第98話 Fランクは待機する

 公爵様に怒られたり呆れられたりした話し合いの翌日。

 俺は『五色戦隊』のお財布として買い物に付き合う事になった。


 昨日の夜に公爵家に渡したテイムカードの買取値を皆に教え、それを元に報酬を分配した結果……、一人あたりのタイシ銀行への貯蓄額が84万6千エルというかなりの額になっていて。

 その額の大きさにレッドとピンクは驚愕し、グリーンは目を見開き、ブルー君は……アネゴちゃんには見せられない表情をしていた……。


 イエローだけは金額に驚いていなかったが、俺が購入したお屋敷が40万エルだと教えると『え? このお屋敷が2個買える額なの!?』とびっくりしていた。

 一応このお屋敷は教会のハゲ司祭さんがお安めに提供してくれたので、普通なら一つしか買えないんだよと補足しておいたけどな。


 それでも、サッカー場が丸ごと余裕で入りそうな敷地と、ペンションみたいなお屋敷が買えるだけで十分すごい額だよね。


 そんな訳で、装備購入予算に余裕の出た皆がウキウキとダンジョン街の商店街区画へと繰り出している訳だ。

 それぞれの欲しい物が違うので皆はバラバラに行動をし、俺は必要な時に必要な人のお財布として付いて行くという感じになる。


 まずは冒険者ギルドで〈生活魔法〉のスキルオーブをブルー君とグリーンが買い、そこからは皆それぞれ欲しい物を探しにお店を渡り歩く。

 ダンジョン街の装備品を扱うお店なんかは同じ区画に揃っていて、俺と言うお財布はその商店街の外れというか、隣接している冒険者横丁の端っこのフリースペースの椅子に座り待機している。


 こういう時にモバイル端末のない世界は大変だなぁと思っちゃうね、しかも三区には時計がないからなぁ……たまに日当たりの良い場所に日時計が設置されていたりする程度だ。


 それと、三区の商店にはガラス窓なんて物はほとんど見かけない……小さい明り取り用にちょろっとあるかなぁ? 程度。

 俺のお屋敷や教会や、二区以上の街並みや公爵様のお屋敷なんかには普通にガラス窓が……いや待て……あれってガラスだよな?


 ……ちょっと自信なくなってきたわ……何かの魔物の素材から作った謎の透明な素材という可能性がワンチャンあるかもだけど……まぁ透明な素材を使った窓なんかはある所にはある。


 ただまぁ乱暴な客もいる冒険者街のお店となると、大通りに面したお店の表側にショーウインドウみたいなのを見かける事はないんだよね。

 なので商店街の大通りを歩きながらのウィンドウショッピングなんてのは出来ない。


 ガラスの値段が高いのか、泥棒対策なのか……まぁその辺が理由なのかなーとは思う。


「暇だねぇタイシ兄ちゃん……もぐもぐ」


 俺と一緒にフリースペースのテーブル席に着いているイエローが、俺の渡したジャーキーをもぐもぐしながら暇そうにしている。


 イエローは前に俺と相談した結果、お金の使い道はスキルオーブを買うか俺からのカード購入にするかって決めたからね。

 スキルオーブを買うにしてもどうせなら〈身体強化〉とかが欲しいらしいので……そうなると今の予算では王都の相場だと買えないっぽいんだよね。


 なのでイエローは俺と一緒に待機組になる。


 ジャーキーを食べ終わり寂しそうな表情を見せるイエローを見た俺は、〈引き出し〉から蟻蜜きな粉棒を出し、小さなテーブルを挟んだ対面に座るイエローの口元へと差し出していく。

 イエローはその蟻蜜きな粉棒を見ると、嬉しそうにパクッとその小さな口で咥えてくる。


 イエローが端っこを咥えたのを確認した俺は、蟻蜜きな粉棒から手を放す。

 するとイエローは唇の動きだけで蟻蜜きな粉棒を口の中に入れた。


「味はどうだ? 蜂蜜はちみつより安い蟻蜜ありみつで作ってみた蜂蜜きな粉飴の改良版なんだけど」


 ダンジョンから採取されている蟻蜜や蜂蜜なんだが、蟻蜜の方が安く流通しているんだよね、ちょっと蜂蜜と風味が違うけど、蟻蜜も美味しいと思うんだよな。


「モグモグ……もぐもぐ……ごくりっ……少し甘さ控えめだけど、十分美味しいよタイシ兄ちゃん! お代わり! あーんっ」


 小指くらいの長さの蟻蜜きな粉棒だったのに、一瞬で食べ終わっちゃったみたいだ……。

 まぁ柔らかいから噛むとすぐ崩れて無くなっちゃうお菓子だよね。

 口の中で転がして飴みたいに楽しむのもありなんだよ?


 それはそれとして。


 いつもの防御用の魔法が付与された金属片とかがついている戦闘用メイド服と違って、通常用メイド服を着た可愛らしい俺専属の僕っメイドさんが、あーんって口を開けてこちらに向けていたら、何かを食べさせてあげないといけないなと思ってしまう。


 なので俺は〈引き出し〉から、今度はお高い砂糖やバターを使った高品質なクッキーを取り出し、イエローのその小さな口にクッキーの端っこを入れてあげた。


 するとイエローは、クッキーの端っこをハグッと唇で咥えて、そのまま手を使わずにモグモグと口の中へとクッキーを吸い込むように食べていく。

 ……結構大き目のクッキーだったのに……器用だね……。


「そのクッキーはな、女神様に奉納する予定のお菓子だったんだが、ちょいと形が悪くて間引いた奴だ……あんまり数がないから皆には内緒な?」


 俺はイエローに向けて自分の唇に人差し指を置き、内緒のポーズを見せていく。


「もぐもぐ……内緒了解だよタイシ兄ちゃん……もぐもぐごくりっ……確かに高級な味がしたかも……前にいっぱい食べさせて貰ったチョコ菓子みたい……普段作ってくれる素朴な味のお菓子も好きだけど、タイシ兄ちゃんが本気で作るお菓子はやっぱり最高に美味しいね!」

「へぇ……イエローはあの時出したチョコ菓子と、三区の市場で買った材料で作ったお菓子の素材の違いに気付いているのか……何でも美味しい美味しいって言って食べてくれるけど、意外に舌が敏感なんだな」


「そりゃ分かるよ、僕の……えっと……」


 イエローはそこで言葉を止めて周囲をキョロキョロしだした……ん?

 ……ああ……俺は日本式の〈生活魔法〉スキルで遮音結界を発生させた。


 その気配を感じ取ったのかイエローがさっきのセリフの続きを話してくれる。


「ありがとうタイシ兄ちゃん、メイドさんはね、お茶会で出されるお茶や軽食の味を確かめる能力だって必要なんだよ?」

「なるほどな……」


 上級スキルである〈メイド術〉には、そういう能力も含まれているって話かね。

 結界を張っても尚〈メイド術〉という単語は口に出さなかったイエロー。


 俺やココやココパパがイエローに、人が聞いているかもな場所で自分のスキルの性能とかを軽々しく話すなって注意した事をちゃんと守っているんだなぁ……。

 その配慮はすごく偉いので、手を伸ばしてイエローの頭をナデリコしていく。


「ふふ、くすぐったいよタイシ兄ちゃん」


 イエローはそんな事を言いつつも、尻尾を元気に左右に振りながら嬉しそうにナデリコを受け入れている。

 フリースペースの椅子は背もたれのない丸太みたいな奴なので、その尻尾の動きが丸見えだった。

 十ナデリコくらいで終わりにし、手を元に戻すと。


「俺はここで皆がお財布を呼びに来るのを待っているからさ、暇ならイエローはあっちの屋台を回ったりしてきてもいいんだぞ?」


 と、イエローに暇つぶしをしてきたらどうだと、冒険者横丁を指さしながら提案する。

 俺の〈引き出し〉の容量にも限界があるからな、イエローの食欲を満たす程の分を放出してしまうとカラッポになってしまう可能性がある。


「タイシ兄ちゃんとお話をしている方がいいから、僕は大丈夫」

「そうか?」


「うん!」


 イエローの元気な返事を聞きつつ、それじゃぁ何の話をしようかねぇと考えていると。

 商店街の一軒の店から出てきた……あれはレッドか?


 レッドがキョロキョロと周囲を見回し、俺とイエローに気付くと手を上げて振りながら、こちらへと小走りで向かってくる。

 それに気付いた俺とイエローは、お互いに視線を合わせてから頷き、椅子から立ち上がる。


「お財布の出番みたいだ、行くか、イエロー」

「うん! 行こうタイシ兄ちゃん!」


 イエローは元気よく応えると、俺の手を取り、レッドのいる方へ向けて引っ張るように足を速める。

 さて、レッドはどんな装備に決めたのかね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る