第3話 「修羅場と真実」
トリケラトプスが去ったものの、そのケタ違いの戦闘力を痛感した佐々木は、次に恐竜が来れば灯油やエンジンオイル、料理用油などに火を着けて対処するしかないと判断し、その旨を客と従業員に伝えた。全員が致し方なしと納得した。
従業員達は、来るべき恐竜に備えて、ライターやオイル、ガスボンベ、アルコール類などを入口から1番遠い店の隅に集めた。また引火によって店が消失しないよう消化器もその横に並べた。
衣料品担当の篠崎が消化器を取りに事務所へ向かうと、事務所のテーブルには吉田が万引きした商品が置かれていた。
その時、篠崎はある違和感に気づいた。
テーブルに置かれた盗難品の並び方が何か見覚えのある形だったのである。
グリーンのフェイスタオルの上に敷石用の玄武岩30個が円形状に置かれ、その上にじゃこ天が乗せてあった。
「これって…古代の遺跡みたい…」
篠崎がそう呟くと背後から人の気配がした。
「よく分かりましたね」
万引き犯の吉田大輝が不敵な笑みを浮かべ篠崎に話しかけた。
篠崎がビクッとしながら振り返る。
「あ、あなた…万引きした…」
吉田がグリーンのフェイスタオルを引っぺがすと、玄武岩とじゃこ天がバラバラに飛び散り、タオルの下には魔法陣が描かれたランチョンマットが敷かれていた。
「最近の商品は質が高い。パーティーグッズの魔法陣が実際に使えるんだからね」
吉田が言った。
篠崎は魔法陣から不気味な光が立ち込めているのを見て息を呑んだ。
「あんた達何してんのよ!?」
日高がやって来て、2人に話しかけた。
「日高さん!この盗難品、ストーンヘンジになってます!」
「は?何言ってんの!?」
「形を見て気づきませんでした?」
「気づくも何も彼がここに商品を置いてる途中で今の状況になったんだから気づく暇も無かったわよ!」
「もしかしたらそれが…」
日高が篠崎の話を遮る。
「そんな事どうでもいいのよ!!また恐竜が来ちゃったのよ!!」
「えっ!?」
「さっきの恐竜の比じゃないくらいヤバそうなのよ!!」
「ひ、比じゃないんですか!?」
篠崎は驚嘆した。
「Gメンさん、今から言う商品を用意してくれませんか?」
吉田が少し焦りながら日高に言った。
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恐竜は店に入るや否や天井を突き破り、一瞬で店の中央まで侵入した。無数の棚はただぶつかるだけで粉々に砕け散った。
全長10mを超えるティラノサウルスだ。
客は全員関係者入口へ避難し身を潜めた。
勝手口の外から色んな恐竜の呻き声が聴こえるため、外へ逃げる選択も不可能だった。
店内は、佐々木、五十嵐、鬼塚、熊山の4人だけが残った。
佐々木が先陣を切り、ステンレスバケツに溜めていた灯油をぶち撒ける。
3人がそこへ着火した花火やロウソクをぶん投げて火の輪を広げた。
火がまだ弱い。
全員でサラダ油からウィスキー、消毒液、サンオイル、ガスボンベなどありとあらゆる引火物を死に物狂いでぶん投げた。
ガスボンベにより大きな炎が立ち上がりティラノサウルスの巨大な足に引火した。
固く覆われた分厚い皮膚がポロポロと剥がれていくのが見えた。
ティラノサウルスは激しく揺れ動き呻き声を上げた。
チャンスとばかりに佐々木が一歩前へ出てダメ押しの灯油バケツをティラノサウルス目掛けてぶつけた。
遥か彼方にあったティラノサウルスの顔面は、あっという間に佐々木の頭上に接近し、佐々木の頭を引きちぎった。
それを目の当たりにした3人は、完全に戦意喪失し、崩れ震えながら失禁した。
その直後、再び店内に地響きが鳴ると、巨大なティラノサウルスが、嘘のようにその場からスッと消え去った。
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わずか半日で北陸の果てに店が戻った。
「…いったい、どうなってんの…?」
行列客の誘導をしている途中、店ごと消えて唖然としていたベテランスタッフの早乙女美香は、ボロボロの姿で元の位置に戻っている店を見て、さらに唖然とした。
事務所のテーブルには、吉田が肘をついて座っていた。五十嵐、日高、篠崎が対面で吉田の話を聞いている。
「僕は依頼された事をやったまでですよ。今までもこの土地に有名なチェーン店がいくつかオープンした事あったでしょ?ホームセンター、スーパー、ファストファッション。でも数ヶ月で閉店して、その翌日には跡形もなく更地になった。全て大雪で誰もいない夜に忽然と消えて無くなった。それらの店は全て同じグループ企業でしたよね?そう。あなた達のライバル企業、ノースガバナンスインターナショナルです」
五十嵐、日高、篠崎が互いに目を合わせ、ハッと息を呑んだ。
「僕はそのフィクサーの指令を遂行したまでですよ。僕はただ時空を操る人間として依頼を受けただけ」
吉田がそう言うと、事務所のドアがゆっくりと開らき、初老の男が入って来た。
坂崎正平だ。
「え?坂崎さん!?どうされました!?」
篠崎が思わず立ち上がる。
「ああ、さっきの店員さんか。孫のトレーナー取っといてくれてありがとな」
坂崎が笑みを浮かべる。
吉田が坂崎を指差して言った。
「こちらがそのフィクサーです」
五十嵐、日高、篠崎が戦慄する。
「フフ…まさか、あんな時代まで飛んでくとは思わんかったけどのお。まあ無事に元の場所に戻った事やし、ここは一つ酒でもあおろか?」
坂崎が百均コーナーの大皿をテーブルに置き、店で1番高い日本酒「時うっちゃり」を注いだ。
注いでいる途中で何かを思い出し手が止まる。
「そやそや。うちの会長に連絡せんといかんかった。……あ、君らんとこの会長さんにも連絡せんのか?もう電波通じるで?」
坂崎は作業着のポケットからスマホを取り出した。
「会長さんによろしく言うといてや。仇敵が少しばかり報復させてもらいました言うて。…まあ君らのランクではちょいと酷やな」
坂崎は、笑いながら日本酒をテーブルに置き、吉田の肩をポンと叩く。吉田は立ち上がり坂崎と共に事務所を出て行った。
「よっしゃ、みんな帰ろか!!」
廊下から坂崎の威勢の良い声が響いた。
半開きのドアの隙間から、あの時、店内に残っていた客達が坂崎の後ろに並んでゾロゾロと歩くのが見えた。
五十嵐、日高、篠崎は、完全に頭が混乱し、感情を失った人間のように無の表情になった。
「めっちゃカッコええやん!」
「ティラノも撮っといたら良かったね」
エリカの後ろで、龍士と虎士がスマホで撮ったトリケラトプスの画像を眺めてはしゃいでいた。
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プライス☆アウトの駐車場に停まっていた黒光したハイヤーのドアを坂崎の運転手が開く。
「お客さーん!ちょっと待ってー!!」
坂崎がハイヤーに乗ろうとしたその時、日高が走ってやって来た。
坂崎は険しい顔で日高の方を振り向く。
日高が「時うっちゃり」と百均の大皿を持って坂崎に話しかける。
「お客さん、レジ通してない商品ありますよね?」
「ふふん…なんや、そんなことかい」
坂崎がニヤけながら作業着の懐に手を入れ、財布を出そうとしたその時、日高は叫んだ。
「ご返杯!!」
日高は、坂崎の頭を「時うっちゃり」で思い切り殴った。
(おわり)
猟蛮転〜eyes of beast〜 蛾次郎 @daisuke-m
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