第101話 Fランクは雨期を学ぶ
「うーん、今日も雨が降りそうな天気だなぁ……」
「そうだねぇタイシ兄ちゃん……」
おはようございます、タイシです。
今日もベッドで上下左右から囲まれた状態をニュルリとウナギのごとく抜けだし、朝食の準備をしています。
イエローは俺の次に早起きしてきて色々と準備を手伝ってくれるのでありがたく『それがメイドさんのお仕事だからね!』とはイエローの弁である。
ある程度の仕込みも終わり、後は皆が起き出してくるのを待つのみであるのだが、食堂の窓から見える早朝の天気はどんよりとした曇りで、今にも雨が降ってきそうだ。
「そういえばイエロー、雨期ってのはいつまで続くんだ?」
俺と一緒に窓の側まできて外の天気を眺めているイエローに、雨期の期間を聞いてみた。
「んー? えーっと……一カ月前後かなぁ? 精霊の気分次第とかなんとか?」
ほ、ほほう? 季節って精霊さんが決めているの? それとも科学が発達していないからそういう表現になっているって事?
とまぁイエローから返ってきた返事は予想外の物で。
「精霊が季節をなぁ……」
ダンジョンのある現代日本でも精霊系の魔物がダンジョンに湧いたりしたけど……広範囲の季節を操れる程強い力を持った精霊ってのは……俺が知っている限りの情報だと聞いた事ねぇかもな。
まぁ俺の実力では潜れない階層とかにいたのかもしれんけど……。
そうして精霊と雨期の関係性に疑惑の念を抱いていると、イエローが俺の服をちょこんと摘まんで揺らしながら。
「そういえばエルフ族は精霊と親和性が高いとか? 冒険小説の中に書いてあったけど……どうなんだろうねぇ? タイシ兄ちゃんはどう思う?」
なんて事を聞いてきた。
「ふむ……ファンタジー世界だしな、そういう事もあるのかもしれないな」
「幻想世界?」
ほう『ファンタジー』はそうやって翻訳されたのか。
「エルフの侯爵領に行くんだし、聞いてみてもいいかもな」
「そうだねタイシ兄ちゃん、そろそろお迎えが来るんだよね?」
「ああ、公爵様の使いからの伝言だとそうなんだけどな……まぁこんな雨期の中、街道を馬車で移動するのは大変だし……ちょっとずれ込むかもな」
「え? 馬車で来るの?」
「ん? 馬車以外でどうやって来るんだ?」
自動車とかもないだろ?
公爵様から俺の事を銀髪お母さんエルフな侯爵様に伝えて貰ったら、向こうから迎えをよこしてくれるって話だったから……馬車を出してくれるんじゃねーの?
「うーん、森エルフの侯爵様クラスなら、テイムされた飛竜とかグリフォンを使った移動手段を使うんじゃないかなぁ?」
イエローが不思議な物を見る表情で俺の勘違いを正してくる。
……いやまて! 不思議なのは俺の方だわ!
そんなファンタジーな移動手段なんて俺が知らなくて当然だろ?
「イエロー……俺はそんな移動手段の事を初めて聞いたんだが……この世界では一般的なのか?」
「あ、そうか、タイシ兄ちゃんは異世界から召喚されたんだったね……えーっと、王侯貴族の間では知られているってコーネリアお姉ちゃんが言ってたかも?」
「そっかぁ……」
ファンタジーだなぁ……。
というかテイマー大活躍しているじゃんか……三区あたりだと恩恵がないから知られていなかったとか?
飛行機のある日本から来た俺が空を飛ぶ移動手段に考えがいたらないとか……ちょっとこの世界を舐めていたかもな。
それと、科学技術が進んでいないだけで、魔法関係の学問がすごいのかもしれないし……実はダンジョンのある現代日本よりも文明が進んでいる可能性だって……。
……ないわ。
飯の美味さだけでも日本が圧勝しとるわ。
でもまあ、もっとこうファンタジー世界の謎技術を覚悟しておいたほうがいいかもな。
「飛竜やグリフォン便があるなら、魔導飛行船とかもあったりな、ハハ」
とまぁ笑い話を挟みつつ、そろそろベーコンを焼き始めるとするかなぁ――
「……一応……似たような事を聞いた事あるよ?」
ホワッツ?
……。
……。
「魔導飛行船あるの!?」
イエローの方に向き直りその両肩を掴んで勢いよく聞いてしまう俺だった。
だって魔導飛行船だよ?
ファンタジー小説なら鉄板のワクワク展開になるじゃん?
「えっと、タイシ兄ちゃんみたいな異世界から来た人が空を飛ぶ大きな乗り物? とかなんとかを言い出して? それならば船を飛ばそう……とかそういう話を前に本で読んだ事があって……でも実物は見た事ないんだけど……」
そういやイエローは冒険系の本が好きでたくさん読んでいたんだっけか。
そういった異世界地球の技術が知れ渡っているのなら、飛行船が存在する可能性はワンチャンあるよな。
まぁ飛行船は無理でも、気球くらいなら……。
あ、飛行船の場合……水素を使った飛行船じゃない事を祈る……まじで祈る!
「まだまだこの世界の知らん事が多いよな……でもこのあたりで空飛ぶ物体なんて鳥や獣でしか見かけた事ないから……実はこの国って技術的に遅れている説があるか?」
「うーんと……僕はそういった話は知らないかも……ごめんね? タイシ兄ちゃん」
「いや、イエロー、世界は広そうでワクワクしてきたよ、教えてくれてありがとうな」
イエローの狐耳を触らないように気をつけつつ、頭をナデリコしながらお礼を言う俺だった。
「ふふ、くすぐったいよタイシ兄ちゃん、エヘヘ」
そうしてイエローの尻尾の振り方が落ち着くまでナデリコを続ける。
……尻尾の振り方が落ち着いてきたら、もう満足したという事なのだ……。
……。
「さて、じゃぁ皆が起き出してきた気配もするし、朝食の準備を再開するか」
食堂の入口方面から人が廊下を歩く音が聞こえてきていた。
「うんタイシ兄ちゃん! じゃぁ僕は食器を並べるね?」
「ああ、おれはベーコンを焼き始めるから、食堂の方はよろしくなイエロー」
「了解だよ!」
イエローの元気良い返事を聞きながら厨房へと入っていく俺だった。
……。
……。
――
皆で朝ご飯を食べ終えた頃に雨が降ってきた。
侯爵家からのお迎えがいつ来るのか分からんので、冒険者業をお休みしている『五色戦隊』と俺は、遊びに行く訳にもいかず、ちょっと暇である。
雨降りの中、女神教会の孤児院とかに差し入れに行くのもナッツ黒パンが湿っちゃいそうで嫌だしなぁ……。
そうそう、アネゴちゃんからの報告では教会の参道で始めた屋台の方は今の所順調らしく、雨期であるにもかかわらず野菜果物ジュースは即完売するし、パイタンスープや燻製肉サンドやポテサラサンドも売り上げ好調らしい。
そして何より器返却時に渡している『ジャーキー』が好評らしい。
この前空いている時間に様子を見に行ったんだけど、野菜果物ジュースの作成担当である二人はそろそろ教会で夫婦の宣誓しようかと相談しているらしく……イチャイチャイチャイチャしながら嬉しそうに語っていたっけか……。
側にいた他の調理担当達がイチャイチャを羨ましそうな目で見ていたけど、あいつらも屋台からの収入でそれなりの稼ぎになっているはずだし、異性からモテるようになるんじゃないかなというのが、アネゴちゃんの予想だった。
この世界ってさ、イケメンや美人の価値が日本より低いというか……甲斐性がある事の価値が高いっぽいんだよねぇ。
大工の娘ちゃんとか冒険者ギルド直営食堂のウエイトレスの皆が俺を狙っていたのも、性格がどうのこうの言われたが、かなり稼げそうな調理の腕がある事が前提なんだろうしな。
そもそもこの世界って、日本より顔面偏差値が高い気もするんだよなぁ……あからさまな悪党顔とかがいない訳じゃないんだけど……洋画に主役で出て来そうな渋いイケオジとか美人女優になれそうな女性がそこらにいっぱいいるというか……。
うーむ……女神の趣味とか? それとも見た目か能力どちらかが優秀だったりしないと血筋を残せない厳しい生存競争がある世界の可能性も……。
……俺はこの厳しい世界で生き残れるのだろうか……。
とまぁよく分からん事を考えていたら俺に声がかかる。
「それでタイシ、今日はどうする?」
ご飯を食べ終えた食堂で皆がまったりと雑談している中、真っ赤な髪の毛をポニーテールにしているレッドが俺に話を振ってきたのだ。
俺はレッドへの答えを保留して窓の外を見たが、雨が強くなってきていた。
食堂の大きなテーブルの向かいに座るレッドへと視線を戻した俺は。
「そうだな……三区の住民はこういった雨期の時はどうしていたんだ?」
この世界の常識を知っておくために質問を返す事にした。
「私の家? えーっと、国の警備兵なお父ちゃんは雨でも関係なく仕事だし……私はピンクの家に行く事が多かったかなぁ?」
レッドは片手の人差し指を自分のアゴに置き、何かを思い出す仕草をしながら教えてくれた。
俺はその答えを聞いて、レッドの隣の席に座っている、桃色の髪の毛をミドルボブにしているピンクに視線を向けた。
俺と視線が合ったピンクは、何故かウインクを俺に返してから。
「うちは農家なんで雨でも仕事はたくさんありましたからね、レッドにはよく手伝って貰いましたっけか」
と、隣のレッドの腕に巻き着くように抱き着いてイチャイチャしながら答えてくれた。
レッドは『そうだったわねぇ』なんて返事をしている。
この二人は幼馴染で仲が良いよなぁ。
「ピンク、雨が降った農家の仕事って、どんな事をするんだ?」
仕事の内容が気になった俺はピンクへと質問していく。
「えーっと、雨が降ったら畑作業は最低限で済ませて、倉庫にたくさんある稲わらや麦わらを使って、縄や雨除けの蓑を作ったりストローを作ったりとかですかねぇ?」
「ほう……わらをそんな風に使うのか……」
「雨期が終わるとまた暑くなりますし、野菜畑に麦わらを敷いたりとか色々使うために倉庫にたくさんわらを置いておくんです、それに、わら縄なんて作れば作っただけ商人が買い取ってくれますから、子供達のお小遣い稼ぎに丁度良かったりするんですよ?」
「今思うと、大人が両手を広げた長さ五回分のわら縄で銅貨一枚はやっすいわよねぇ……」
ピンクの後に発言したレッドの言った内容は、子供のお小遣い稼ぎの厳しさを知れるものだった……。
まぁ下請けの内職はそんな物だよな……それか、子供が商人に直接取引をもちかける訳じゃないだろうから……親を通した取引時に少し抜かれているのかもね……。
世知辛いなぁ……。
「って、俺が聞きたかったのは仕事の話じゃなくて、休暇をどう過ごすという話なんだが?」
悲しい話になってきたので話の流れを戻す事にした。
「お休み? えーっと……やっぱりピンクと家で会話とかかしらねぇ?」
「そうですね、雨のせいで外で遊べないとなると……そんな感じだったかもですタイシさん」
そういえば三区には遊び道具とかも流通していなかったな……それならブルー君にでも聞いてみようとした所、ピンクが何かを思い出したように声をあげる。
「あ、雨の時に仕事がないと両親や兄夫婦が必ずやる事がありました!」
「ほう、農家の人達は何で暇つぶしするんだ?」
「寝室に二人で入っていって、子供達に絶対に入るなと言ってくるんです!」
「……ああうん……もういいや……ええとじゃぁ二区での話をブルー君に……」
俺はもう聞かなくていいやと話を変えようとするが、ピンクはそんな事では止まってくれなくて……。
「おかげでうちは兄妹がいっぱいになるという始末でしたが……という事でタイシさんも同じ事を私としませんか? 丁度雨ですし!」
「せんわ! そういう事はお前らが十六になってから考えるって言っているだろう!?」
ピンクがアホな事を言ったので、それを嗜める俺。
「ほほーう、つまり私が十六になったらそういう事をしてくれると? 言質取りましたからねタイシさん!」
なんて、ピンクが嬉しそうに言いやがった……。
「いや、結婚とか恋人とかそういう事をその頃になったら真剣に考えるって話でだな――」
「あーあーきーこーえーまーせーんー」
窓の外の雨は益々強くなる中、俺とピンクの攻防……口防が食堂で繰り広げられる。
イエローとかレッドが参戦してくる前に、言質云々の勘違いを正しておかないとな……。
ちなみにブルー君は傍観者で、グリーンは人見知りなので気配を消している。
そんな、雨が降る休日のひと時であった。
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