第104話 Fランクの優雅な夕飯?

「船上ですので豪華な夕餉とは言えませんが、どうぞお楽しみください」

 赤髪護衛エルフさんは俺達とはテーブルを囲まず、側に立ったままで夕ご飯を勧めてくる。


「ありがたくいただきますね赤髪護衛エルフさん」

「女神様に感謝して「「「いただきます!」」」」

「ます」

 俺以外の皆は早速とばかりに目の前のご飯に手を付け始める。



 こんばんはタイシです。


 大型木造クルーザーに乗って数時間、日が落ちて夕飯の時間になりました。

 この国の船舶法とやらでは、特別な許可を得た船以外に夜間の航行が認められていないらしく、俺達の乗っている船は川岸に寄った地点で錨を降ろして停泊中である。

 野盗とか陸の魔物を警戒するので、完全に川岸に着けたりはしないっぽい。


 大きいクルーザーの内部には食堂もあるのだけど、初めての船旅という子も多いので、最初くらいは優雅にと、船上デッキにテーブルや椅子を並べて夕ご飯を食べるスタイルにしてくれたみたいだ。


 今は月が二個出ている時間なので夜といえども周囲の風景もうっすら見えるし、俺達と同じように停泊している船の明かりが遠くに見えたりもして、夜とは言え趣がある感じだ。

 豪華クルーザーの船上でディナーとか……日本なら何万円も取られるやつだよなぁこれ。


 長方形テーブルの長い側面に三人ずつ座っているのだけど、俺の左にはイエローとグリーンが並んで座っていて、レッドとピンクとブルー君が対面にいる状態だ。

 そして赤髪護衛エルフさんは俺の右側に立って説明役や給仕係を兼任してくれている。

 他にも船員のエルフさん達はいるのだけど、基本的に俺達の相手をするのは赤髪護衛エルフさんと決まっているみたいだ。


「もぐもぐ……昔なら喜んで食べたんだけどね……」

「タイシさんのご飯を毎日のように食べている弊害ですね……もぐもぐ」

「ズズズッ、スープに香辛料も使われているし、王都の二区でも通用する味だと思うよ?」

 レッドとピンクとブルー君がご飯の感想を言い合っている。


 夕飯のメニューは具沢山で香辛料としてクミンっぽい物や他数種類が入ったスープと白パン、それと川魚のムニエルっぽい物に、小めな魔物肉ステーキ、そしてデザートに果物だ。

 ……王都三区の一般的なご飯事情とかを知っていると、船上で出されるご飯としたら豪華な方だと思うんだけどな。

 スープに塩と素材以外の味付けを施されている時点で、三区ではあまり見かけない感じはするよね。


「あの……お気に召しませんでしたか?」

 レッド達の反応が鈍い事に気付いた赤髪護衛エルフさんが、俺の右側から声をかけてきた。


 俺は赤髪護衛エルフさんの方を向き、視線を合わせながら。

「いえ、彼女らは舌が肥えてしまっているんで、気にしないでください」

 とまぁ、フォローになっているのか分からないフォローをしておいた。


「もぐもぐ……そういえばタイシ兄ちゃんのお魚料理って食べた事あるっけか?」

「フルフル」

 イエローが隣に座っているグリーンに話しかけ、グリーンは頭を左右に振りながら『フルフル』と口に出している……グリーンのそういった言動に慣れてきたのか知らんが、誰も突っ込まないんだよなぁ……。


 って魚料理ってした事ないっけか?

 ……あれ? ないかも?

 三区の市場には色々な食材が出回っていたけど、ダンジョン産の肉と三区の畑からの野菜や穀物が安いからなぁ……。

 いっぱい食べる子達がいるクランの台所事情としては、お安い食材を使うのは致し方なしって所だったんだよね。


「この魚って買った物ですか? それとも自分達で釣った物ですか?」

 俺は川魚のムニエルっぽい物をフォークとナイフで切り分けながら、赤髪護衛エルフさんに質問する。

 折角料理の説明係として側に立っている訳だしね、話題を振るのがマナーだよな。


「その魚は料理係の者が王都の船着き場市場で買い付けた物です、えっと、釣りに興味があるのでしたら、遊戯としての釣り道具なんかは船内倉庫にありますから、移動の途中で試してみますか?」

 おっと、どうやら釣りをしたいのかと思われちゃったみたいだ。


「ああいや、そうではなくてですね、うちの子達に俺の作った魚料理を食べさせてあげたいなと思いまして」

「あ、なるほど……確かにタイシ君様が作られたチョコ菓子は美味しかったですし……料理系の能力は持っていそうですよね」

 持っていますか? と直接的に聞いてこないあたり、少しは気を使っているのだろう。

 冒険者に手持ちのスキルを聞くのはマナー違反らしいしな。

 臨時でパーティを組んだ時とかは別の話だけどね。


「え、タイシ兄ちゃんが料理してくれるの?」

 イエローが俺と赤髪護衛エルフさんとの会話に混じってきた。

 イエローの声質は喜びを秘めた物であり、俺が作る魚料理が食べられそうな事が嬉しいみたいだ。


「私もタイシの作る魚料理を食べてみたいわ!」

「私もタイシさんを食べたいです!」

「……」

 イエローのセリフの後にレッドやピンクやブルー君も続いて……いや、ブルー君はピンクの後に何か言うのを嫌がったのか、沈黙で応えていたね。

 取り敢えずピンクには、後で本気のデコピンをしておこうと思う。


「シースー……」

 そんな中でグリーンがポソリと一言呟いていたのだが……ここはまだ川だし、基本的に川魚で新鮮なネタを使った生の寿司は無理だからね?

 鮒寿司とかは発酵させてあるしな。


 というかこの世界の魚に寄生虫がいるのかとか知らんしさ……ってそういや、今までにそういった話を聞いた事ねぇかも?

 ……冒険者ギルド直営食堂や公爵家の厨房を借りた時に料理人達と雑談したりするのだけど……肉や野菜の扱い方の話しか、した事なかったかもなぁ……ふむ……後でエルフの料理係さんとやらに聞いてみるか。


 寄生虫もいるかいないか怪しい所だけどね……。

 だってさぁ、この世界って小さな虫とかが不自然に少ないからな……そういった存在が担っている自然環境を調整する役割はスライムがやっちゃっているっぽいしな。

 下水が流れ込む王都南東の臭い湿地帯も、匂いは結構酷いが小さな羽虫とかは飛んでなかったし。

 女神や眷属神がそういう世界となるように管理しているとか?


 ……まぁ、大きい虫は魔物としてそこらにいるらしいから、虫嫌いに優しい世界って訳じゃないのだけども……人より大きいカマキリとかムカデとかいるらしいしな……。


 ……答えてくれる人がいない問題を今考えても仕方ないか。

 今考えたような事はいつか誰かに質問するとして、今は。


「とまぁこんな感じで仲間も期待しているようなので、船内で調理してもいいですか?」

 てな感じで赤髪護衛エルフさんに聞いてみる事にする。


 赤髪護衛エルフさんは、しばらく何かを考え込んでから……ゆっくりと口を開く。

「そうですね……この船は火に対する様々な対抗処理をしてあるとはいえ木造船なので……火の扱いをちゃんとしてくれるのなら許可しましょう、なんならうちの料理人に指示を出す形とかでもいいですよ?」

 そういや、全長百メートル近くある豪華高速クルーザーに乗船! ってなイメージでいたけど、木造だったなこの船。


 でも安心してくれ赤髪護衛エルフさん。


「あ、大丈夫です火は使いませんから」

 多機能オーブンレンジみたいな使い方が出来る俺の日本式〈生活魔法〉さんがあれば、調理に火なんていらんのだ!


「え? 料理なのに火を使わない? えっと……生で齧るのですか?」

 赤髪護衛エルフさんは困惑し……そして。


「タイシさんの理不尽な非常識さがまた広まってしまう」

 ブルー君がポソリと呟いた言葉はしっかりと俺にも聞こえているからね?


「誰が理不尽で非常識だ、失礼な」

 と、俺はブルー君に突っ込みを入れたのだが。


 その時テーブルに着いていたイエロー以外の皆が俺を指さしてくるという、摩訶不思議な現象に立ち会う事になった……。


 ……おや?

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