第96話 Fランクはお金を預かる

 話の流れを変えて報酬の分配をしていこうと思う。


「一人18万エルと少しになるな……細かく割るのもあれなので俺の分を少し削って金貨単位までで割っちゃおうぜ、皆に大金貨18枚と金貨一枚にして、俺が大金貨18枚って所でいいだろ」

 俺には他にも公爵家からレシピや何かの収入が積み立てられているはずだしな。


 そうして俺はテーブルの上の大金貨やらを分けていったのだが……それぞれの前に置かれた金貨の塔に誰も手を出してこなかった……。


「どうした?」

 不思議に思った俺が問いかける。


 するとレッドとピンクが、自分達の分の金貨を俺の前にずらして持ってきながら。


「こんな大金怖くて持ってられないわよ……タイシの空間系能力で預かって貰ってもいい?」

「私も同じくタイシさんに預かっていて貰いたいです、それで装備品のお買い物の時とかにお財布としてついてきて貰えますか?」


 レッドの言いたい事は分かる、現代日本なら地方の中古マンションの一部屋くらいなら買えそうな価値だものな……。

 そしてピンク、その言い方は別の意味に聞こえるからやめないか?

 俺がお前に貢いでいるみたいに聞こえるんだが?


「分かった、じゃぁ後で金額とかを紙に書いて預かり証を作るからな」


 そう言って二人分のお金を〈引き出し〉に仕舞っていく俺だ。

 するとグリーンも俺の前に金貨の山ならぬ塔をずらしてきて。


「……タイシお兄ちゃんお願い……」

 と頼んできたので、グリーンの分も〈引き出し〉に入れる。


「後で通帳みたいな書類を作るから待っててくれなグリーン」

 グリーンには通じるかと思って『通帳』と言って説明する、すると。


「掛け売りやらツケ払いの時みたいな帳面で管理してくれるんですね? うーん……それなら僕のもお願いしていいですか?」

 この世界にも通帳的な概念が通じたのか、ブルー君も俺にお金を預けたいと言ってきた。


「それじゃブルー君のも預かるか……結局俺が殆ど預かる事になるんだな……」


 そう言いながらイエローの方を見ると、イエローの前に置いてあった金貨の塔はすでに無くなっており。

 俺の視線に気付いたイエローは、ニッコリと笑顔を作り。


「僕の〈メイド術〉には収納能力もあるからね」

 と、説明をくれた。

 そういやそうだったな。


 ちなみに、この時に具体的な事は聞かなかったんだが、後でイエローが教えてくれた所によると〈メイド術〉の中に含まれる収納能力の容量は、メイドさんのスカートの内側に収まるくらいだとかなんとか……。


 そのスキルの内容を考えたのは女神か眷属神か……どちらにせよ、何を思ってそんな内容にしたのだろうか……。

 メイドのスカートの中は謎空間か……眷属神の中に異世界日本からの転生者とかが昇神してない? 大丈夫?


 とまぁ戯言は置いておいて。


 俺の〈引き出し〉スキルの収納容量の方は、今でも頑張って魔力を流し込んでスキルの熟練度を育てているおかげか、最初に比べるとかなり大きくなってきている。


 ただし、そのスキル名からして限界があるっぽく、どんなに育てても〈引き出し〉という概念からは逃れられないようで、大きな衣装ダンスの引き出しくらいが限界かもなーと予想している。

 両手で力を籠めないと開けられないくらいの大きな衣装タンスの引き出しとかね。


 こんな事ならもっと他の収納スキルを……そういやテイムカードの従者に覚えさせる用のスキルスクロールが、俺の先天性の血統スキルである〈空間倉庫〉の中にも在庫があったような?

 あれって貴金属の件と同じく女神に回収されちゃったかな? ちょいと気になるが。


 ……まぁ、俺の〈空間倉庫〉が使えるようになったら〈引き出し〉も〈ポケット〉も〈クローゼット〉も要らん訳で……。

 はぁ……収納系スキルの収納部分が統合しないかの実験は〈引き出し〉じゃなくて〈クローゼット〉スキルとかのもっと大きい奴でやれば良かったなぁ……。


 今の〈引き出し〉の容量だと、金貨や食い物を入れるのなら十分だけど、鎧や武器なんかの装備品はちょっとなぁ……今は配下の装備品を作る時用の布やら裁縫道具やらも入れてるしさ……。

 まぁ、そんなこんなでテーブルの上の金貨は無くなり、それじゃぁ解散かな?


 あっ。


「そうだ、もしかしたら俺は森エルフの侯爵領にあるダンジョンに狩りに行くかもしれないので、その時は留守番よろしくな」

 これを伝えるのを忘れる所だった、タイシったらうっかりさんだな。

 だがこれに対しての反応は、俺の過去の話をした時よりも大きくて。


「はぁ? 急になんでそんな事になっているのよ! ちゃんと説明しなさいよタイシ!」

「ええ? 森エルフ? ……まさかタイシさんはやっぱり年上好きなのでは……これはちょっと審議が必要ですね!」

「森エルフの侯爵領って……タイシ兄ちゃんはそんな面白そうな冒険に専属メイドの僕を置いていくつもりなの!?」

「……エルフ……MMOゲーム……クッ……黒歴史が……」


「タイシさんは……エルフの自治領に簡単に入れるんですか? 相変わらず理不尽な……」


 説明が必要ならちゃんとするからそんなに怒らないでくれレッド。


 そしてピンクはなぜそんな結論を出すに至るんだよ……エルフにだって若い子もいるだろうに……。


 イエローは冒険物の物語の本とかを読んでたみたいだからなぁ……ちょいと興奮しているね……尻尾と狐耳の動きでそれが分かってしまう。


 そしてグリーン……MMOゲームって事は転生前の日本で何かあったのか?

 なんとなく単語だけでも想像がついちゃうんだが……バーチャル生放送主だったって言ってたし、配信者として何かやらかしたんだろうか?


 ブルー君は相も変わらず俺を理不尽枠に……自治領? そりゃ貴族が治める領地はその貴族の権力が強いのは当たり前……いや、そういう事じゃないのか?


 取り合えず俺はココとした会話なんかを皆にもしていく事にする。

 ……。

 かくかくしかじか。

 ……。


「成程、つまりタイシさんはテイムカードの過剰な値上がりを懸念しているんですね」

 俺の懸念をいち早く理解してくれたのはブルー君だった。


「まぁそうだな、だからペット枠に使えるカードを大量に世の中に出しちゃいたいんだよ」


「ううんと……カードが高くて困る事ってあるの? ピンク分かる?」

「ええと……ごめんなさいレッド、私にはちょっと……イエローは?」

「うぇ!? 僕? ええと……高く売れれば嬉しいな? ……グリーンにパス」

「……バブル……」


 女性陣はまだ理解していないようだったが、グリーンは理解しているみたいだったけど……その一言では周りには伝わらんだろうに……。


「要するに値上がりしそうだからカードを高く買う、それを別の商人が値段を上乗せして買う、それをさらに別の商人が高く買う……それを繰り返して過剰に値上がったカードの売り先の需要がなくなると……最後に残るのは売れ残った高額テイムカードの山で……大損をした商人達がカードの存在を恨むようになるのが怖いんだ」


「「「なるほど?」」」

「……コクコク……」

 たぶん三人程分かってなさそうだけど、話を続ける事にする。


「それでブルー君、エルフの侯爵領って出入り自由じゃない感じ?」

 簡単には入れないっぽい言い方をしていたよな。


「ええタイシさん、僕の父親がエルフと交易出来れば儲かるのになんて事を話していた時に……確か領地に入れる商人になるには許可がいるとかなんとか……ごめんなさい細かくは知らないんですけども……」

 入国……いや入領か? まぁそれが許可制なのが分かっているだけで十分だ。


「いや、情報としては十分だ、俺はまぁ侯爵様に誘われたのだからそれは大丈夫だとは思う」

 遊びにこいって言ってたし、大丈夫だよなぁ?


「というかタイシ、それはそれとして、なんで私達に留守番とか言い出すのよ、一緒に行けばいいじゃないの、面白そうだし」

「そうですよタイシさん! まさか私という将来を約束した婚約者を置いて行くなんて事はしませんよねぇ?」

「僕は専属メイドだからついて行くよ? いいよね? タイシ兄ちゃん」

「……ついていくから……」


 カードバブルの話が終わったからなのか、元気になった女性陣が一斉に話しかけてくる。


「ついてきても一緒に狩りは出来ないぞ?」

 たぶん彼女らは理解していないので、何故一人で行こうとしていたのかの説明が必要だろう。


「どういう事?」

 レッドが皆を代表して俺に聞き返してきた。


「俺がバトル系の魔物を狩りに行きたいのは、カードを大量に世間に出して値段の高騰をさせないためだ」

「それはさっきタイシさんが言ってましたよね?」


 ピンクもまだ気付いてないっぽいか。


「カードを効率よく出すには魔物を俺が倒した方が良いだろ? つまり――」

「あ! そうか、タイシ兄ちゃんが召喚した魔物が倒さないとカードになる確率が落ちちゃうんだね?」


 イエローは俺のセリフの途中で気付いたみたいだけど……なぜ召喚した魔物限定の話に……ああ、そういやイエローの前で俺自身が魔物を倒した事がなかったっけ。

 まぁそこの勘違いは後で修正しておこう。


「そういう事だイエロー、なのでもし一緒に狩りにいっても、皆の出番はないし……」

「……し?」

 グリーンも会話に参加したかったのか、一番短くて済む所で参加してきやがった。

 これぞ最低限の会話でも最大限の効果を見出す、人見知りの技術だな。


「ペットのためのカードをばらまくにしても高くしちゃうと意味がないから、安めに提供するつもりなんで……皆に報酬を払うとするとそれが難しくなるんだよな」

 全ては俺がこの世界でテイムカードを堂々と憂いなく使うための行動だから……それに皆をつき合わせたあげくに報酬が相場通りに支払われないってのはちょっとなぁ……。


「……安めですか……タイシさん、具体的にはどれくらいのお値段で考えていますか? 無償でばらまく訳じゃありませんよね?」

 ブルー君が商談中の商人のような鋭い目つきになって俺に質問を……君は冒険者だよね?


 ま、まぁいいか、えーと。


「俺が元いた異世界日本のペット用テイムカードの相場ぐらいかなぁと考えていてな、例えばバトルキャットカードみたいな可愛くてペットとしての評価が高いカードの場合で……こちらの世界での一万エル前後かなぁと考えている」


「なるほど……百分の一の値段ですか……」

「さすがに今回の一枚107万エルに比べて安くなり過ぎだしさ、ブルー君は留守番に賛成だよな?」


「大量にテイムカードをばら撒くというのなら、百枚や二百枚じゃないですよね?」

 お、おや? ブルー君の目が金貨に……あ、あれ?


「う、うん、まぁどれくらいの魔物がダンジョンに湧くか次第なんだが……千枚単位で、この国だけじゃなく世界に向けてばら撒きたいなぁとは思っている」

 この国だけの問題じゃないからね、大陸規模で考えると千枚でも足りんのだけど……。


 初期の過剰な値上がりを押さえる事が出来りゃ、後は勝手にカードは増えていくだろうから……なんとかなるんでは? と楽観視はしている。


「一緒に行きましょうタイシさん! その安くした値段での報酬割りでも僕は十分ですし、何より僕達は『女神の軌跡』クランの仲間じゃないですか! 狩場ではタイシさんの護衛に徹すればいいですよね!」

 ……仲間か……ブルー君の目が金貨になってなかったらそれを素直に受け取るんだけど……。

 まぁブルー君らしいといえばらしいか……。


「あー、そうだな……俺が皆を護衛に雇う形式にすればいいのかな? ……そんな感じでいいなら皆で行こうか……それと、まだ本当に私有ダンジョンに入れてくれるかも分からんから、これは本決まりの話ではないからね?」

 一応まだ決まった話ではない事を説明していくが……。


「エルフの国かぁ……まさか冒険者になってこんなに早く遠征に行けるなんてね……ピンクと二人でギルドに所属した頃には思いもよらない事だわね」

「そうねレッド、あの頃は……これからの冒険者生活がどうなるかの不安でいっぱいだったもんね……」

「タイシ兄ちゃんと旅行♪、タイシ兄ちゃんと旅行~♪」

「……エルフの国……装備購入はそっちでやるべき? むーん……」


「例え百分の一の値段でも千枚なら? 二千枚なら? ふふ……こんな大商いに僕が参加できようとは……」


 ……駄目だ、もう一緒に行く事がほぼ確定したせいなのか、補足説明を聞いてる奴が一人もいねぇ……。

 てかイエロー、その歌は何だ? もっと歌詞で韻を踏むなり、メロディを考えるなりだな。


 ……。


 ……。


 そうして、ざわざわと、独り言や雑談が飛び交う応接室の中で、俺はイエローに即興歌の講義をしていくのであった。




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