第107話 Fランクの簡単なクッキング

 対岸がよく見えない程の大河であるけども、追突防止や犯罪の防止のために、夜間の航行は特別な許可を貰っている船以外は禁止されている。


 つまりは日が落ちると川辺に近寄って停泊するという事で。

 今日も今日とて川辺から数十メートル離れた地点で停泊お泊まりです。

 ちなみに川辺から微妙な距離を置くのは、野盗対策らしい。


 この国の法律的には川の真ん中付近で停泊しなければよいみたいで、ついでに夜間には周りから確認できる灯りを船上で灯しておく必要があるらしので、この巨大木造クルーザーのマストにも灯り用の魔道具が設置できるようになっている。

 停泊しているそれぞれの船舶にプチ灯台を備えておくべし、みたいなイメージかな?


 あ、こんばんは、タイシです。


 今日の午前中にワニ獣人さんの村落に近寄り、彼らから新鮮な魚介類を仕入れた。

 なんなら、お野菜や鳥の卵なんかも仕入れており。

 水生系獣人とはいえ地上でも活動する彼らは、農耕と漁業と牧畜を全て行っているそうだ。


 そうして手に入れた食材を異世界日本式〈生活魔法〉を使って空中に浮かべて巨大木造クルーザーに持ち帰ったが、あまりの量に船員エルフさん達や仲間にびっくりされたという出来事もあった。

 相場より高めな購入だったみたいで、ワニ獣人さん達が売れそうな食材を次から次へと持ってくるんだもの……どれもが新鮮で美味しそうな物が多かったから、ついいっぱい買ってしまった。

 大きな港ならまだしも、普通の村では自分達が食べる分の余り物を売る程度なので、こんなにたくさん買える事はないはずなのだと赤髪護衛エルフさんが言っていたっけか。

 ま……俺の値付けがワニ獣人さん達の想定以上だったから通常より多めに買えたんだろうなとは思う。


 そのままお昼は食材の下拵えや泥抜きなどで忙しく過ぎていき、どうせならエルフさん達の分も一緒に作りましょうと料理係なエルフさんと一緒に過ごしていった。


 ……料理係な女性エルフさんとの会話で魚介の扱いについて、エルフ流料理術の話が聞けたのは良かったのだけど……。

 話の最中にちょいちょいと子供は何人欲しいとか、姫様の後に娶ってくれたら親族に紹介しに行きたいとか、そういう話をぶっこんでくるんだよね……。


 その肉食系料理係な女性エルフさんは、赤髪護衛エルフさんの部下だそうで、例の近衛部隊はハーレム婚をするという話の中に入っていそうなんだよな。

 この出迎えに従事しているエルフさん達はした女性だと言われ……そのが任務の事なのか、それとも俺との事なのかが怖かったので、詳しく問う事はやめておいた……。


 今は目の前の素材に集中しようって事で、異世界日本式〈生活魔法〉を駆使して様々な料理を作り上げていかないとな。

 油を使わないのに揚げ物が出来るのが本当に便利なんだよね。

 熱風が渦巻く空間に食材を浮かせておけばよいから、本当に異世界日本式〈生活魔法〉さんにはお世話になっている。


 しかも疑似的な悪意感知にも使えるし……デメリットというか仕様的に戦闘には使えないって所が不便と言えば不便かもしれない。

 例えば生活魔法で生じさせた熱風を、魔物に当てようなんて考えた時点で発動しなくなったりする。


 物を浮遊させる事が出来るなら重い物を浮かべて魔物に落とすとかも、それをやろうと術者が考えた時点で使用不可……まぁ近場に悪意ある存在がいると〈生活魔法〉さんは使えなくなるから、あまり意味のない考察ではあるのだけど。


 それと俺達を迎えに来たエルフさん達の中に、誰かを狙った暗殺者とかが含まれていると〈生活魔法〉さんが使えなくなったりもする。


 まぁ普通に存在する〈悪意感知〉や〈危機感知〉スキルを持っていればよい話なので、裏技的な使い方なんだけどね。


 さて、下処理も終わったし、料理を作っていこうかな。

 ちなみに巨大木造クルーザーの中には調理室も存在し、今は俺と肉食系料理係エルフさんしかいない。

 というか船の中の調理室なので狭いんだよね。


 俺が泊まったVIP用の一番良い部屋は、キングサイズを超える大きなベッドを備えた広い部屋だったんだけども、他の皆が案内された部屋はビジネスホテルっぽい狭さの個室だったみたいだ。

 まぁ大きな木造クルーザーとはいえ船の中ともなればそんな物なのかなーという感じ。


 ……まぁ結局イエローやレッド達女性陣は俺の部屋のベッドに潜り込んできたから……宛がわれた個室は荷物置き場にしかならんかった。

 俺の部屋に皆が泊まるのを見た赤髪護衛エルフさん達から、厳しい……いや……羨ましい物を見る目つきを受けた。


 というか、なんで羨ましがるんだよ君らは……。

 赤髪護衛エルフさんなんて『婚前交渉がしたいなら夜に誰かをお部屋に向かわせ……私が行きましょうか?』とか言い出すしさ。

 そういうのは一夜の遊びで誘ってくれと心底思ったさ。


 ……うん、まぁタイシも健全な男だからね、美人エルフさんに誘われて嬉しくない訳じゃないけど、手を出したら即結婚みたいなのはなぁ……昔のトラウマが呼び起こされる気がして心の奥がジクジクと痛むのよね。


 ……。


「さて、まずはこのピラルクーみたいな魚の白身をフライにしていこうと思います」

「揚げ物ですか!? 熱した大量の油を船の調理場で使うのはどうかと……」

 三角巾みたいな布で頭髪を覆っている料理係のエルフさんが難しい顔をしている。


 でも安心してくれ、俺の異世界日本式〈生活魔法〉があれば、揚げ物に油なんていらないのだ。

 それを料理係の女性エルフさんに教えてしまおう。


「ところがどっこい、俺の〈生活魔法〉があれば油を使わないでに揚げ物が出来ちゃうんですよ」

「油を使わないでに揚げ物が? 謎かけか何かの言葉お遊び的な物ですか?」


「いやいや、本当にに揚げ物が出来ちゃうんですってば」

「ええ? 揚げ物ですよタイシさん? そんなに出来る訳ないじゃないですかーやだーもう、冗談ばっかり言うんですからーあはは」

 料理係エルフさんは信じてくれないようだ。


 確かにこの料理係エルフさんとコミュニケーションを取る段階で冗談含みの雑談とかもしたけど、これは本当の事なのにな。


「仕方ないな、じゃぁ一緒にに料理していきましょうか」

「ふーむ、タイシさんが言うならお付き合いしますよ、そのな調理法ってのを教えて頂けますか?」

 まだあまり信じていないようだが、一緒に調理していく事には同意してくれ――

『タイシサン?』

「うわ!!!」

「きゃっ!」


 扉を開けっ放しにしていた調理室の入口に、顔を半分だけ覗かせたピンク色の生首が浮いている。

 ……って、入口から顔の半分だけこちらに出したピンクだったわ。

 体は廊下側に隠れているからだろう、入口の中ほどに生首が半分浮いているみたいに見えた。

 あー怖かった……ピンクの氷みたいな表情といい、幽霊か何かかと思ったわ。

 料理係のエルフさんもびっくりして俺に抱き着いてきてるじゃんか……。


 というか、よく見たらイエローの狐耳とか赤や緑の髪の毛がチラっと入口の端っこから見えるな。

 隠れてこちらを窺っていたとか、皆暇なのかな? っとまぁピンクに声をかけていこう。


「どうしたピンク?」

 俺がそう声をかけると、ピンクは体が全てこちらから見える位置に移動し。


「カンタンクッキングヲ、ワタシヌキデ、ヤロウトシテイマシタ?」

 と、何故か一切の感情を消した表情で答えた。


 ……簡単クッキング? む? あ?

 あー……あ! ああ!


 第三回をやるならピンクを相棒にするという約束していたけど……別に今回はそんな事をするつもりはなかったんだが……。


「いや、そんなつもりはなかったんだが……」

「本当ですか?」

 ピンクの表情がいつもの感じに戻っている。


 でもまだ少し表情が硬いなぁ……つまりピンクは俺と一緒に調理作業をしたかったって事だよなぁ?


 それならまぁ。

「でもまぁ『簡単クッキング』の相棒であるピンクがきたなら『出張版簡単クッキング第三回』を一緒にやるか?」

「やります!」

 お、ピンクの顔に笑みが戻っている。


 女の子は笑っている方が可愛いよな、よきよき。

 俺は近づいてきたピンクの頭を軽くナデリコしてから、髪の毛を覆う調理時用の頭巾を渡し、ピンクに異世界日本式〈生活魔法〉を使って奇麗奇麗にしていった。


 そうして調理助手の準備を終えたピンクと簡単な打ち合わせを始める。


 料理係エルフさんはその唐突な状況についていけず『え? え?』と困惑していたが、俺に抱き着いていた体勢からレッドやイエロー達に袖を引っ張られ移動し、食堂から持ってきて廊下に設置した椅子に座らされていた。

 調理室が狭いから、廊下に観客席を作るしかなかったみたいなんだよね。


 というか観客席を作るの早いなレッド達……。


 ……。

 ……。

 ――


 さて、準備も終わり、隣に立っているピンクと目配せしてから……。


「タイシと!」

「ピンクの!」

「「簡単クッキング~出張版! わ~パチパチパチパチ」」

 パチパチパチパチ。

 俺とピンクの拍手に合わせてイエロー達も拍手してくれる。

 料理係エルフさんだけは椅子に座りながらも、まだ困惑している。


「さてはてピンクさん!」

「はいタイシさん!」


「我々の簡単クッキングもついに出張版がやってきました!」

「まさか大きな船の中でやるとは思いませんでしたね~タイシさん!」


「そうなんですよピンクさん、木造船の中という事は火の扱いに気をつけないといけないという事です」

「つまりは、より簡単に作業して火の扱いを最小限にする簡単クッキングの出番という事ですね! タイシさん!」


「その通り! つまりは――」

「わーさすがはタイシさんです! ――」


 ……。

 ……。

 ――


 そうして第三回簡単クッキングを開催し、皆のディナーを簡単に作っていく俺とピンクであった。


 ちなみに、廊下に並べられた観客席なんだが、最終的に暇な船員エルフさん達が集まり、そこそこ盛況だった事をお伝えしておきます。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る