第97話 Fランクと熱々の……
「お前って奴はよぉ……」
おはようございます、タイシです。
今俺は公爵様に早朝から呼ばれていて、お仕事用の応接室で公爵様と向かい合ってソファーに座っています。
朝早くからお屋敷にセバスさんが訪ねてきたので、びっくりしました。
そして向かい合ってからの公爵様の第一声がさきほどのセリフです。
「俺、またなんかやっちゃいましたか?」
俺の中の〈道化〉スキルが暴れたので、しょうがなく例のセリフを吐いてみました。
「あ? ふざけてんのか? 公爵家の権力で磨り潰されたいか?」
公爵様には異世界日本のオタクギャグは通じないようです。
なので俺は目の前のテーブルにオデコが付くくらいの深さで頭を下げて謝る事にした。
「申し訳ありません、何でもするので許してください」
ちなみに公爵様が怒るというか呆れている理由については……思い至る事が多少ある。
「頭を上げろタイシ……というかお前は俺がどうして呆れているのかを理解しているのか?」
頭を上げながら、公爵様の言わんとする所を考えていき……ええと……たぶんだけど……。
「スライムカード500枚やバトルキャットカードの売却を一方的に公爵家に押し付けたり、森エルフの神木にある私有ダンジョンで狩りがしたいからエルフの侯爵様に連絡してくださいって頼んだくらいしか心当たりがないんですけど」
「分かってんじゃねぇか! ついで言うと俺に挨拶もなく公爵家の厨房で高品質な材料を使いまくった件もあるな」
「それは材料費を払えばおっけーってセバスさんが認めてくれましたよ? 公爵様もお忙しいから急に来ても挨拶は難しいと言われましたし」
「忙しかった理由の半分くらいはお前のせいだったんだが……それにしたって馬車三台分のお菓子って何だよ! ……さすがにそこまでの量を使うなんてセバスも思ってなかったらしいぞ?」
……許可を貰う時に具体的な量を聞かれなかったからな……。
よし! タイシ気にしない事にする、だって。
「セバスさんから許可は貰っていますので!」
いつも表情を変えないで公爵様の側に立っているセバスさんの口元の髭がピクッとしたけど……気付かなかった事にしておく。
「……いやまぁ今は良しとしよう……だがな、いきなり大量のカードを送りつけてきたりするなよ! すぐ使わんと価値が落ちる物だから使わせて貰ったけど……そのカードを集める狩りに行く前に相談や報告とかしようぜ? 半日でも早く報告があれば俺も色々準備出来るんだぞ? 主に心のだが……」
「確かにココに……コーネリアに言うべきだったかもですね……所で、スライムカードを送られて迷惑でしたか?」
「……いや……すっげぇ役に立ったんだが……くそ……タイシお前、色々と分かってんなら狩りに行く前や狩りを決めた時に一言くれよ……」
いやぁ……カード狩りが堂々と出来る事に興奮してたからなぁ……公爵家が先んじてカードを大量に保持する事で権力者的に色々と有利かなーってくらいは考えていたけど……。
正直な話、カード狩りの方が大事だから細かい配慮は放置しちゃってたかもね。
「では公爵様に報告します、テイムカードの過剰な値上がりによる経済への影響を懸念して、森エルフの侯爵領にあるという世界樹のダンジョン……神木ダンジョン? にバトル系の魔物を大量に狩りに行きたいので、俺の後ろ盾として侯爵様への連絡をお願い出来ませんでしょうか?」
うむ、報告はちゃんとしないとな、こんな感じでどうです?
「……あのスライムカードの数を見るに、タイシのユニークスキルは一般の魔物カード化現象とはカードになる確率が違うんだよな?」
「はい、恐らくは数十倍や数百倍……狩る魔物によって変わってくる可能性も高いのですけど、スライムなんかは千倍以上の確率になりそうかなーと予想しています」
俺の報告を聞いて公爵様は頭を抱えてしまった……大丈夫? 片頭痛持ちだったりするの?
公爵様からの返事がないので、俺はセバスさんの淹れたお茶を飲む事にする。
あの人、執事っぽい格好をしているが実は家令で偉いはずなのに、俺相手にお茶を淹れたりもするんだもんなぁ……よく分からん人だよまったく。
カチャリと音を立てて陶器製のカップを持ち上げ、お茶を飲んでいく……そういや、公爵家は木の器やコップじゃなくて陶器製の物を使っているよな……。
ゴクゴク……むう……悔しいがすっげぇ美味い……本当に何者だよセバスさんって……。
料理系スキル複数持ちの俺と匹敵する腕じゃねぇか……イエローの〈メイド術〉みたいに、もしかしたら〈執事術〉スキルとかが……存在するのかなぁ?
「……もういい、タイシ、お前の存在の謎さとか考えても仕方ねえんだったわ、テイムカードの過剰な高騰は為政者として懸念するべき点なのは間違いない、タイシから預かったスライムカードはそういった部分で非常に役に立ったが……愛玩動物としての需要なんてのも出てくるとは思わなかった」
「スライムの浄化能力は都市インフラに欠かせないっぽいですよね……それと、魔物をペットにするっていう感覚が薄かったのだから仕方ないですよ公爵様」
「うむ、それ故に、今回のタイシの要請は渡りに船だ、お前のユニークスキルを駆使してカードを大量に獲得して……世界中に一定量をばらまいておきたい……頼めるか?」
「元々テイムカードを集めるために冒険者になったんですよ? 誰かに言われないでも自分で好き勝手に動いて狩りまくりますっての!」
「いや……ちゃんと計画を報告してからやってくれると俺は嬉しいのだが……」
む? ここで『勿論ちゃんと報告相談します』とか答えちゃうと、その都度報告とかしないといけなくなって面倒になりそうだ……なのでここは……。
「頑張ってカードを狩ろうと思います!」
「……事前にある程度報告や相談をしてくれると俺は嬉しいな?」
「頑張ります!」
「……」
……。
「……」
「タイシから預かったカード類の買取なんだが……俺の心が気疲れしてしまって値段を一桁間違えそうだ……セバス、確か全部で40万エルだったか?」
公爵様が側に立っていたセバスさんにそんな問いかけをしている。
いやいやいや、バトルドッグカードやらの競り値を参考にするって話だったじゃないですか!
く……汚い、さすが公爵家汚い……。
仕方ないので俺が折れる事にしよう。
「新しい事をする時はココとかに相談する事を心に深く刻み込んでいけたらいいなと思います」
「……刻み込むとは言わないんだなお前は……まぁいい、セバス! 教えてやれ」
公爵様の命令にセバスさんが応え、何処からか書類を一枚取り出し俺の前のテーブルに置いた。
俺がそれを読んで確認していると、セバスさんが内容の説明をしてくる。
「バトルキャットカードが一枚130万エル、スライムカードが一枚五千エルで……その他諸々込みの400万エルで買い取ります、このお金もレシピの代金と同じようにこちらで預かっておきますか?」
わぉ……すっげぇ値段になったな……。
……だがしかし、バトルスネイクカードはその他に入れられてしまったみたいだ……この世界に爬虫類ブームがくるのはいつになるのだろうか。
「ああいえ、パーティの皆にも分配するので……大金貨で頂けますか?」
これも後で6分割してみんなの通帳に記入しておかないとな。
「かしこまりました、タイシ殿がお帰りの際にお渡しいたします」
話が終わったからなのか、セバスさんは公爵様の側に戻り口を閉ざす。
「ったく……タイシ、お前いまだにFランクなんだってな?」
「そうですけど、急にどうしたんですか公爵様」
「恐らくお前の仲間達はギルドへ高額な品物を出品した事により、Dランクへの昇格が確定しているはずだ……まだEランクに成りたてだから保留されるだろうが、ランクアップ自体はギルド内部で決定しているだろう」
へぇ……レア物の出品でギルドへの貢献と見なされるのかな?
それで皆はもうDランクになる条件をクリアしちゃったって事かぁ……。
「じゃぁ俺も次にギルドに行ったら強制でランクアップとかされるのでしょうか?」
「いや、確か……新人の不正を防ぐためにFランクからのランクアップ規定には色々と枷があったはずだ、高額な品をギルドに納入したからとてランクアップまではしないはず……というかタイシは早くEランクに上がっておけよ……そうすりゃ今回の競りへの出品もランクアップの評価に繋がるのによ」
へぇ……実力も無いのに金でランクアップ出来ないようにとかあるのかな?
まぁ確かに格が1のままの奴にダンジョンに行かれて死なれたりしても困るよなぁ……。
「身体強化系のスキルオーブを手に入れたらEランクになろうと思っているんですよねぇ……今回のカード売却で手に入れたお金で買えますかね?」
「お! やっとタイシはランクを上げる気になったんだな、よしよし、それならこちらの計画も……っていやまて……身体強化系のスキルオーブかぁ……」
公爵様は最初嬉しそうに笑顔を見せたのだが……計画? いやまぁそれは置いておいて、スキルオーブの部分で渋い表情を見せてきた……。
まさかすっごく高い?
俺が公爵様に問う前にセバスさんが口を開き。
「ダンジョンによってスキルオーブの出る種類には偏りがございますが……王都周辺だと少々高くつくかと思われます」
スキルオーブの相場というか値段には波があるという話は聞いた事があるが。
ダンジョンによって出る魔物の種類に違いがあるのなら、宝の中身にも違いがあってもおかしくないか。
そうなれば場所によって値段が……ううむ。
「ちなみにお幾らほどで?」
俺がそう聞くと、セバスさんがススっと俺の座っているソファーの後ろへと移動してきて、そっと背後からの耳打ちで値段を教えてくれた……。
うへ……。
「〈剣術〉のスキルオーブが何個買えるんだそれ……」
「身体強化系のスキルは全てにおいて役に立つからな……王都のダンジョンからは出にくいしよ」
俺が値段の高さに茫然としていると、公爵様がその理由を教えてくれた。
「まじですか……」
近接系のスキルでもいいけど……俺の探索者としての戦闘スタイルは、テイムカードの魔物を使った物量と、中衛や後衛からの支援や遠距離攻撃なんだよなぁ……。
まだこの世界に馴染んではいないけど、日本由来の〈刀術〉とかも一応は持ってはいるんだけど、それほど使わなかったしな……。
だからこちらの世界の〈剣術〉スキルとかを取っても、最終的にあんまり使わなそうなんだよな……。
むしろ配下の皆にバフを与える〈音楽魔法〉とかは一生付き合っていくスキルだと思っているんだけどね。
基礎能力値のためだけに〈剣術〉とか〈槍術〉のスキルオーブを買うのもなんか違う気がするし。
「なんならこれからタイシが行く予定の森エルフの侯爵領でなら多少は安くなるかもだぞ?」
それってつまり侯爵領では身体強化のスキルオーブがたくさん出るのか?
「……エルフの方が筋肉ムキムキなんですか?」
俺は、エルフ皆が〈身体強化〉スキルを手に入れてマッスルポーズしている風景を思い浮かべてしまった。
「……なんでそうなるんだよ……種族的に先天スキルや女神様からの祝福で魔法系や後衛系スキルを得やすいエルフを案じた女神様が、あっちのダンジョンでは身体強化系スキルオーブを出やすくしているのではとか言われてるぜ?」
そんな事までしているのかよ女神は……いや、眷属神の仕業か?
でもまぁそれなら……。
「向こうへ行ってからエルフの侯爵様に聞いてみますね……あ、それとクランメンバーも連れて行きたいので6人で行く事になりました」
「分かった、連絡はもうすでにしてあるし……向こうから迎えを寄越すそうだから、お前の屋敷に行くように手配してやる……それと、留守中の屋敷の警護や何かはまかせておけ……今までもやっていた事だしな」
あら、ありがたい……てーかやっぱり護衛をつけてくれていたっぽいな……俺はその存在に気付けなかったけど……さすがは公爵家の戦力って所かね。
「ありがとうございます、公爵様のご厚情に厚く御礼申し上げます」
そうやって感謝の気持ちを公爵様に伝えるべく、再度頭を丁寧に下げていく俺だ。
「タイシ……お前が殊勝だとなんか気持ち悪いからやめておけ」
「ひどい!」
俺はすぐさま下げていた頭を持ち上げて、非難の一言を漏らしておいた。
……。
……。
――
色々と話も終わり、そろそろ帰ろうとした時に公爵様が一つの頼み事をしてきた。
「そういえばタイシ、お前さっき『何でもする』って言ったよな?」
「え? ……言いましたけど……エッチィ事は駄目ですよ?」
「そんな事するか! いやな、タイシが前に作ったほら、えーと……そうそう『きんぴらごぼう』だったか、あれをまた作ってくれねぇか?」
きんぴら? そういや公爵様はテーブルトークの休憩中にずっとキンピラゴボウを食べてたっけか……。
「前にレシピをお渡しした中に『キンピラゴボウ』のレシピもあったはずなんですけど……」
「いやそうなんだけどよぉ……厨房長が作る奴はタイシが作ったのと一味違うっていうか……決してあいつのが不味い訳じゃないんだけどな? お前レシピ間違ってたりしねぇ?」
「ええ? そんなはずは……」
「まぁちょろっと作ってから帰ってくれ」
「了解です公爵様」
……。
……。
そうして色々と総菜系を作った俺、そんな中、戦士厨房長に話を聞いて判明した事は……厨房長は公爵様のお気に入りのメニューって事で、張り切って出来立てをお出ししていたそうで……。
……あーいう総菜ってさ、冷める過程で味がしみ込むんだよね……。
キンピラゴボウをわざわざ出来立て熱々状態で食った事は……味見以外ではなかったかもなぁと思う、タイシであった。
文化が違うなぁ……。
side 公爵家
質実剛健といった執務室の席に立派な服を着た中年の男性が座り、その側に執事姿で白髭が見事な老人が一人立っている。
中年の男性が疲れた様子をみせつつ口を開く。
「もう俺はあいつの事を深く考察する事に疲れたんだが……なんだよ千倍って……確か情報では……セバス?」
「冒険者達の噂では、スライムなら数万匹程度でカードが一枚手に入るのでは? と囁かれておりますな」
「……それを500枚以上俺に送りつけてきたって……いくらなんでも数千万匹を倒すのは厳しいだろうから……あいつの……タイシの言っていた千倍くらい確率が高いっていう話が……そうなるとあいつは数十匹でカードが一枚出ちゃうんだが?」
「タイシ殿がおっしゃっていた倍率に幅がありましたので、すべての魔物が同じ条件ではないとしても……規格外ですな……」
「……はぁ……もういい、悩むだけ損だ、異世界人は……タイシは不思議生物だって事でいこう……それで、こちらがカードをばらまいた事で何か動きはあったか?」
「商人ギルドが慌ててましたな、恐らくはテイムカードの初期流通を押さえる事で、暴利をむさぼるつもりでいたのでしょう、王家は元より各貴族や公爵派の商人に素早くスライムカードを流したのは正解のようです」
「ったく……普通に商売していればいいのによ……テイムされた魔物の装備に紋章を描く事を商業ギルドの要請を受けて義務化したのだから、そこでそれなりの利権が発生するだろうにな」
「儲かる事が分かっていると動かずにはいられないのでしょう……商人の性かと」
「そんなものか? まぁいい、侯爵家からの迎えが来たら対応はまかせる、俺はまた王城の兄上の所に行ってくる」
「かしこまりました、馬車のご用意はすでにしてあります」
「ああ」
そうして執務席から立ち上がり、移動を始め執務室を出て行く中年男性。
執事姿の老人もその後に続き、執務室には静寂だけが残る。
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