第105話 Fランクと新たな候補

 船上での調理の許可を得る事が出来た俺は、次の日の早朝、早速とばかりに魚を……。


「魚介をいただけたりは?」

「しません、こちらにも予定がありますので……」

 赤髪護衛エルフさんに申し訳なさそうな表情をさせる訳にもいかず。


「勿論自分で調達するつもりでした!」

 と、すぐさま手の平を返しておく俺だった。


 おはようございますタイシです。


 昨日の大型木造クルーザーでの船上ディナーの後に船内の部屋で一泊した。

 そして日の出前に起きて船上に来てみたら、すでに赤髪護衛エルフさんが起きていたので。

 朝ご飯用に材料とかくれないかなーとちょこっと聞いてみたんだけど……。

 そりゃぁちゃんと管理して用意している材料に余剰分なんてないよね。


 まだお日様が出て来ていないので、大型木造クルーザーは川辺に停泊中である。

 そうなると飯の材料を入手するには……。


「川を下っている間に何処かの港に寄ったりしますか? 飯の材料を買いたいのですけど」

「そうですね……海に出るまでに、いくつかの港で補給しますけど……タイシ君様達が食べる程度の量ならば、途中にある小さな漁村で買い求める方がいいかもですね」

 ちなみに船員のエルフさん達は全部で二十人くらいいます。

 一応全員と挨拶したけど、基本的な対話の窓口は赤髪護衛エルフさんになる。


「漁村ですか?」

「はい、水生系獣人が住む規模の小さな村が点々と川に面していたりしますので、そこで買い物をすれば獲れたての新鮮な魚が手に入るかと思われます」

 へぇ、市場の魚は輸送されている時間の分、古い場合があるからそれは確かに魅力的だな。


「水生系獣人? マーメイドみたいな存在が?」

 下半身が魚の尻尾で、上は貝殻水着を着たセクシーなお姉さんマーメイドを頭の中に思い浮かべた俺である。


「ああいえ、例えばこの近くの村でいうと手や足の指の間にヒレが付いていて、肌の大部分に鱗が生えている水生系獣人で……種族名は色々あるのですけど……人間は『魚人』と一括りにしがちなのですが……種族名が多すぎて私達エルフは水生系獣人と大きなくくりにして呼ぶ事が多いですね」

 うん……メバチやキハダやビンチョウを全て『マグロ』と一言で済ますようなものかな?


「その水生系獣人さん達に向かって『魚人』と言うと怒られる系ですか?」

「自分達の種族に誇りを持っている場合はそうなる事もありますね、カエルとか爬虫類系だと魚とは言えないですし」

 ああ、そういう方向もあるか……水生系獣人呼びでいいっぽいなら俺もそうしておこうかな。


 まぁそれはそれとして、気になる事といえば!


「ちなみに下半身が魚の尻尾的な種族はいますよね?」

「ほとんど女性しか生まれないマーメイド種族の事を指しているのなら、彼女達は海の方にいますよ?」

 セクシーなお姉さんマーメイド達はいるらしい、安心した!

 それにしても川にはいないのか?


「へぇ……この世界のマーメイド種は淡水……塩気がない水だと住み辛いとかあるんでしょうか?」

 俺が元いたダンジョンのある現代社会だと、ダンジョン内に出るマーメイドに淡水も海水も関係なかった気がするんだけど。


「いえ、彼女達は人種の女性達に嫌われていますので……内陸には住み辛い事が多いというだけの話ですね」

 え? 人間と敵対しているの?


「マーメイド種って知性のある人としての扱いを受けていないんです? 人間と争っているとか?」

「ああ、いえいえ、嫌っているのは人種の女性の一部からだけですので、男性からは好かれている? らしいですので、マーメイド種も人として扱われますね」

 女性の一部に嫌われて男性に好かれているとな?


「……ちょっと事情が理解できないんですけど……」

「マーメイド種はご存じの……先程言った通り、ほとんど女性しかいない種ですから……」


「ふむ……女性しかいないから?」

 まだ理解できないので聞き返していく。


「……えっと……マーメイドのほとんどは繁殖のために他種族の男性を必要とする訳でして……」

「ははん? あー……はいはい……男を寝取られた人種の女性陣がマーメイド達の事を嫌うと……そんな感じですか?」


「ええまぁ……エルフ族程ではありませんが、マーメイド種は見た目が美しいと言われていますから……」

 当たり前のように自分達の方が美しいとおっしゃる赤髪護衛エルフさんであった。

 まぁ確かにこの人も美人だけどさぁ……。


 でもこの世界の人間種の顔面偏差値はダンジョンのある現代日本より高い気もするし、そこまでの差はないような気がしないような……まぁこの話は言わない方がいいね、そうしよう。


「なるほどねぇ……だから人の勢力が強い内陸にはあんまりいないと?」

「ええ、人のというよりは女性の、と言い直した方がいいですけど……」


「マーメイドに美人が多いというのなら、彼女らが住む地域の側に移住したがる男性とか出てきそうだなーとか思うんですが、そこらへんどうです?」

 そろそろ魚の調達話から話が逸れて雑談になってきている気もするが、この世界の常識を知るためにはこういう話も必要だろう!

 うむ! 決して、NTR話とかそういう話が楽しいから聞いている訳ではないぞ?

 で、どうなの? 赤髪護衛エルフさん、ワクワク。


「……そういう話を聞いた事がありますね……人種だけでなくエルフ男性にも愚かな男が出た事もありますし」

 おお、やはりそういう事もあるのか。

 まぁ男女の恋バナなんてどんな世界にもあるし、エルフだろうがマーメイドだろうが人間だろうが変わらないんだろうな。


「なるほど……男ってのは美人に弱いですしねぇ……」

「……タイシ君様も美人がお好きなのですか?」


「ん? そりゃ美人やイケメンを嫌いな人っていますか? 私怨抜きの話で」

「私はそこまで顔に拘らない方ですよ? ですのでタイシ君様が旦那様でも大丈夫です!」


 ……ちょっと待て、それって俺の顔が……いやいやいや、エルフの顔面偏差値を基準にしているからの話だよな!

 俺だってちゃんと身なりは整えているし、白馬の王子様とまでは言わないが、雰囲気イケメンより上? であって欲しいような気がする……。

 うん、自分で自分の容姿を評価するのは難しいわ。


 まぁ赤髪護衛エルフさん的には俺の事を認めていると言う話なのだろうから、お礼くらいは言っておくかぁ……なんか納得いかんけど。


「男として認めていただきありがとうございます? ……ま、まぁ、赤髪護衛エルフさんくらい美人なら旦那さんは選びたい放題でしょうけどね~」

 お礼の言葉が素直に出なかったので、話を逸らす事にした。


「……」


 ん?

 あれ?


 赤髪護衛エルフさんが急に黙り込んでしまった。


「どうしました?」

「……タイシ君様……」


「は、はい」

 すごい真剣な表情で俺を呼ぶ赤髪護衛エルフさんである。


「侯爵様のお嬢様の護衛である私はそれなりの地位におります」

「ええ、侯爵領は小国みたいな物だと聞きましたし、姫様と呼ばれてもおかしくない人の護衛役なら……まぁ偉いのでしょうね」


「はい、つまりですね」

「つまり?」


「若くしてそんな名誉ある役職に抜擢された私の周りには……」

「周りには?」

 女性が話をしたがっている時は素直に聞く物だと、昔聞いた事がある。


「女性兵士しかいないんです!」

「ほほぉ?」


「お嬢様を護衛する部隊の隊長ですので、所属している兵士も女性のみであり……出会いがありません……」

「なるほど?」

 そういえば大型木製クルーザーの船員も女性しかいないから何事かと思っていたんだけど、もしかしたら赤髪護衛エルフさんの部下なのかもね。


 あれ? でもそんな隊長がこんな所にいていいのか?

 とまぁ気になったので聞いてみる事にする。


「出会いの事は横に置いておくとして、護衛対象の側を離れてこんな所にいていいんですか?」

「タイシ君様にも関係のある事なので勝手に横に置かないでほしいのですが……この出迎えはお嬢様の希望ですので、問題ありません」

 へぇ、銀髪エルフ少女の?


「希望ですか?」

「はい、将来の夫であるタイシ君様のお迎えは自分の手勢で行いたいという事でして」


 ……。


「……ん?」

「どうしました? タイシ君様」

 何かすごい事を言われたような?


「将来の?」

「夫ですね?」

 聞き間違いじゃなかったようだ。


「なぜ?」

「お嬢様にあんなに情熱的なプロポーズをしましたよね? あれは少し羨ましかったです」


「いやいやいや、その件は無知による誤解だったって侯爵様に伝わっているはずですけど?」

 銀髪お母さんエルフな侯爵様に、殺気をぶつけられた時に誤解は解けているはずなんだけど?


「侯爵様はそんな事はおっしゃってなかったですが……」

「いや、そんなはずは……」

 あの時侯爵様は確か……〈記憶力向上〉スキルからアーカイブに接続……。


 ――

『――別に謝罪はいらないわよ、あの子の精神が成長する良い機会だし、弄んだりしなければその気がなくても構わないわ、それよりあの子を無視とかしないであげてね? 結婚とかはどっちでもいいから――』

 ――


 うん、やっぱり婚約云々の話にはなっていないな。


「タイシ君様、急に眼をつぶって黙り込んでどうしたのですか? キス待ち顔ですか?」

 記憶アーカイブに接続していただけなので気にしないでください赤髪護衛エルフさん。

 というか何故キス待ち顔だと思ったんだよ……。


「いえ、ちょっと思い出してみたのですが、侯爵様はあのプロポーズが誤解だった事を受けて、ちょこっと俺に殺気をぶつけて話は終わったんですよ……なので婚約とかそういう話にはなっていないはずなんですけど……」

「え? そんなはずは……」


 俺の記憶に間違いはないから、何処かで話が途切れているのだと思うけどなぁ……。


「たぶん勘違いですよきっと、向こうに着いたら確認してみましょう」

 うん、そうに違いない、ハハハ……俺はそう思う事でこの件を未来の自分に放り投げる事にした。


「そんな! ……ではタイシ君様が私の夫になる話はどうなってしまうのですか?」

「へ? お嬢様との婚約がどうこうっていう話でしたよね?」

 何故そんな話が出て来るんだ?


「エルフのというか近衛部隊の慣習として、部隊に所属する者は、主の夫の側室に入る事が多いのです……もちろん志願制ですので部隊員全員という事にはなりませんけど……」

 なんだその慣習は……とかいう不穏なワードすら存在するんだけど……。

 まぁそれはそれとして気になる事が一つ。


「主が男で近衛部隊も男の場合、その主の配偶者女性に護衛部隊の男性が婿入りするという、逆ハーレムもあるのだろうか?」

 これも気になる話だよね? 文化の違う世界だし、びっくりするような慣習があってもおかしくないよね。


「いえ、森エルフの侯爵領は女性優位な士族ですので、侯爵様も女王と言ってもよい地位にあらせられますし……近衛が付くようなお方は女性しかいません、そもそも我らが士族は女性人口が多いですから」

 逆ハーはないのか……というか女性優位社会で女性人口が多いのか……。


「そうかぁ、逆ハーレムはないんですねぇ……」

「私共の回りではそういう話にはならないというだけで、市井ではたまに聞きますけどね」


「ほほう! それは詳しく聞かないと!」

「タイシ君様? 私の嫁入り話を有耶無耶にしようとしていませんか?」

 ギクッ!

 く……話を逸らす作戦が見破られた……。


「あ、あーっと……プロポーズが誤解だったので、そのお話もなかった事になりますかねぇ?」

「そんな……やっと私にも出会いが来たと思い、張り切ってお迎えに来たのに……」

 赤髪護衛エルフさんと俺は船上で立ち話をしていたのだが、彼女はガクッと床に膝を着き、なおかつ両手を床に着けてしまっている。


「えーっと……元気出してください?」

 俺が慰めていいのか分からんが取り敢えずそう言って、床に伏せっている彼女の肩をポンポンと叩いておく事にした。


 だが赤髪護衛エルフさんは、しばらくすると、スクッと立ち上がり。

「タイシ君様、この話は侯爵領に着いてから、じっくりと侯爵様やお嬢様を交えて話しましょうか? 今は私や部下達の事を知っていただけるだけで良しとします」


 と……何故か俺と赤髪護衛エルフさん達がお見合いをしているかのような物言いをして話を打ち切るのだった。


 これは……始まりが誤解だったとしても諦めないという意思表示なのだろうか?

 司書エルフさんといい、エルフって肉食系なのかもなーと思った俺である。

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