠牲になるのは、年若い女のドラゴンが多く、勇者に捕らえられ、帰ってきた者はいない>
「隷属魔法は!? 生きたまま血を搾り取られるとか、生き胆を食われるとか、剣や鎧に使われるとかは!?」
『……おばあさまがおっしゃるには、その方が面白いだろうと。竜族には、そのぐらいの娯楽が必要だと』
私の頭の中に、にんまり笑う里長の姿が浮かんだ。
そうだ、そういう人たちだった……。
「じゃあ、じゃあ、戦う必要なんてなかったんじゃ……」
私の悲壮な覚悟と決意とあの時間を返せ!!
その時、私を膝にのせて(何度かの抵抗の末もうあきらめた)黙って聞いていた王子が、私の赤髪に口づけながら言った。
「ドラゴンは、力でたたき伏せねば服従しない。惚れたら、たたき伏せる。それが、ドラゴンの愛情表現だと聞いた」
え。何それ。
ひょっとしてあれって……。
里のみんなで寄ってたかって、私を痛めつけようとするのに耐え切れず、私は里を出たのだった。
私が、里の誰それがいじめると訴えると、父が妙に誇らしげにして、母がため息をついてたのは、そういうこと??
「……私、半分人なんですけど」
非難がましく王子の顔を見上げてみる。
「そうか、ならば、人のやり方で頷かせねばならないな。まだ返事をもらっていなかったからな」
王子はにやりと微笑むと、人のやり方とやらを、私が泣きながら頷くまで続けたのだった。
ダメージが半端なかった。
ドラゴンの愛情表現の方がまだましだった……。
――こうして、大陸中の人々を熱狂させた勇者のドラゴン討伐は、幕を閉じたのだった。
◇◇◇◇◇◇
そして、数十年。
「おばあ様、竜の花嫁を探しに行ってまいります」
赤毛に紫の瞳の若き勇者が、また旅立つのだった。
――運命に導かれし、己の番を求めて。
(Fin)
どうせ逃げられないのなら ~逃げたい私と逃がさない勇者の逃亡劇~ 瀬里 @seri_665
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