猟蛮転〜eyes of beast〜

蛾次郎

第1話 「堂々オープン!!」

 初秋。北陸の果てにある広大な土地に、大型激安量販店、「プライス☆アウト」がオープンした。この周辺は過去にも有名なホームセンターやファストファッションの店などがオープンしたが上手くいかず、すぐに撤退してしまった。


しかしプライス☆アウト側が、この街の住人へネット調査を行った結果、日用品や雑貨、衣服など幅広く生活用品を揃えるための店が欲しいと熱望する意見が大多数を占めていた事が分かった。 

この街の住人は、買い物のために車で1時間ほど掛けて中心部へ向かうか、ネット注文が主だったので、近場で全てが揃うプライス☆アウトを今オープンした事は勝算ありと踏んだのである。


オープン初日の駐車場は、郡内の住民が全て集まったかのように自家用車で埋め尽くされ、誘導する警備員達のせわしない姿が人気の凄まじさを物語っていた。


1家族2品までの特価品を求めて押し寄せる客の波は、年末のアメ横と有名百貨店のバーゲンセールをドッキングさせたかのような地獄絵図にも見える様相を呈していた。


「こちら佐々木です。今から来店するお客さんを入口で待ってもらうようお願いします。どうぞ」

店長の佐々木吾郎は、トランシーバーで従業員達に連絡を取り、入店客を制限するように指示した。このままでは店内で将棋倒しが起こってしまう危険性を感じたからだ。


オープニングスタッフとして来ていたベテラン店員の早乙女美香は、外から入口の自動ドアを閉め、ゾロゾロとやって来る客に状況を説明し、少しの間待ってもらうようお願いした。それでも店前は、たった10分ほどで50人程の行列が出来ていた。


「申し訳ありません。もうしばらくお待ちくださいませ」

早乙女が、ため息を吐き、苛立ちの顔を見せる最前列の初老の男、坂崎正平に声を掛けた。


「お姉ちゃんよお、こんだけ集まんのくれえ予想しとかんとアカンやろお」


坂崎は、作業ズボンの両ポケットに手を入れ体を小刻みに揺らしながら早乙女に言った。

「ここまでお客様がお越しになられる事を想定しておりませんでした。申し訳ありません」

早乙女が謝ると、坂崎は少し和らいだ顔に変わり早乙女に話しかける。

「チラシにマンガのトレーナーが載ってたろ?バケモンのマンガ」

「ああ、はい。モンスターセーバーですね」

「そうそう、モンスター何とかっての。あれ数限られてんのやろ?」

「はい、そうですね」

「孫があのマンガが好きでよ。マンガのトレーナーってこの店だけで売ってんのやろ?」

「そうですね。モンスターセーバーとうちだけの限定商品なんですよ」

「だろ?だから孫によお、何とかそのトレーナー買ってやって喜ばせてえのよ」

「お孫さん、おいくつなんですか?」

「今年小学生になるでのお。冬は除雪で夏は林業が忙しいでのお、なかなか遊んでやれんで、ちょっとでも喜んでもらいたくてのお」

「良いお爺様ですねえ」

早乙女は、坂崎の話にウルっと来てしまった。だが、モンスターセーバーのトレーナーが子供用、大人用合わせて限定50着だという事を思い出し、品切れの可能性を感じた早乙女は、行列から少し離れた場所に移動し、衣料品コーナーの担当である篠崎真香にトランシーバーで連絡した。


「真香さん?聴こえる?早乙女だけど」

「はい、聴こえます」

「あのさ、モンスターセーバーのトレーナーってまだ残ってる?」

「ちょっと待ってくださいね。…えーと、大人サイズは売れ切れてまして、子供用のが2着ほど残ってますね」

「ちょっとさ、子供用の1着だけ倉庫に保管しといてくれない?」

「了解しました」

「あとでまた詳細説明しまーす」


早乙女は、ホッと胸を撫で下ろし、行列客に気づかれないよう、坂崎に限定トレーナーの在庫を保管しておいた事を小声で伝えた。

坂崎も周りを気にしながら早乙女を見てニコリと笑った。


————————————————————


 セキュリティ担当の五十嵐豪司は、出勤ラッシュの如く箱詰め状態の店内を、事務所の防犯カメラが映るモニターで眺めていた。

20個ほどのモニターを目で追っていると、襟がたるんだグレーのスエットを着た若い男、吉田大輝の動きが目に止まった。吉田は時折、背負っているトートバッグを開け閉めし、周りや天井の防犯カメラをキョロキョロと見ていた。不審に感じた五十嵐は、吉田の動きだけをしばらく観察する。

すると吉田は、5枚入りの高級フェイスタオルと小さめのクッションをドサクサに紛れて自分のトートバッグへ入れた。続け様に衣料品コーナーに移動し、ワゴンに置かれたスエードシューズやボクサーパンツも素早く入れた。


店内で客を装いながら周りを観察していた万引きGメンの日高佳代は、パンツのポケットに入れていたスマホのマナーモードの振動で五十嵐からメール通知が届いた事に気づいた。

「五十嵐です。衣料品コーナーにいる20代くらいの男性。グレーのスエット、白いトートバッグを持って髪型やや長めボサボサ、体型はスリム」

日高はメールをチェックするとスマホをしまい、買物をするフリをしながら衣料品コーナーへ移動した。すぐに吉田をみつけた日高は一旦、ペット用品のコーナーへ身を隠し、スマホで五十嵐にOKサインの絵文字を送り吉田を観察した。

吉田は、そのままレジ横にあるパーティーグッズコーナーからレジの外側に周り、そそくさと店を出た。

日高は急いで跡をつけ、駐車場を早足で歩く吉田の肩をポンと叩いた。

吉田が振り向くと、目の前には日高と屈強な警備員、鬼塚と熊山が立っていた。

「お客様?レジを通してない商品ございますよね?」

日高が尋ねると、吉田はため息を吐きコクリとうなづいた。

「ちょっと事務所の方まで来ていただきますか?」

日高がそう言うと、吉田はうなだれた表情で警備員に連れて行かれた。


          (つづく)     

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