第110話 Fランクの朝マズメ

 おはようございます、タイシです。


 雨がちょいちょい降る中、大型木造クルーザーのマストから垂れ下がった雨除け用天幕の下で皆の訓練を見学したり、イエローのためにエビフライを大量に揚げたりと、停泊中でも問題なく過ごしている。


 昨日の夕食時に三十本以上の巨大エビフライを完食したイエローは、狐耳をピコピコさせながら頭をクシクシと俺の胸に擦りつけつつお礼を言ってきたっけか。


 あの行動は獣人の親愛の証みたいな物なのだろうね。

 最近のイエローは、よくああやって自分の匂いを擦りつけるような抱き着き方をしてくるんだよな。

 意識してやっているというよりは、獣人としての本能っぽいので止める事はしないが、イエローの真似をしようとしてくるピンクはきっちりと止める事にしている。


 ピンクは獣人じゃないし。

 それに、あいつからは邪な匂いしか感じられんからなぁ……ったく……そういうのはお前らが十六歳以上になってからだって……あれ?

 ……まずいな、俺もピンク達の押しに毒されてるかもな……。

 まぁいいや……。



 少し弱くなってきたとはいえ、雨はまだ続いているので川岸での停泊は継続中だ。


 そうなると暇な時間が増えるので、今朝は、朝マズメ……釣り用語の一つで、夜明けから日の出までの前後1時間程度の時間帯を指すのだけど、まぁその朝マズメの時間帯に釣りをする事にした。


 この世界にも一応趣味としての釣りという行為は存在するらしく、大型木造クルーザーの倉庫に釣り道具一式が備えてあった。


 それらを借りた俺は、天幕を船の外側まで伸ばして貰い、そこでピンクと一緒に釣りする予定だ。

 弱めの雨が川に降り注いでいるけど、こっちの魚がこういう時に活性化するのかどうかは、知らん。

 赤髪護衛エルフさんも釣りには詳しくなかったからな。


 ちなみになんで釣りの相棒がピンクなのかというと、昨日の戦闘訓練後に疲れ切ったピンクが『タイシさん……癒やしてください……』と、本当に疲れ切った表情で、調理準備中の俺にもたれ掛かってきたからだ……。


 さすがにそこにエロイ匂いは感じられず。

 調理準備を椅子に座りながらやる事にして、隣の席からもたれかかってくるピンクを俺の肩で受け止める感じにしてやった。

 異世界日本式〈生活魔法〉を駆使すれば、自分は座っていても下拵えくらい余裕だからな。

 そうしてボソボソと会話しながら飯の下拵えとかしていたんだけど。


 どうにもレッドが体力を持て余しているようで、相手をしたピンクは、いつもより疲れたとかなんとか。


 そういやレッドは〈剣術〉と〈身体強化〉スキル持ちだからなぁ……。

 どちらも体力に補正がつきそうだし、スキルを使うための燃料であるご飯は、俺がいっぱい提供したので……うん、体力を持て余してそうだな。


 グリーンは人見知りからか、長時間の対戦はしてくれないっぽいし。

 イエローは俺と一緒にいる事が訓練になっちまうし。

 ブルー君は他の商船からの交渉を見学に行っていたし……って、もしかしたら、状況に気付いていて逃げたのかも……さすがブルー君、危機感知能力の高さは斥候職として大事だよな。


 とまぁ、そんなピンクが可哀想だと思い、次の日の釣りに誘ってみたって訳だ。

 レッドが元気一杯なのは、俺が飯をいっぱい作ったせいもあるっぽいしな……。


 他のクランメンバーも釣りに誘ったんだけど、日の出前からとなると寝ていたい子も多いみたいでな。

 イエローは『行きたい!』って言ってたんだけど……昨日の夕食が大満足過ぎたのか、軽く起こそうとしても反応なかったんで、そのまま寝かせておく事にした。


 まだ日が昇っていない中、この大型木造クルーザーは元より、周囲に停泊している商船が灯している魔道具の明かりが、星や月の光を遮る雨雲の下、闇をほんのりと遠ざけている。


 おかげで手元は普通に見えるというか、大型木造クルーザーの各所で周囲を警戒している夜警中のエルフさん達とも視線が交わせる感じだ。

 エルフさん達は種族特性として暗視能力があるっぽく、俺の方は〈生活魔法〉や他の様々なせいかつ用スキルの中に暗視に近い効果を出す物がある。


 例えば……あー……〈閨言〉とかな。


 戦闘系スキルの〈暗視〉に比べると効果は低いんだけど……。


 俺の異世界日本式〈生活魔法〉さんだと、周囲に悪意があると急に使えなくなるから、ここはやはり〈閨言〉スキルを使っておこう。


 そうする事で経験値も入って熟練度が上がれば、賢者になりに行った時、すごい役立つからなぁ……。


 取り敢えず、ちょいと離れた所にいた、船上で夜警中の船員エルフさんと視線が合ったので、手をフリフリして挨拶しておいた。

 それを受けた彼女は、本当に嬉しそうに手を振り返してくれた。


「タイシさん何に向かって手を振っているんです?」

 俺の横で釣り竿の準備をしていたピンクがそう尋ねてくる。


 ふむ……ピンクの視界だと、あっちのエルフさんの姿は見えないのか。


「向こうにいる仕事中のエルフさんに挨拶してたんだよ」

「向こうですか? ……ううん……あの影が……いや……分かるような、ただの柱のような……タイシさん夜目が利くんですね?」


「そういうスキル持ちだからな」

 スキルの詳しい名称は教えない。

 俺の中にある謎翻訳能力が、〈閨言〉をピンクに対してどう翻訳するか怪しい所だからな……。


「タイシさんのスキルは増えすぎですよねぇ……前にギルドで見た時も多かったし」

「そうだったか? まあエサも付け終わったのなら、釣りを始めようぜピンク」

 今では、あの時のスキル数なんて目じゃない事になっているのだが……まぁ細かい説明まではしなくていいだろうさ。


「あ、そうですね、では勝負ですよ! タイシさん!」

「お? 釣果で競うのか? いいのか? 俺には釣り系のスキルもあるんだぞ?」


 この世界では戦闘系スキルが一番偉いとされているっぽくて、その次が生産系スキルっぽい。

 なので俺が所持している本格的な漁業関係のスキルとかは、この世界に馴染むのは後回しになっているっぽいんだけど……趣味で使用するような〈ルアーフィッシング〉とか〈ヘラ釣り〉とかはすでに使える状態になっているんだよな。

 雑魚スキルから世界に馴染む仕様なのだが、スキルの線引きを決めているのが女神なのか眷属なのか知らんが……脳筋思考なんだよな……。


「壁が高いほど登りがいがあるというものです! ですので、負けた方は勝った方の言う事をという勝負にしましょう、タイシさん!」

 ……どうしよう、まだまだ日が出ていないの暗さの中、ピンクの鼻の穴がピスピスと大きく開いているのが分かる。

 なんで興奮してるねんこいつは……ったく。

 ピンクが勝ったらナニを頼むのかが丸わかりだな……。


 まぁ、俺には釣り系スキルもあるし、負ける気はしないのだけど。


「それじゃ俺が勝ったら、一緒のベッドで寝ている時に、寝相の悪さを装って俺の腹筋を枕にする事を禁止にしよう」

「やっぱり遊びに賭け事を持ち込んでは駄目ですよね! 気晴らしの遊びという事で、二人で楽しむ事を目的にしましょう、ね? タイシさん?」

 一瞬で手の平を返したピンクである。


 ある意味潔いというか……なんというか。


「てかよ、普段からピンクの寝相が悪いから半信半疑だったけど、やっぱあの腹筋枕はわざとかよ……」

「違うんですタイシさん! あれは偶然! 本当に偶然なんです! 夢の中で最高の筋肉枕を見つけた私が飛びついただけの話であって……そういう夢をみると、何故か偶然タイシさんのお腹を枕にしているというだけの話でして……エヘヘ……」


 ……。


 それは夢ではなく、寝ぼけて行動した結果だと思うのだが……。

 意識的にやっている訳ではなさそうだし……グレーゾーンという事にしておくか。


「ほれ、釣り針を落とせ」

 ピンクの戯言を一旦放置する事にし、釣り竿から糸を繰り出し、エサの付いた針を川面に落とす俺であった。


 結構川面まで距離があるから、大きい魚は釣り上げられないかもなぁと思いつつね。


「あ、はい、何が釣れるんでしょうねぇタイシさん……というか私、魚釣りって初めてかもです」

 ピンクも自分の釣り竿を操って餌の付いた針を川に投げ込む。


 さて、何が釣れるかなっと。


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