第94話 Fランクは鈍かった……

 いつものダンジョン探索から帰ってきた『五色戦隊』の皆と夕ご飯も食べ終えて、お屋敷の一階にある応接間に集合している。

 応接間には横に長いソファーが対面でテーブルを挟んで置いてあり。

 そこに個別の椅子も持ち寄ってテーブルを四辺から囲むように皆が座っている。


 ソファーの一つにはグリーンとイエローが、対面のソファーにはピンクとレッドが、そして空いている辺に置かれた一人用の椅子にはブルー君と俺がそれぞれ座っている。


 そしてそんな皆の視線が集中しているのは、テーブルの上に置かれた貨幣の塔だ。


 そこにはざっと……。


「俺達が出品したテイムカードオークションの売り上げから税金を抜いた分で、大金貨107枚と金貨15枚って所だな」


 大金貨や金貨を重ねて作られた十を超える塔を手で示しながら俺がその内容を語ると、今まで茫然としていた皆から声が漏れ出してくる。


「大金貨107枚? え? 桁がおかしくない? ギルドが間違ったりしてない? 大丈夫なの? タイシ?」

「想像以上というか……正直驚き過ぎて手が震えてしまいます……タイシさんが隣に座っていれば手を握って落ち着かせて貰うのに……タイシさんこっちのソファーにきませんか?」


 レッドは金額の大きさに動揺していて、ピンクは……手が震えているという割りには、俺の横に座りたいとか言い出している……。

 意外に神経が太いよなピンクって。


「えっとタイシ兄ちゃん、これってすごい金額なんだよね?」

「……想像の遥か上かも……すご……」


 イエローはお金を使う機会が今までなかったからなのか、いまいちその金額にピンッとこないみたいで。

 グリーンの方はその金額に驚いていて、側に皆がいるのに、いつもより長めの言葉を吐いていた。


 そしてブルー君は。


「……まさかここまで値上がるとは思いませんでしたねタイシさん……それで、内訳を聞いても良いですか?」


 意外に落ち着いた対応をしてくるブルー君……いや、目が金貨になっとる……落ち着いてるのは口調だけだなこれ。


「ああ、えーと税金を抜いて、スライムカードが一枚5千エル前後で三枚分、バトルドッグカードが107万エルって所だ」


「桁が間違っている訳じゃないのね……全部で数万エルいったらいいなーって私は思ってたんだけど……ピンクはどう?」

「……私も同じ程度だと思ってましたよレッド」


 レッドも金額をやっと飲み込めたみたいで……てか世界で出始めたばかりの希少品で尚且つペットとしての価値があるカードが数万エルはねぇと思うぞ二人共。

 ぶさいくな魔物のカードだとそれくらいかもだがな……。


「タイシ兄ちゃん、これでスキルオーブ買えるかな?」

「金属を各部に使った鎧に盾に……わぁ……いけちゃいそう……」


 イエローは驚くというよりかは淡々と受け入れて何が買えるかを考える余裕すらありそう……というか額のすごさが分かってなさげ……。

 グリーンは、人見知りをすっかり忘れているみたいで、このまま無口キャラ卒業だろうか。


「内訳は分かりましたが、税金を払ったのならもっと細かい貨幣がありそうなんですけど……」


 ブルー君はさすがに元商人見習いだな、気にする場所が細かいかもしれん。


 俺はギルドで貰った金額の内訳や税金の額が書かれた書類を、ブルー君に向けて〈生活魔法〉で飛ばしてあげた。

 ……長方形のテーブルだからね、対面のブルー君は遠いんだよね。


「それに書いてある通り細かい貨幣もあるんだが、そこらはクランの収入予算に入れちゃうつもりでよけてあるんだ、金貨だけ置いた方がインパクトがあるだろ?」


 とまぁテーブルの上に金貨しか置かなかった事の説明も加えておく。


 ブルー君は俺が飛ばした書類を受け取り、そこに書かれている数字を確認すると書類をテーブルに置き。


「なるほど……しかしカード一枚で107万エルですか……僕の予想の4倍以上でした……タイシさんはここまで高い値段がついた理由が分かりますか?」


 へぇ、ブルー君の予想では20万エルくらいだったのかな?

 弱っちいバトルドッグカードにそこまでの値付けをする時点で中々の商売人だと思うねぇ、レッドやピンクなんて全部で数万エルだと思ってた訳だしさ


「そりゃ、本当の意味での大金持ちなんてのは、他人に自慢出来る物や自己満足を得る事の出来る物にならいくらでも出すって人もいるからな……そういう場合だと多少の金額の上下なんて彼らには意味がなかったりするんだよ……」


 俺はそんな説明をブルー君や皆にしつつも、ダンジョンのある現代日本にいた頃の事を思い出していた……。


 他人に自慢できるテイムカードやレアなドロップアイテムなんかは、オークションでアホみたいな金額がつく事があったんだよな……品物の性能よりも希少であるかどうかが意味をもってたりする事が世の中にはあるんだよな……。


 俺の説明を聞いたブルー君は、納得したような、していないような、微妙な表情を浮かべている。

 金が余って何でも買えちゃうような富豪の考えは理解出来ねぇよな。


「ねぇ! 難しい話は後でいいじゃないの! それよりも報酬を分配しましょうよタイシにブルー」


 レッドの言う事ももっともなので、早速報酬の分配をする事に……。


「ここで皆にタイシから問題です! 大金貨107枚と金貨15枚を俺達で等しく分けたら一人いくらになるでしょうか! 一番早く正解した人には俺が夕方に作ったお菓子を多く貰える権利があります!」


 という問題を急に出したために皆が指を使って計算し始めた。


「え、えっとえっと……107枚をまず……」

「急に言われても…‥えっと6人が……」

「107足す15……あれ、これ違うかも……」

「……割り切れないような……えっと……」


「一人銅貨180833枚で……銅貨2枚余っちゃうので割り切れませんねこれ……」


 わーお、皆が計算に入ったと思ったら、ブルー君がすぐに答えを出してきた。

 そういやブルー君は〈計算〉スキルが生えてたんだっけね……。


「ブルー君正解!」


 そう言いながら食堂から持ってきていたワゴンに乗っているお菓子を、皆の前に〈生活魔法〉のマジックハンド的な力を使い配置していく、勿論ブルー君の前にはちょこっと多めにね。


 でもスキルで早く計算出来ちゃうのなら、今後こういった問題で競わせるのはなしだな……。


「お菓子ありがとうタイシ……というか銅貨18万枚? 桁がおかしくて頭痛くなるわね……」

「レッドと冒険を始める前に話しあった目標金額を越えちゃってますね……」

「わ~いお菓子だ~、タイシ兄ちゃんありがと~もぐもぐ……」

「……ありがと……もぐもぐ……」

「これは確かに妬まれないように狩場の情報を漏らしておいて正解だったかもですね……さすがはタイシさんです……」


 皆が目の前のお菓子、まぁ油を使わないで作ったドーナッツなんだけども、それに手を伸ばしながらお菓子を喜んでいたり感想を述べていたりする。


 レッドやピンクは金額について。

 イエローとグリーンは美味しくお菓子を食べ始め。

 ブルー君は前に俺が提案して受け入れられた演技の話に言及している。


 てーか。


「レッドとピンクには冒険の目標金額なんてあったのか?」


 一生遊んで暮らせる額には足りない気もするんだが……どういう目標なんだろうな?


「勿論あるわよ……あれ? 前にタイシにも説明したわよね?」

「そんな説明をレッドからされてたっけか? ちょっと俺の記憶にはないかもなんだが……」


 そんな話は聞いてないよなぁ?


「あー、具体的な目標数値の話はしていないかもですねレッド、あの時は確か……冒険者になって一攫千金を狙いつつ旦那様を探す的な説明をしたはず?」


 んー? あーそういえばそんな感じの事を言っていたような?

 レッドは金を稼ぎたくて、ピンクが旦那を探しているんだっけか?


「つまりその目標金額ってのは、何に使うための物なんだ?」


 俺がずばりとレッドとピンクに聞いてみる事にすると。


「結婚用の資金だわね」

「旦那様との幸せな結婚生活に必要そうなお金です」


 レッドとピンクがほぼ同時に答えてきた……なんだけども……。


「いや、ピンクは分かるけど……レッドが稼ぐ目的も結婚なのか?」

「はぁ?」


 俺の質問に対して、レッドは心底訳が分からないという表情をしてきた。

 いやまぁ……戦う事が好きそうなレッドだって将来の旦那様との生活を考えていたりもすよな。


「ああいや、すまん、レッドだって将来の結婚を夢みたりもするよな、ごめんごめん」


 俺は咄嗟にフォローを入れる事にした、がしかし……。


「いや、何を言ってるのよタイシ……」

「何を言ってるんです? タイシさん?」


 レッドだけでなくピンクも加わり、俺の言葉が理解出来ないという反応をしてくる……んーと……。


「俺は何か間違えたか?」


 分からない事は聞きましょうって昔幼稚園の先生も言ってたしな、俺はそれを実践する事にした。


「……私も三年後に結婚するのよね?」


 レッドがそうやって心配そうな表情に変わりつつ聞いてきた。


 三年後? レッドが16歳になったら誰かと結婚する?

 ……ん? 三年後というフレーズは何処かで……え?

 いや……でもさ……あれ?


 一応、一応聞いておかないといけないと思い……俺はそっとレッドに問いかけていく事にする。


「レッドが三年後に結婚する?」

「そうよ?」


 一切の迷いなく決定事項のごとく返事してきたレッド……婚約者がいるなんて話は聞いた事がない……。


「誰と?」


 俺のその短い問いかけに、レッドが右手を上げ、真っすぐ俺を指さしてきた……。

 やっぱりか! 三年後って聞いた時にその可能性は頭に浮かんだけど……。


「俺と?」

「タイシとよ?」


 なぜレッドが不思議そうな表情をするんだよ、俺の方が不思議なんだが、だってさぁ。


「いやレッドはさ、そんな素振りは今まで一切見せてこなかっただろう?」

「素振り? えっと、タイシの言ってる事が分からないんだけど」


 いやいやいや。


「いやほら! 例えばピンクが俺に風呂場を覗きにこいとか言った時にレッドはやめておけよって止めてたじゃんか! つまりはそういう相手として俺を見てなかったって事だろう?」

「んー? えーっと……」


 レッドが俺の言葉を聞いてから思い出せないのか悩んでいると、横に座っているピンクが助け舟を出してきて。


「ほらレッド、二階のお風呂に入りに行った時に私に後にしろって言った時の事じゃないですか?」


 そうだよそれだよ。


「あーあの時の……というかあれは、どうせ三年後には結婚するんだから、その……え、えっちぃ事はそれからやればいいでしょって意味じゃないの! ……恥ずかしい事言わせないでよ! もう、タイシのエッチ!」


 レッドが少し恥ずかし気に頬を赤くしながら俺を怒ってくる……ええ……あれってそういう意味だったのかよ……。


「じゃぁ、レッドはいつから俺をその……結婚相手として見るように?」


 正直な話レッドのポジションは、戦友であり妹みたいな存在だって思っていたんだが……。


「何言ってるのよタイシ、パーティを組んで初めて狩りに行った時に言ったじゃないの、旦那を探しているって、だからタイシの方から誘ってくれたパーティに入ったって事は……その……そういう対象としてタイシの人柄とかを確認するためだったに決まっているじゃないのよ……」

「今更の話ですよねぇ……タイシさんが本当にレッドの想いに気付いてなかったとしたら……マイナス10ポイントです」


 ……ピンクに貰ったマイナスポイントの事は置いておいて、つまりレッドは、ほぼ最初から俺の事をお見合い相手みたいに見極めていたって事に……まじかぁ……。


「そっか……色々と鈍くてすまん……あ、てことは『三人が狩る』と冒険者としての方向性の違いがどうたらでパーティを組まなかったっていう話は……」


「あの子達はガチの一攫千金を狙う冒険者志望だったから……だよね? ピンク」

「ですねレッド、私達はお金を稼ぎながら良い旦那でも見つけようって感じでしたから、方向性が違い過ぎてパーティは組まなかったんですよねぇ……」


 そうだったのか……なんつーか……俺は色々と鈍いんだなぁ……。

 そうやってちょっと落ち込んでいる俺に、レッドが少し頬を膨らませて話しかけてくる。


「というかタイシ! 私が将来の旦那様でもない男性と一緒のベッドで寝ると思ってたの? 信じられないんだけど!」

「あー、それは確かに酷いかもですタイシさん……私だってタイシさんだからこそ同じベッドで寝ているんですからね?」


「え、いや……ほら、レッドやピンクも実家では男の兄妹とかと一緒に寝る事もあるって話してたしさ、そういう感じの延長なのかなーって勘違いする事も……あるよね?」


 俺のそうした弁解も、すぐさまばっさりと……。


「ないわね」

「ないですね」


 切り捨てられる事になった……。


「……大家族の兄妹みたいに男女が同じベッドで寝る事ってないの?」


 そういう事もあるものなのだと俺は思っていたんだけど……。


「それは血の繋がった兄妹で尚且つ家が狭いからあり得ただけよ」

「レッドの言う通りで、タイシさんと私達は血が繋がっていないんですから、あれだけ部屋がたくさんあるお屋敷なのにわざわざ同じベッドで寝ている時点で……兄妹だからどうたらとか考えるなんてあり得ませんよ?」


 まじかー……。


 ピンクの断言を聞いた後にイエローやグリーンの方を見ると……。

 イエローはウンウンと頷いていたし、グリーンは頬を少し赤くして俺からそっと視線を外していた……。


 うん……そっかぁ……。


 そして俺と一緒に寝てはいないが、最後にブルー君の方を見ると。


 彼は肩をすくめ、やれやれといったポーズをしていた……く……大家族の兄妹みたいだと思っていたのは俺だけか……。


 俺って奴はそっち方面の事に本当に鈍いよなぁ。

 愛情とか家族とか……そういうのとは縁のなかった子供時代だったからな……。


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