第109話 Fランクは聞き逃す
ザーザーと頭上に張られたタープから雨音が響く。
あ、こんにちは、タイシです。
俺が日本でキャンプした時に使ったタープは、せいぜいが四畳半くらいを覆えるくらいの大きさだったんだけど。
今現在大型木造クルーザーの船上に張られているタープは、ものすごく広い範囲を覆っていて、学校の体育館くらいの広さはあるんじゃねぇかなぁ。
キャンプに使うタープテントと言うよりは、野外サーカスの天幕とか、そんなイメージで表現した方がいいのかもしれない。
そんな大きな天幕の下でザーザー降りの雨を避けながら、船上に置かれた椅子に座り、のんびりと雨が降る川岸方面を眺めている。
俺が今見ている風景は、この世界の人からすると当たり前の風景なのかもしれないが、川岸に水生系獣人の村が見えていて、そこで生活している半魚人っぽい人達が雨をシャワー代わりにして体を洗っていたりするのは、ファンタジー的には大変面白い風景だと思う。
何故、日中にもかかわらず船を停泊させて、こんなノンビリした時間を過ごしているかというと。
早朝から急に強めの雨が降ってきたのよね。
エルフ達が操る大型木造クルーザーは、たとえ雨が降ろうと精霊魔法だかを利用したジェット推進も出来るので移動に影響はないらしいのだが、なんでも強い雨が降って周囲への視認性が悪くなると、盗賊……いや、この場合は海賊……いやいや、川だから水賊か?
そういった水賊が航行している船を狙う事があるらしいので、これくらい強い雨の時は安全そうな場所で停泊する方がいいらしい。
赤髪護衛エルフさんが言うには『水賊程度に負ける事はないが、絡まれるのが面倒臭い』らしく。
日本らしい例えに変換するとエルフさん達くらいの美人だとして、スカウトに絡まれるのが面倒だから主要な駅前で待ち合わせはしない、という感じかな?
そんな訳で、同じような事を考えた船が何隻もここら周辺に停泊している。
ここみたいな半魚人系住民による村があるような場所は水賊も避けるらしいんだよね。
半魚人系の村人は川での戦闘力が高いからとかなんとか?
確かに、半魚人っぽい相手に水に潜られながらヒット&アウエイされたら……そりゃ厄介だわなぁ……。
水賊側に水生系獣人がいる場合は知らんけど、この国は人間の割合の方が多いみたいだし、賊の種族割合も同じくらいなんかなぁ?
そんでまぁ半魚人系獣人の村近くに停泊している船舶は、お互いに警戒しているので一定間隔を空けるのが普通なのだけど、侯爵家の旗を掲げている大型木造クルーザーの近くはそういった船達に大人気らしく、ギリギリまで寄ってくる船がいる。
エルフ船員たちがそういった船に、近寄り過ぎるなと警告を与える声がちょいちょい遠くから聞こえてくるのよな。
……さすがに水賊も侯爵家の旗を偽装したりはしないだろうし、本物の貴族だというのなら賊が避けるだろうから近い場所は安全って事かね?
それとも商売的に森エルフとお近づきになりたいからとか?
前にブルー君が森エルフの侯爵領に入るのは許可制だとかなんとか言ってたっけ?
船を使って交易するような商売人達からすると、エルフとの縁は涎が出る程欲しいのかもしれないね。
まぁエルフ船員に近寄るなと言われたら素直に離れていくのは、貴族である侯爵家からの不興が怖いって事で、それでもワンチャン何事かがあってお近づきになれないかと思うからこそ、色々な船が近寄ってくるのだろうね。
相手からしたら一回だけ交渉チャレンジするという感覚なのかもしれないが、受けるエルフ達からすると何度も何度も似たようなやり取りをするはめになっているのだから……赤髪護衛エルフさん達は大変だよね。
「タイシ兄ちゃんどうしたの? 次はタイシ兄ちゃんの番だよ」
川岸方面を眺めていた俺に声をかけたのは金髪ショート狐獣人のイエローだ。
「おお、すまんすまん、えーっと……」
俺とイエローの間に置かれた小さなテーブルにはリバーシが置かれていて、さっきまでイエローがウンウン唸りながら次の一手を考えていたのだ。
それに時間がかかっていたので川岸方面を眺めて時間を潰していたという訳だ。
ちなみに今ここには俺とイエローしかいない。
ブルー君はエルフ船員達の側で周囲からくる船の見学に行っている。
船を使った交易をするような商会は大手ばかりなので、そういった船を見学するのが楽しいのもあるだろうけど。
ブルー君は商売系スキルの適正が高いっぽいから、色々な船からの交渉を見るのも訓練にはなっているっぽい。
レッドとピンクとグリーンは天幕の真ん中あたりで戦闘訓練している。
グリーンは女神を称えながらの素振りが日課みたいだし、レッドは戦闘訓練大好き娘だからなぁ……ピンクは俺の側にいたかったみたいなんだが、レッドに模擬戦相手として手を引っ張られて行った。
あの時のピンクは精肉場に出荷される牛みたいな表情だったな……後でピンクを労ってあげようと思う。
そしてイエローだけが俺の側にいるのだが、実は俺もイエローもスキルの熟練度を上げるという意味では訓練中なのである。
レッド達とは違って様々なスキルを所持している俺は、何処で何をしていてもスキル熟練度を上げる事が出来ちゃうんだよね。
それこそ市場で買い物してようが調理してようが鼻歌していようが……戦闘系以外のスキルはかなりの量になっているので、生活しているだけで何かしらのスキルを鍛える事ができる。
イエローが所持している〈メイド術〉スキルの場合、主人、つまり俺と一緒に何かをする、もしくは主人のために何かをするだけで、スキル熟練度が上がるというチートっぷりを発揮するらしい……。
上級スキルがやばすぎるよなぁ……。
っと、まぁ今は日本由来である〈リバーシ〉スキルを使用して次の一手を打つ事にする。
「じゃ俺はここに置くね」
パチリッと。
駒を置いて挟んだ部分をひっくり返せば、次はイエローのターンだ。
そんなイエローなのだが、頭上の狐耳をペタンと倒していて、いつもは元気に動かしている尻尾も、今はしょんぼりと垂れている。
「うう……僕が先に角を取ったはずなのに、どんどん不利になっていくんだけど……タイシ兄ちゃん手加減してよぉ……」
イエローが嘆きの声をあげている。
うーん……俺の〈リバーシ〉スキルは、日本にいた頃にテイムカードで召喚した従者達相手にかなり遊んでいるので、無駄に熟練度高いからなぁ……。
「イエローが本気でやってくれって言ったんだろう?」
俺も普段なら相手の力量に合わせて、ゲームに対応したスキルをオフにしたりする事もあるんだが。
「そうだけど、まさかタイシ兄ちゃんがこんなに強くなるなんて僕も思わなかったんだもん……」
「ほら、頑張れイエロー、確か……『タイシ兄ちゃんに勝ったら、僕のお願いを一つかなえて欲しいな?』だっけ? そういう賭け事をするのなら本気でやっていいって話だったろ?」
「うううぅぅぅ……」
イエローは次の一手を打たずに、泣きそうになってしまっている。
ううむ、ちょっと可哀想だったかな……。
俺は、テーブルを挟んで盤面を必死に見ているイエローの頭に手を伸ばし、狐耳の間に手を置き、優しくナデリコしながら慰める事にする。
「そんな泣きそうな顔するなよ、勝敗に関わらずイエローからのお願いくらい聞いてやるからさ、俺に何してほしかったんだ? 言ってみなイエロー」
ちょっと甘いとは思うが、俺専属の金髪ショートな美少女僕っ
そもそもイエローと勝負する前から、願い事は勝ち負け関係なくかなえてあげる気だったしな。
まさか勝負の途中にそれを言うはめになるとは思わなかったが、イエローを泣かせる訳にいかないしさ……ココやココパパにそれがばれたら、めっちゃ怒られそうってのもあるしよ……。
「いいの? タイシ兄ちゃん」
イエローが俺の手を自分の頭に乗せながら上目遣いで聞いてくる、ちなみにナデリコは継続中だ、ナデリコナデリコ……。
「勿論、俺のメイドさんからの願いを聞かない訳ないだろう?」
イエローへのナデリコを止め、戻した手でグッドマークを見せながらイエローを安心させる俺であった。
「僕がタイシ兄ちゃんの……えへへ……ありがとう、タイシ兄ちゃん」
「どういたしまして」
エヘヘーと笑みを零しながら返事するイエローに、どういたしましてと〈道化〉スキルや〈礼儀〉スキルを使い、少し大げさな身振りで手を自分の胸にあてながら頭を少し下げて返事した俺である。
こんな会話中でも、つい、スキルの熟練度を稼いでしまうのだよな俺は。
「それで、イエローの願い事ってのはどんな事なんだ?」
まぁ、イエローのお願い事なら、こういう事なんだろうなーという予想はしてあるのだけど……。
「えっとね、昨日食べた……エビフライだっけ? あの揚げ物がすっごい美味しかったから、次は満足いくまで食べたいなって思って……」
ですよねー。
イエローの願い事ならそうだよね、という内容だった。
「昨日提供したエビフライか……あれ? イエローは大きい奴を何本も食べてなかったっけか?」
一番大きい奴で三十センチくらいあったエビフライを、イエローは何本もお代わりしていたような記憶があるんだけど……。
「エルフの人達も合わせて皆で食べる席だったから、僕が独占するのは駄目かなって……」
「……遠慮して食べていたのか?」
俺の質問にコクリッと頷きを返してくるイエローだった。
そっかぁ……あんなに食べていたのに遠慮していたのか……。
まぁこの世界の人達って健啖家というか、スキルを十全に使うためにエネルギーが必要っぽくて、強かったり沢山スキルを持っている人ほど、食事の量が多くなるイメージがあるんだよな。
子供が遠慮して飯を食うなんて事をさせちゃいけないよな。
幸いにして、昨日の簡単クッキングの成果をエルフの人達に披露した結果、これからも皆で飯を食う流れになって、俺も調理人として参加する流れになったんだよね。
つまり今日の夕飯にでもイエローの願いをかなえる事が……あ……。
新鮮なエビはさすがにストックがないよな?
「こうしちゃいられないな!」
俺は椅子から勢いよく立ち上がる。
「わっ! ……いきなり立ち上がって、どうしたのタイシ兄ちゃん?」
「ちょっとそこの村で魚介類を仕入れてくる! このゲームは引き分けで終了って事でいいなイエロー!」
泥抜きとかを考えたら午前中に買い物に向かうのが良いだろう、てことで早くしないと!
「え? え? この雨の中で小舟を出すの? ちょっ、タイシ兄ちゃん?」
「イエローが食べたいエビをいっぱい購入してくるから待ってろ」
「エビフライはまた今度でもいいのに……僕のためにこんな雨の中でも買い物に行くっていうの? ……タイシ兄ちゃん……ぼ、僕のお願いだから急いでくれるの?」
ん? 雨の中を急いで?
いや、俺には異世界日本式〈生活魔法〉さんを使った結界があるから、強い雨の中でも散歩気分で行けちゃうし、そこまで感謝する事もないと思うんだけど。
でもまぁ、此処は少し格好つけてみるか〈道化〉スキルオン!
「こんな雨より可愛いメイドさんの方が大事だからな! そのお願いを聞かないなんて主人失格だろ? ……てことで、小舟を出して貰いに赤髪護衛エルフさんに頼んでくる! また後でイエロー」
とまぁ大げさな身振りで格好を付けてから、善は急げとイエローの返事も聞かず赤髪護衛エルフさんを探しに行く俺であった。
ちなみにその背後から、イエローが何事かを呟いていたような気がするのだけど……ちょっと全文把握する事は出来なかった。
確か『大好き』とかなんとか聞こえたから。
エビフライがそんなに好きになったんだろうか、いやー、これは頑張っていっぱい作ってあげないとなー。
さてはて赤髪護衛エルフさんは何処にいるかなーっと。
◇◇◇
後書き
読者の方なら分かると思いますが、イエローが呟いた『大好き』はエビフライの事ではありません。
離れていく大志の背中を見つめながら、尻尾を左右に機嫌よくユラユラと揺らしているイエローが。
頬を少し赤く染めながら両手を胸の前で結び、噛みしめるように『タイシ兄ちゃん……大好き……』と小さな小さな声で呟いた可愛らしい姿を、タイシは一切見ることが出来ていません。
とまぁ、タイシ視点の物語なので本文には書けなかった事を、ここで補完いたします。
◇◇◇
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